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第3.0章 真実 – シンジツ
第12話
しおりを挟むカールが姿を消した。
消える前に何やらサインを書かされたが関係があったのだろうか。
カールが訳も言わず出かけるのは初めてでセレスティアは慌てたがリースにおっとりと宥められた。
二日後にセレスティアの部屋に姿を現したカールは少し疲れた様子だった。
「ごめん、急用で出てきた。」
「ご実家で何かあった?」
「そうじゃない。」
リースに導かれベッドの側の椅子に腰掛ける。
そして唐突にセレスティアに告げた。
「全容がわかったよ。」
「全容?」
「なぜティアが命を狙われたのか。」
衝撃で呼吸が止まった。それでは———
「‥‥犯人もわかったの?」
「うん」
「‥‥私の知っている人?」
「‥‥うん」
部屋に沈黙が落ちる。
セレスティアは震えながら考える。
この怜悧な少年は自分がたどり着けなかったものに辿り着いた。きっとそれが真実だ。俯く少年はためらいながら言葉を選ぶ。
「僕が提案する選択肢は二つ。一つ目は何も聞かずに全てを僕に任せること。これから起こることは全て僕が処理する。あなたは細々と煩うことはない。」
「何も知らなくてもいいと?」
「そういうこともある。」
そんなことがあるだろうか?
私を守ろうとしている?何から?
守ろうとしているのになぜ選択肢?
「‥‥二つ目は?」
「僕と一緒に犯人に対峙すること。今回の全容を知ることになる。キツい部分もあるから立ち会うのであれば覚悟が要るよ。」
セレスティアはこくりと喉を鳴らし震えを落ち着かせようと深い息を吐いた。
「‥‥カールのおすすめはどっち?」
しばし沈黙ののち静かに口を開く。
「一つ目。」
「じゃあなぜ私に選ばせるの?」
「多分‥ティアなら二つ目を選ぶとわかっているから。」
それを聞いて笑みがこぼれてしまった。
それほどに私を理解してくれている。
敵わないな。狂おしいほどに愛おしい。
この場で抱きしめたいほどに。
見た目は少年。だけど私は彼自身に、彼の心に恋をした。
だからだろうか、とても明るい声が出た。
「じゃあ決まりね。」
セレスティアは微笑んでカールの手に自分にそれを重ねる。そうすれば握り返された。少し掠れた声。心配してくれている。
「本当はあなたを何ものからも守りたい。全ての悪意を退け安穏な世界に閉じ込めたい。でもそれではあなたがあなたでなくなる。」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。」
「十分じゃない。僕はこれほどに無力だ。」
震えている。そうと見てわかるほどに。
それ程に気遣ってくれる少年に胸が熱くなると同時に、それ程の真実に向かい合う恐ろしさに慄く。
私は脆い。一人ではきっと壊れてしまう。
そんな思いから握る手に力を込める。
「そんなことないよ。カールは強い。どうか傍にいて?強さが欲しいの。」
「強さ?」
「全てを受け入れる強さが欲しい。」
カールは包帯の巻かれた顔でセレスティアをしばし見やりこくりと頷いた。
セレスティアが未だ昏睡状態だと医師から報告を受けグイリオは廊下を急ぐ。扉をノックすれば内側から扉を開いた。侍女が静かに頭を下げて進路を開けた。
ベッドには静かに眠るセレスティア。それに枕元に腰掛ける少年が見えた。
セレスティアが思いもかけず連れてきた目を病んだ少年。子供のくせに自分のものだと主張するようにセレスティアに張り付いて離れなかった。セレスティアを手に入れようとしてもことごとく邪魔をする。目障りこの上なかった。
そして今もセレスティアから離れない。セレスティアが目覚めないと聞きこちらが手配するというのに病院への移送も断固として譲らない。勝手にどこからか侍女まで連れ込んだ。
その結果がこれだ。子供のわがままでセレスティアが昏睡。これでこいつを叩き出す理由ができた。
そんな思いでグイリオは入室早々少年を睨みつけた。
「ああセレスティア!なんてことだ!貴様のせいでセレスティアが死んだ!」
怒声をあげれば、枕元でセレスティアの手を握り俯く少年が顔をあげるが振り返らない。無言である。
「お前は出ていけ。いや、この罪を告発するぞ。セレスティアは辺境伯爵の令嬢だ。お前の罪は彼女を、高位の貴族令嬢を殺したことだ!」
「‥‥訂正を。死んではいません。」
「昏睡だ。もう目覚めない。死んだも同然だ!」
少年は何か堪えるようにふぅと息を吐いた。そして紡がれた言葉が震えていた。
「あなたはセレスティアの死を望んでいる。」
「そんな訳ないだろう!」
「ではなぜ笑っているの、グイリオ兄さん?」
馴染みのある声が聞こえた。
グイリオは目を瞠りベッドの中を見やれば目を開けたセレスティアがこちらを見ていた。
笑顔からざぁと血の気が引いてグイリオが一歩退いた。
なぜだ?医師は昏睡と言っていた。そう言って慌てて帰って行ったが。なぜ昏睡と診断されたセレスティアが目覚めている?
見えたものが信じられず混乱していれば背後から膝を打たれ床に跪かされる。腕を背中に取られ押さえつけられ腕の関節を締められる。苦痛で声が出た。動けない。
体をよじり背後を伺えば先ほどの侍女が冷ややかに見おろしていた。その細身からは考えられない力で押さえつけられた。
「なっ 何をする?!無礼だろう?!」
「無礼はどちらでしょうか。」
少年が立ち上がり底冷えする声を出す。
まだ子供と、目を病んだ無力な少年と侮った。なぜそうだと侮ったのかとグイリオは自らの過ちを今悟る。
嵌められた!!
「誰がセレスティアが死んだと?」
「‥ご‥誤解だ!昏睡と聞けば誰だって」
「昏睡?そんなこと言いましたか?」
少年からひたと疑心を向けられる。さらに青ざめた。昏睡‥昏睡だと確かに‥だって‥
「な?!だってそうだろう?毒を飲めば昏睡す」
「毒を飲んだとは一言も言っていません。」
鋭い言葉が被せられる。威圧される。
狼狽する思考。そこでさらにしくじったとわかる。
「毒を飲んだと?なぜご存知なのですか?」
「誘導するな!俺は何もしていない!」
「どうでしょうか?暗殺ギルドに依頼するのは何もしていないと?殺人教唆も立派な罪ですよ?知らされなかったとはいえ、暗殺者が依頼人の家で毒を盛るとは滑稽ですね。むしろあり得ないと疑われないと思ったか?」
グッと言葉を詰まらせる。
なぜそれを?あれほど慎重に手配したのに。
落ち着け、証拠は何もない。
その意図を理解し包帯を巻いた少年の口元が緩く弧を描く。
「依頼は代理人を置いて慎重にしたようですが支払いはずさんでしたね。金の動きですぐにわかりました。成功したと思って浮かれすぎです。」
指摘されて初めて気がついた。毒は成功したと、いずれ死ぬか意識が戻らないものだと聞いていた。放置していれば終わると。だから———
「違うんだ。騙されたんだ。セレスティア、信じてくれ!」
助けを乞うもセレスティアはそっと目を伏せるだけだった。床に跪いた青年は歩み寄る少年に最後の足掻きを見せる。
「ど、動機がない。可愛いセレスティアを手にかけるな」
「ずいぶん借金が嵩んでいたようですね。この屋敷も土地も抵当に入っている。大金が欲しかった。」
被せられた言葉に汗が顎を伝う。なぜそれを知っている?
「そして彼女が死ねばそれが手に入る。遺産が。」
少年の声がさらに低く冷える。部屋の温度まで下がったように感じられた。
喉が凍てついて吐き出す息が苦しい。体の震えが止まらない。グイリオは体を折って身を庇う。
「馬鹿ば‥なぜ‥ありえない‥‥」
「辺境伯の確認も取っています。色々と証言してくださるそうです。代理人も捕らえた。他の状況証拠も揃っている。お前は終わりだ。」
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「そう、だがそれとお前がそうするかどうかは別のことだ。そんなだからお前は嵌められたんだよ。」
目の前が真っ白になる。
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ひたすらに考えるがわからない。
少年が耳元で囁く。底冷えに冷え切った震える声で。
「どこで間違えたかというなら、最初からですよ。彼女を狙った。だから僕が本気になった。ただそれだけです。」
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