17 / 35
第3.0章 真実 – シンジツ
第11話
しおりを挟むセレスティアはふわりと意識を取り戻した。
浅い微睡を何度も繰り返したように思う。無性に怖くてカールを何度も呼ぶ夢を見た。記憶が混濁する中で手を握られ傍を見れば椅子に腰掛け目に包帯を巻いたカールがいた。少し疲れた表情で微笑んでいた。
「カ‥‥ル‥」
「ティア、目が覚めたね。気分はどう?」
「わた‥しは?」
「まずは水を飲もうか?飲めるかい?」
こくりと頷けばいつの間にか控えていた侍女に手伝われて体を起こされる。侍女からコップを渡されゆっくり水を飲めば人心地つけた。再び体を枕に預けるが体に力が入らない。手伝ってくれた侍女を見やるも初めて見る顔だ。
「目が覚めて、間に合って本当によかった。」
「私は‥?」
「覚えてる?毒入りの紅茶を飲んだんだよ。」
セレスティアを探して宙に差し出されるカールの両手に手を差し伸べれば、包み込まれるように握られる。
そういえばそんなことがあったような。毒を吐き出すためにカールに介抱されたことを微かに思い出す。カールの手を握り返そうとしたが思ったより力が入らなかった。
「助けてくれて‥ありがとう」
「それは僕のセリフ。生き延びてくれてありがとう‥‥」
くしゃりと顔を歪めて微笑む顔は初めて見る。今にも泣きそうだ。とても心配をかけてしまったようだ。
「‥ごめんね、‥もう‥大丈夫だよ?」
その言葉にカールはセレスティアの手を額に押し当てて俯く。小さくつぶやく声は感謝の祈り。
神を信じていなさそうな少年が神に祈った。そう悟りさらに胸が痛む。そして改めて彼が大切な存在だと自覚した。
セレスティアも目を閉じて感謝の言葉を心の中で呟く。
神よ この愛しい少年の側でまだ生きられることに感謝します
先程控えていた侍女を改めて紹介された。
名をリース。カールの知り合いのツテで連れてきたとのことだった。この家のものではない紺色のお仕着せを着た侍女は紹介されて無言で頭を下げる。清楚な感じで濃い茶色の髪が美しい。口数も少なく控えめな侍女だ。
「毒に詳しいからティアの看病をさせてた。あとは世話諸々。暗殺者のこともあったから信用できるものを置いたつもり。」
「グイリオ兄さんは?」
「面会謝絶。対外的には倒れてまだ意識が戻ってないことになってるから。毒とは言ってない。」
カールが短く答える。命が狙われている以上そうするしかないだろう。
それから丸二日安静にしていればほぼ回復して普段通りに生活できるほどになった。しかしカールがセレスティアをベッドから出そうとしない。
それでいてカールはちょくちょくセレスティアの側から消えるようになった。
目が見えない体でどこかに行っているのだろうか?一人で出かけるのは無理だ。ならば何をしているのだろう?
カールがいない間にベッドから出ようとするも、代わりにひっそりと側に控える侍女がそれをさせない。ともすれば存在を忘れてしまうほどにこの侍女は存在が希薄だ。
歩きたいのに。これでは体が鈍って本当にダメになってしまう。カールの過保護にため息をついた。
ベッドの中で枕を背に半身を起こし天井を眺める。ベッドの位置は窓も遠く外の様子もわからない。天蓋を降ろされれば世界から完全に隔離された錯覚にさえ陥りそうだ。
暇を持て余すと色々と考えてしまう。なぜ自分は狙われているのか。毒で殺されそうになるなど初めてだ。ぶるりと身を震わせた。
すでに今回の暗殺者はカールが退けたという。どうやって?と問うにはカールの纏う気配が剣呑すぎて躊躇われた。
彼には何者も支配する力がある。この侍女然り、きっと一人ではないのだろう。つまりはそういうことだ。セレスティアはそう理解し委細を尋ねることなく全てを飲み込んだ。
しかしここに至っても未だに自分が命を狙われるわけがわからない。あまり気持ちの良いものではないが自分の死を望む者が誰か考える。
父は‥ありえない。動機がない。殺すならもっと前にできるはず。愛されていないとしてもそもそも動機が思いつかない。
妹のリディア。ない。あのリディアが?これも動機がない。婚約は破棄する手紙を残した。これでハリスと結婚もできるはずだし、そもそも家を出奔している以上殺す必要もない。あの可憐な少女に恨みこそ似合わない。姉妹仲だってよかったのに!
元婚約者のハリス。ないない。あの気弱なハリスが私を殺したい?それが出来る根性がならさっさと婚約を破棄して欲しかった。婚約破棄された恨みもないでしょうに。今頃小躍りして喜んでるはずだ。
グイリオ兄さん。これもやっぱりない。自分をよく理解する兄さんが殺そうと思う?求婚までしてくれたのに?殺す動機だってない。そうだとして自分の屋敷で毒を入れる?
あれ?じゃあ誰だろう?タイミング的に今回の家出に絡んだ人物だと考えたがそうじゃない?
どこかで知らず知らずに恨みを買ったのだろうか。もしそうなら名乗り出て欲しい。話し合った上でこちらが悪いなら誠心誠意謝るし。いきなり暗殺は勘弁して欲しい。
堂々巡りの思考の中で答えにはやはり辿り着けない。この迷宮の出口にたどり着くには何かが足りない。
それがわかればきっと敵の真意がわかるのだろう。
ふぅと深いため息を吐くと茶の載ったトレーが膝の上に置かれる。あの侍女がひっそりと差し出してくれた。
出されたものは紅茶ではなくハーブティ。紅茶はしばらく飲みたくないからこういう心遣いが助かる。温かい飲み物がとても美味しい。
よく出来た侍女だと思った。ふと毒に詳しい彼女に尋ねてみる。
「毒対策はどうすればいいのかしら?」
「一番は毒を飲まないことです。」
「うーん、そうだけど‥」
当然だ。そんなもの飲みたくない。
その意図を汲んで侍女は言葉を継いだ。
「そういう状況に陥らないよう気を配られることも重要です。ですが残念ながらそのような状況に至ってしまわれた場合、口になさるものに気をつけてください。」
「いつも?」
「はい。手っ取り早くですと味や香りがおかしいと感じられたら吐き出すこと。飲み物でしたらはハンカチに含む、食べ物であれば席を外し吐き出す、でしょうか。」
「でも無味や無臭の毒もあるでしょう?」
侍女は静かに微笑む。毒の話だが女性同士の他愛ない会話のようだ。
「はい、ですので普段から毒を飲んで体を慣らすことも重要です。要人の方は毎日毒を飲んでいます。」
「毒を?毎日?」
ギョッとした。そんなことをしてるのか?毒で死なないために毎日毒で死にかけろと?
「軽い毒です。痺れ毒は致死ではありませんので。毒の味を覚えるという効果もあります。お嬢様がご希望でしたら学習用にご用意いたします。」
「えっとそれは遠慮しとこうかな‥」
「申し上げるのを控えておりましたが、実はそのお茶にも毒が‥」
お茶を吹きそうになり慌てて踏み止まるも飲み込めない。ハンカチがない!
その様子にフフッと侍女は微笑んだ。
「とても薄い毒ですので飲まれても無症状です。最初はこの程度から始めます。」
ごくんと飲み込んで恐る恐る尋ねる。
「冗談ではなく本当に毒入り?」
「はい。」
「とっても美味しいよ?」
「はい。美味しい毒です。ハーブティではありません。三日前より始めておりますが気が付かれませんでしたでしょうか。」
「全然」
「左用でございましたか。」
とても良い顔で微笑まれた。この笑顔にセレスティアはちょっと引いていた。
何というか、性格の方向性がカールに似ている。流石はカールが探してきた侍女だ。
その笑顔を見てどこかで会ったような気がしたがよくわからなかった。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる