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第一章 : 恋に落ちた錬金術士
第十三話
しおりを挟むクラウスはその会話を眉間に皺を寄せて聞いていた。
「時間がありませんので本題です。ソロモンの件です」
「あれがまだだが良いのか?」
「聞かないでも答えはわかっていますので問題ありません。ゲルト卿のご意見をいただきたい」
「なるほどのぉ」
ソロモン?どっかで聞いたことがあったような。確か子供の頃の絵本だったか。一体何の話をしている?
怪訝な顔で兄を睨みつける。わざわざ連れてこられたのに自分とは全く関係ない話のようだ。
雲の上の会議と理解しシャルロッテは口を閉じ、身をひいて部屋の隅に控えた。
と、そこで扉がバン!と開かれて見慣れた男が部屋に入ってきた。部屋の端にいたシャルロッテに気がついていない。
「クラウス!貴様!勝手なことをするな!!」
憤然と怒鳴り込んできたのはアイザックだった。
クラウスは視線だけでシャルロッテの場所を確認し、自然な動きでシャルロッテが死角になるようにアイザックを部屋の中央に誘導する。
「勝手ではない。もう時は過ぎた。婚約を公表すべきだ」
シャルロッテはその言葉にひやりとする。それはシャルロッテの婚約のことか?話が急に飛びすぎだ。できればその話はアイザックにして欲しくない。そう思うもすっと身を物陰に隠した。
アイザックは酷い剣幕の勢いに任せクラウスの胸ぐらを掴む。胸ぐらを掴まれたクラウスは目を細め冷淡な視線でアイザックを見やった。
「だからもう少し待てと言っている!約束しただろ!!」
「確約はしてない。待っても何も変わらない。諦めろアイザック。楽になるぞ。私は諦めた」
「この石頭!これから変えようとしている!」
「これから?散々待たせてこれからか!賭けてもいい、お前ら絶対変わらない。もう拗らせすぎだ!」
額を合わせ子供の喧嘩のように睨み合う二人の様子にシャルロッテは衝撃を受けていた。
アイザックは【創造ブラフマン】であるゲルトの一番弟子ではあるが【賢者イスタール】である兄とそこまで対等ではないはずだ。歳も近いし見た目違和感ないが、何より二人は名を呼び捨てにするほどの仲なのか。あの冷酷な兄の子供の様な剣幕も見たことがない。
それにあれほど感情をむき出しにしたアイザックも初めて見た。
一体何にそれ程怒っているんだろう?
「これでやっと揃ったか。では会議を始めるか」
厳かなゲルトの言葉に冷静を取り戻したアイザックは手を離した。
「議題はソロモンの婚約者の件だ。公表するか否か‥‥」
「反対です!」
「賛成です!」
若い二人の意見が被りお互い睨み合う。真っ二つだ。
「かねてから反対していた!僕が言うんだからもう十分だ!」
「十分?ふざけるな!八年もかけて妹の、シャルロッテの人生をなんだと思ってるんだ?!」
その様子にシャルロッテは混乱する。
これはソロモンなる人物の婚約の話なのにシャルロッテの名前が出る。そしてアイザックがそれに猛反対し兄が賛成。兄はアイザックにシャルロッテのことで恨み言を言う。八年とは?
事情がよくわからない。
そもそもこの頂上会議でなぜアイザックが反対を唱えられるのか。
「このようにこの男に話は通じません。埒が明きませんのでゲルト卿の一票を頂きたい。賛成か反対か。それで決します」
クラウスが呆れたように傍のアイザックを見下している。
「待ってくださいゲルト卿!僕の意見も‥シャルロッテにもう少し時間を‥!」
切羽詰まったように言い募るアイザックから自分の名が出てシャルロッテは狼狽する。
先生は知っていた?私の婚約とその相手のことを?私の婚約に反対してくれている?シャルロッテを守るようなそれに心がじんと暖かくなる。
「アイザックよ。残念だが流石に時間がもうない」
宥めるような、でも諌める口調でゲルトが口を開けば、アイザックは青ざめて言葉を失う。
「‥‥しかし」
「王命は無視できん。だがお前の言いたいこともわからんでもない。だから本人の意見も聞きたいのぅ。さぁ出ておいで、シャルロッテ」
その言葉にアイザックはゲルトをまじまじと見て、その視線を追ってゆっくり背後を振り返る。
そして部屋の隅にひっそり佇む白衣のシャルロッテを見つけさらに驚きで眼を剥いた。
「‥‥ロッテ‥‥なぜここに‥」
「私が呼んだ」
クラウスが答えるもアイザックは聞いていないようだ。青ざめてカタカタと震えている。
「もういい頃合いだ。シャルロッテにも意見を聞こう。さぁわしの隣においで」
まるで孫を呼ぶようにゲルトがシャルロッテを隣に招いた。勧められるままに隣の席に腰掛けると、アイザックはシャルロッテから視線を外した。
「さて、今の話を聞いてどう思う?」
「どう‥‥と言われましても。意味が全くわかりませんでした」
嬉しそうに顔を上げるアイザック。だがそれを右手で制しゲルトが語り出す。
「おぉそうだな。二人の婚約者がおっての。八年前に王命で婚約したはいいが、期限になったので婚約を公にすべきか揉めておる」
「本人は知らないのですか?」
「知らない。相手に会ったこともない」
「公表でいきなり知ることになると?」
「そうなるかの」
王命の婚約。シャルロッテは自分のことだと理解した。
だがそうなるとますます意味がわからない。
思うままにシャルロッテは問いかける。
「なぜ本人に教えないのです?」
「それがソロモンの出した婚約の条件じゃ」
ソロモン。
おそらく彼がシャルロッテの婚約者だ。
そう理解しシャルロッテは言い放つ。
「ならば二人に選ばせれば良いと思います」
その場の三人が驚いた顔をした。
アイザックは顔面蒼白だった。
「ロッテ!ダメだそれは‥‥!」
「なぜだ?」
ゲルトがアイザックを制しシャルロッテに問いかける。
「自分達の婚約です。自分でどうするか決めたいのではないでしょうか」
「なるほど、それで良いのだな?」
「はい」
しっかり頷いてシャルロッテは震えるアイザックを見つめた。
何かを心配しているようだが大丈夫!相手も人間だ。話せばきっとわかってくれる。王命はあるが悪いことにはならない。だから安心して。その思いを込めて微笑むがアイザックには伝わらない。
ここまで至ってもなおアイザックは足掻いた。必死の視線をゲルトに向ける。
「ゲルト卿のご意見は?賛成ですか?反対ですか?」
「どちらでもない。シャルロッテの意見を採用する」
「それでは票が分かれたので未決ですね!」
早口なアイザックをゲルトはにこりと制する。
「いやなに、シャルロッテの一票もあるでな。わしの票と合わせて二票だ。本人たちに決めさせよう」
「そんな‥‥でもまだ‥‥」
アイザックはその言葉にいよいよ青ざめて言い訳を口走る。ゲルトはにこやかに席を立った。
「さて、では二人でとことん話し合うがいい。クラウスはちょっと付き合ってくれんかの」
「また何か発明されたんですか?今度こそ成功ですよね?」
「ほほ。それはやってみないとわからんのぉ」
「私は防護壁役ではありませんよ?」
クラウスはため息をつく。
二人は穏やかに部屋を出て行った。
部屋には石のように青ざめるアイザックときょとんとしたシャルロッテが残された。
この状況の意味が全くわからない。
「‥‥先生?あの‥これって‥‥?」
「待て‥‥今僕も頑張っている」
なにを?汗だくのアイザックを覗き込めば、すすとシャルロッテから視線を逸らした。
これはアイザックがシャルロッテに隠し事がある態度だ。そう理解しアイザックの手を取った。
「じゃあお話ししましょうか?なにを話してくださるんです?」
天使のようなシャルロッテの笑顔にアイザックは青を通り越した白い顔で慄いていた。
窓際のソファに向かい合って腰掛けるとどこからか侍女が現れ紅茶を置いた。静かに去っていく侍女をアイザックはなぜか忌々しげに睨んでいた。
「‥‥まったく‥余計なことを‥」
「余計なこと?」
それに応えずアイザックは茶を一口飲んだ。そして俯いて沈黙。待ってみたが話す様子がない。仕方なくシャルロッテが話しかけた。
「先生は私の婚約をご存知なんですね?」
アイザックは無言でこくんと頷いた。
「相手はどなたですか?」
無言。黙秘しているようだ。
「ソロモン様‥‥でしょうか?」
俯いたアイザックの体がびくりと跳ねる。そして深い深いため息をついた。
「そうだ」
「フルネームはなんでしょうか?どういった方です?」
「名はただのソロモン。君の目の前にいる」
そうしてアイザックはゆっくりと顔を上げてシャルロッテを見据える。
アイザックの目が澱み据わっていた。
「ソロモンは僕だ」
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