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第一章 : 恋に落ちた錬金術士
第十二話
しおりを挟むそしてシャルロッテの誕生日から一月。
再び兄から帰ってくるよう督促の手紙が来た。
帰って来て決められた相手と婚約するように。
文面からアイザックとの偽装婚約がバレたとわかってシャルロッテは俯いた。
このままアイザックと体だけの関係を続けても先がない。でも自分からこの関係を止めるとは言い出せない。それくらいシャルロッテはアイザックに、この関係にハマっていた。
一方で結局アイザックから愛はもらえなかったとシャルロッテは落ち込む。アイザックからシャルロッテをどう思っているのかは語られていない。シャルロッテが大好きと囁いてもただ微笑むだけ。シャルロッテの言葉を信じていないのではないかと不安になった。
自分は遊びではないのに先生はそう思っている?
アイザックは不誠実な人ではないとわかってはいるが、男性経験がなさすぎて本気か遊びか判断ができなかった。
きっとアイザックはあの恋人を切ることができないのだ。彼女は自分以上に深い関係なんだろう。
シャルロッテはふぅと嘆息する。
今更私が先生以外の人と添い遂げられる?先生から離れただけできっと生きてはいけない。死んだような自分を充てがわれるまだ見ぬ婚約者が可哀想だ。
先生と今後どうなるかはわからない。でもこの話は断ろう。あの兄を説得するのは骨が折れるが婚約する前ならまだ傷は浅いはずだ。
アイザックにはこれ以上迷惑を掛けられない。そう思い、呼び出された日時にシャルロッテは単身で兄の許に赴いていた。
錬金術の白衣を纏ったまま魔導部門のゲートをくぐる。奇異なものを見る視線を無視して魔導士達の中を通り抜け【賢者イスタール】の部屋にたどり着いた。
「その白衣でここにやってきたのか」
シャルロッテより十歳上の賢者クラウス・シュリンゲンジークは低い声を出す。
「あなたが呼び出したシャルロッテ・シュミットは錬金術士です」
シャルロッテも同じく低い声を出した。
クラウスは賢者の衣装である紫のマントを纏っている。淡い金髪は同じなのだが顔立ちは二人はあまり似ていない。可愛らしいシャルロッテに対してクラウスは美しくも冷徹な雰囲気だ。長く淡い金髪を一つに束ね背に流しているが、黄色味が薄い為冷たい雰囲気を醸し出している。
ここまで二人の印象が違う。何も知らない者が二人を見ても兄妹とは思わないかもしれない。
そのクラウスから鋭い視線を投げられた。
「一人か?婚約者だという男は?もう逃げたのか」
「仕事中です。私の家のゴタゴタに巻き込む必要はないでしょう?」
「お前の婚約の話なのにこの場に出てこないそいつの神経を疑うがな。薄情なやつだ」
「先生には知らせていません。勝手に薄情と決めつけないでください」
睨み合う二人の間に緊張が走る。
シャルロッテもこう見えて気が強い。特に兄とはよく喧嘩した。兄相手には気持ちで負けてはいけない。過去のいざこざでそう身に染みていた。
今回はどうしても負けるわけにはいかない。
ああ、誰でもいい。
どうか、どうか勇気をください。
自分を鼓舞するために心の中で祈るシャルロッテにクラウスはふぅと息を吐きだした。
「お前の婚約者はもう決まっている。破談も破棄もない。陛下が定められた相手だ。もう諦めろ」
自分の婚約ごときが王命?
シャルロッテは信じられず目を瞠る。
「陛下が?!いつそんなことが?!」
「八年前だ」
「そんな前に?!」
シャルロッテは唖然とした。そんな前から自分に婚約者がいたと初めて知った。しかも王命による婚約。破棄することは不可能だ。
なぜ自分にそれが知らされなかったのだろうか?当事者なのに。
「猶予は八年。八年経ったら婚約を公にし婚姻する取り決めだった。お前の誕生日で八年経った。お遊びの時間は終わりだ。そういう約束だったはずだ」
破談にするつもりだったのに、既に婚約させられていて破棄もできないと知った。しかももう約束の期限となっている。言われた通りシャルロッテは逃げられない。シャルロッテはぎりりと歯軋りする。
「なぜ‥‥なぜこの日まで隠されたのですか?」
「相手の達っての希望‥‥というか婚約の条件だ」
シャルロッテは訝しむ。意味が‥意図がわからない。
婚約破棄もせずお互い顔も合わせず婚約自体をシャルロッテにさえ秘匿する理由などあるだろうか?これでは何も知らないシャルロッテは誰かを好きになってしまうだろうに。実際シャルロッテはアイザックに恋に落ちてしまった。
クラウスが懐中時計を取り出し呟いた。
「時間だな。ついてこい。裁決を取る」
「裁決?」
「領袖会議だ」
一人部屋から歩み出る兄を慌てて追いかけた。
何事も勝手に決めてしまう兄だ。自分に不都合にならないようしっかり妨害しなくてはならない。
無人の回廊を二人は歩く。足の速い兄について行くのも大変だ。中庭を抜ける辺りで、流れる視界の中に見覚えのある姿があった。ここにはいないはずのその姿にシャルロッテは驚いて思わず足を止めてしまった。
中庭の中央、花が咲き乱れる花壇の前にその女性は立っていた。
アイザックと共にいた女性。陽の光を浴びて銀髪が煌めいて見えた。太陽光の下でその美しさは眩いほどだった。淡いデイドレスを着たその女性はシャルロッテに気がつきにっこりと微笑む。
「知り合いか?」
いつの間にか背後に、先に行ったはずの兄がいた。その女性を眩しそうに見つめている。女性も気がついてかクラウスに可憐に微笑んだ。
「以前見かけたことがあるだけです。魔導士の方ですか?」
「見かけた?以前?いつ?」
「三月ほど前でしょうか」
その答えにクラウスは言葉を失いまじまじと妹を見つめた。しばし思案し理解したのか瞑目して息を吐いた。
「お前というやつは‥‥。‥‥ここは中立地帯だ。一般人は入れない。だがあれは魔導士ではない」
「兄さんの知り合いですか?」
「いや」
クラウスは短くそう言い女性に一瞥をくれてから足早に立ち去った。
知り合いではない?目で語り合ってたのに?
でもあの人は先生の‥‥
シャルロッテはその女性に会釈すれば笑顔で手をぶんぶん振りかえしてきた。その人懐こさに驚きつつも慌てて兄を追いかけた。
シャルロッテは最後にもう一度花壇に視線を投げたが、もう女性の姿はそこにはなかった。
クラウスが『領袖会議』と呼んだものは、いわゆるトップ会議だった。王立研究所の三部門の長が集まり裁決を取る。国を支える三柱の力のうちの一つは途絶えて久しいため、この会議には錬金術の長【創造ブラフマン】と魔導士の長【賢者イスタール】が参席していると聞いた。
たどり着いた部屋で待っていた錬金術の長【創造ブラフマン】ことゲルトがにこやかにシャルロッテに微笑んだ。白く長い顎髭がトレードマークで昨年還暦になったが元気ハツラツとしている。
部屋中央のソファからシャルロッテに笑顔を向けた。
「おお、シャルロッテ。久しいな。あれとはうまくやっているか?」
「ご無沙汰しておりました、ゲルト卿。はい、まあ、なんとかうまくいっております」
「そうかそうか。二人の仲がいいのならそれでいい」
あれとは弟子のアイザックのことだ。
仲がいい。ちょっと意味深な言葉だ。
どちらの意味でもアイザックとは良好だ。
シャルロッテは俯いて思わず赤面した。
ゲルトは一番弟子のアイザックの事をよく気に掛けている。シャルロッテが助手についた時もとても喜んでくれたのだ。特に初面談の、最初の会話は印象深かった。
「あれのことをよろしく頼むぞ。見た目はあんなだが優秀で気はいい男だ」
「はい!若輩者ですが頑張ります!」
「そんなに気負うことはない。ただ子ができたらわしに最初に教えておくれ。良い助産師を紹介しよう」
「はい?」
「ちょっと愛の重い男だ。ついでに嫉妬深いしな。辛いようならわしから注意しよう」
「はい?えっと?」
「まあそれもあれの愛情と思って広い心で許してやってくれ」
え?私は嫁ですか?助手ですよ?
この方偉い方だが呆けちゃってる?
しかも愛が重くて嫉妬深い?誰かと勘違い?
冗談かと思ったがゲルトは至極正気だった。
いや、これがこの方なりの冗談なのだろう。
そう理解しゲルトに会うたびに、シャルロッテはアイザックの嫁トークに話を合わせている。
実はこれが結構楽しかったりする。
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