11 / 35
第2.0章 逐電 – チクデン
幕間 森の中②
しおりを挟む「ふぅん、本当だったみたいだね。よかった。あんまり間違いだらけだったらどうしようかと思ってたよ。」
少年は笑顔でしゃがみ込み、地面に倒れ伏す男を見下ろした。男は細かく体を震わせている。顔色を悪くして少年を視線だけで見上げている。
「大丈夫。副作用で少し痙攣してるだけ。明け方にはよくなるかな?」
そして少年はついと男の耳元に顔を寄せて囁いた。
「今後はこんなことしないで真っ当に働いてね。毎日真面目に働く人が一番尊いんだよ?またこんなことをしてるところを見かけたら流石の僕も次は容赦できないからね?」
その囁きに濁った目が見開かれる。痙攣する体がさらにカタカタと震えた。
そして闇の中に佇む影に命じる。まるでお使いでも頼むようだ。
「おじさんを街道沿いに捨ててきて。運良く誰か見つけたら介抱してくれるかもしれないね。ダメなら自力で頑張ってもらおうか。」
そう言い放てば闇から現れた影が男を担いで消えた。
そして少年はついと振り返る。背後に控える影に呆れた声を上げた。
「また来たのか。お前はもう来なくていいと言ったが?」
「様子を窺うよう申しつかりました。」
「過保護だな、まったく。」
少年がため息をつく。
全身黒尽くめ。目の部分がくり抜かれた艶消しの黒銀の仮面をつけている。剥き出しの部分は目のみ。それは底なしの闇の中で朧げに蠢いている。そこには満月の光さえ届かない。
はたから見れば少年は澱んだ闇に話しかけているように見えるだろう。
月明かりの中、少年はその前を通り過ぎて歩き出す。そして澱んだ闇がひっそりと追従する。
「こちらは異常なし。追跡も暗殺者もいない。そうお伝えしろ。」
「しかしセレスティア様に追跡者が放たれています。」
「僕より彼女の方が追手が多いなんてね。一体何をやったんだろうね、あのお姉さんは。」
カールは目を細める。これで三組目。今回はただの監視のみ。しかし昼間襲ってきたのは暗殺者だった。影に捕らえさせたがすでに事切れていた。服毒したようだ。
姉弟偽装の為という言い訳で同室にするよう進言して結果的によかった。この様子では街中でもコトに及ぼうとするかもしれない。
何者かが彼女に殺意を向けている。誰かに恨まれるような女性ではないのだが。一組捕らえればまた次がくる。そして今回も事情は知らないという。
「この場合相場は痴話喧嘩か爵位相続関係だけどね。そこらへんわかった?」
「ざっくりとした事情ですが。」
話に耳を傾けたカールはため息をついた。
「婚約者と義妹ね。まあありそうな話だ。だがセレスティアに傷心の様子がない。痴話というより二人の結婚の障害と思われているのか。辺境伯の方も気になる。もうちょっと遡って掘り下げてくれ。次こそはお前は来なくていいからな。」
「それは私が決めることではありません。」
「義姉上を説得しろ。お前がくると碌なことがない。」
ほんと、うちの女性陣はみんな過保護すぎる。ちょっと目をやられたくらいで。しかももうそれも完治しているし。カールは煩わし気にため息をついた。
「セレスティア様が不機嫌になられるからですか?」
遠慮ない物言いにカールはムッとする。
「そうだ。僕は清廉潔白が信条なのに女の影なんか匂わせるな。お前の変装が小賢しすぎる。」
こいつは医院の前で偶然を装って待ち伏せていた。あんなどこから見てもやんごとない令嬢に変装するこいつの神経が信じられない。おかげでセレスティアの不興を買ってしまった。
「次は男装でも致しましょうか。」
「だからもうくるんじゃないといっている。」
憮然としてその場から立ち去れば気配が消えた。
目端も利いて優秀なのだが自分の影ではないから言うことを聞かないのが鬱陶しい。
家族が心配している。それはわかっている。
僕が悪い。それもわかっている。
だがもう少し時間が欲しい。
嘆息しつつ野営地に戻る。そしてスノウにもたれ安らかな寝息を立てるセレスティアを見下ろした。焚き火の炎に照らされて栗毛が艶やかに輝いて美しい。
その様にカールは賛美とも感嘆ともつかない吐息を漏らす。そっと近づけばスノウが目を開けてカールを見上げてきた。
目は閃光弾からとっさに庇ったから酷いことにならなかった。受診した時ももう回復していた。後遺症もないだろうという診断結果だった。
自分の目が回復していく様子にセレスティアは緊張を纏っている。それはかつて義理の姉が纏った雰囲気に似ていた。見た目に劣等感を持っていると理解するのに時間は要しなかった。
だから目が回復している事実は告げない。
こうして見下ろす限りは美しい女性だと思う。
だがただそう言うだけでは解決しないのも知っている。
セレスティアが嫌がるのであれば盲目のフリも別に構わない。むしろセレスティアに色々気遣われ手取り足取り世話をされて役得といえる。この手に公然と甘えられるのだ。
だけど———
手を伸ばし眠る顔に触れるギリギリで手を止める。そしてその手を宙で握り締める。
触れるのはまだ早い。全ての問題を解決できて初めてそれを乞えることだろう。
「早く見たいな。」
側に腰掛け微笑んで小さく囁く。
寝顔ではなく自分に向けられる笑顔。その時の瞳の色は何色だろう。その瞳に映る自分の顔を早く見たい。
その時瞳の中の僕はどんな表情をしているだろうか。
今は固く閉じられている瞼の中に思いを巡らせ、太めの薪を多めに焚べる。そして目に包帯を巻いてゴロンとセレスティアの隣に横になる。皆で寄り添いスノウも嬉しそうだ。
「これも役得だよね?」
柔らかな寝息が聞こえる。
スノウの背を撫でて包帯の少年は温もりに笑みをこぼした。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる