【完結】盲目な魔法使いのお気に入り

ユリーカ

文字の大きさ
上 下
27 / 35
第5.0章 賢者 – ウォーロック

第X3話

しおりを挟む



「フォラント辺境伯爵令嬢、セレスティア嬢の近況を調べてくれ。報告は別のものを寄越せ。」
「姫様が手配済みでございます。報告は‥‥お約束は申し上げられません。」

 姉さんか。先に身元の情報だけ渡したが処理が早い。嬉々としてやってそうだ。そしてこいつらも本当に言うことを聞かない。内心諦めの境地に至っていれば背後に気配があった。こいつも気づいてか会釈をし去っていった。

 セレスティアが無言だ。あれの令嬢としての完成度は問題ないと思ったが本物から見ればアラがあったのかもしれない。
 不審なところがあったか?誤魔化そうと口を開いた。

「古い知り合いです。僕を見かけて声をかけてくれました。」
「別に聞いてないし。」

 棘のある返答に内心驚いた。少し怒りを含んだ声音に少し思案しハッとする。

 まさか僕に女がいると思われた?いやいや、あれは勘弁してくれ!無駄な完成度が腹立たしい!

 もしセレスティアがに潔癖であれば不快に思うだろう。深窓のご令嬢ではあり得る事だ。
 だがここで言い募ればさらに言い訳がましい。流す方がいいだろう。
 僕は潔白なのに。あいつと関わると碌な目に合わない。

 何事もない様子で診察の結果を報告すればホッとしたようだった。よくなることよりは時間がかかる方に安堵したか。

 やはりそうかと改めて確信する。
 これはしばらく目隠しの日々になりそうだ。




 セレスティアはこちらのことが気になるようでチラチラと探りを入れてくる。
 何気なくを装っているつもりだろうがあからさまだ。それが無性にくすぐったい。邪気がないその様子に笑みが溢れる。

 小鳥に餌を与えるように情報を細かくちぎって会話に散りばめれば食いついてきた。そうやって僕の身分を一生懸命推理している様子もなんとも可愛らしい。
 きっと役場で貴族名鑑を開いたことだろう。アドラールがあってもウォーロックなんて名はなかったはずだ。

 歳はずいぶん自分より年上のはずなのに純粋な性格のせいか、それほど歳の差を感じない。自分が無駄に老けているとも言える。

 少し踏み込めば怯えて飛び立つが餌を撒けば寄ってくる。野生の小鳥を手懐けるような感じだ。
 だから怯えないようにゆっくりと距離を詰めていく。

 大丈夫、僕は怖くない。味方だよ?

 そしてとうとう、名前呼びができるところまでこれた。“姉さん”をつけるが僕だけの愛称呼びを手に入れたのだ。大収穫だろう。

 見た目を気にしているのは知っている。だからあえてティアで押し通した。

 ああ、彼女はいつ僕の正体に気がつくだろうか。
 それを知れば怯えて離れてしまうのだろうか。
 でもそうやってまたすぐ戻ってきてくれるよね?

 身分を隠しているはずなのに彼女には気がついてほしいとさえ思えてしまった。
 きっと優しい彼女なら僕を見捨てない。

 違う、これは僕の切なる願いだ。
 ただ一人闇の中で僕の手を引いてくれた人。
 どうかどうか見捨てないでほしい。
 彼女ならきっと大丈夫。そうだよね?

 そうでないと僕は彼女の翼をいで自由を奪い鳥籠に押し込めてしまうだろう。

 そして僕にはそれができる。
 どうかそんなことをさせないでほしい。



 彼女は美しい。昨晩眠っているところを見てそう思った。
 表情のない寝顔だけでは本来の美しさは損なわれるがそれでも惹きつけられた。だがそれ以上に彼女の純粋無垢な心根に好意を持った。
 兄が以前美醜はいらない、と言っていた意味が今ならわかる。確かにそんなもの不要だ。目を閉ざせば見た目などどうでもいい。

 自分も大変な状況なのに目を病んでいるというだけで見も知らない人間を思いやれる。下心なしで僕を純粋に気遣ってくれる。それは普通でないとわかる。

 ずっと探していた。僕の手を取ってくれる人を。
 血にまみれ陰謀渦巻く闇に堕ちた僕が無垢な彼女の存在でどれほど救われたかしれない。

 そう伝えてみてもわからない彼女がやっぱり彼女らしくて笑みが溢れる。

 そう、そうでなくちゃ。
 そうやって僕をどんどん癒してほしい。
 そうすれば僕は全てを受け入れる強さを手に入れる。



 その頃からチラホラと追跡者がつき出した。
 城を黙って出たが家族の様子から僕が家出中だと悟った者がいたのかもしれない。
 出元を探るべくしばらく泳がせてから捕らえたが、城とは全く関係ない素人だった。ちょっと脅せばひどく怯えてすぐに口を割った。暗殺者プロじゃない。
 家出人の捜索?依頼主はティアの家族か?

 だが次は暗殺者が現れた。
 白昼堂々短剣を投げてくる。同行者がいるのに。三流だ。
 暇を持て余した影を使いあっさり捕らえられたが口を割る前に自害。お約束だが拷問を恐れてすぐ死にたがるところは何とかしてほしい。僕はそこまで酷いことはしない。たぶん。

 結局誰の差し金かわからない。更に暇を持て余す影の視線が痛い。もっと指示をよこせと?仕方なく調査を指示すれば護衛に数人を残し嬉々として散っていった。城にも報告に飛んだようだ。
 もうこいつら仕事中毒ワークアホリックだな。影なのにそれもどうかと思うが。主人アネにそっくりだ。

 その後も蹴散らした側から次の追跡者が現れるようなる。殺意はない。ただ見守り報告する役目。依頼元が複数と推察する。ティアの父か妹か。ここで婚約者がいたという情報ももたらされる。過去形が重要だ。

 うちと同じか。連れ戻さないが心配で監視をつけた。ティアが家族に愛されていると理解した。
 家出の事情からティアも家族を気遣っている。良い家庭のようだ。

 見守り目的なら、とここらで追跡者は放置するようにした。ティアの家族に無駄に心配をかけるだけだ。

 毎日のように城から送られてくる過剰な情報に辟易しながらも僕も家族に愛されていると心から感謝した。


 追跡者はティアを愛する家族、だが暗殺者は誰の差し金だろうか。とうとう暗殺ギルドが動いたと聞いて驚いた。敵も本気だということだ。

 まあ誰がきても蹴散らすけどね?

 誰が来ようと僕がついている限りティアには指一本触れさせるものか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...