4 / 35
第1.0章 邂逅 – カイコウ
第03話
しおりを挟むそこで初めて、正面のローブの人物が半身ほど振り返った。隠れていたのに思わず声を漏らしてしまっただろうか?
目深にローブをかぶっていたため顔は口元以外は影に隠れて見えない。長めの杖が低い背丈に不釣り合いに見えた。
「‥‥盗賊‥ではない?」
訝るような少し高めの少年の声。やはり子供なのか、とセレスティアは内心驚いた。
子供が狼を連れて旧道の森の中に一人でいる。それはあまりに場違いであった。
「お姉さん?はひとり?こんなところでどうしたの?」
やんわりと明るい少年の声でそう話しかけられてセレスティアは少し安堵して歩み寄った。話ができそうな相手だ。少年なら見られても大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
狼たちが逃げ去り骸が残る辺りを見回し剣から手を放した。
「ごめんね。驚いて見ていたの。君はここに一人でいるの?大人の人は?」
そう応じて微笑んだが、少年から返事がない。俯き加減で顎に手を当てて何やら考え込んでいるようだ。やはり口元以外表情は窺えない。
先程戦っていた白い獣が少年とセレスティアの間に体を入れてくる。少年を庇う様子に賢い獣だと思った。警戒するその獣の頭を宥めるように、少年が杖を持たない空いた手で撫でる。
「大丈夫だ、この人は敵じゃない。」
獣は少年とセレスティアの両方を見比べた後、様子を窺うようにゆっくりとセレスティアに近づいてきた。口元こそ赤いが先程の殺気はもうない。
間近で見てその大きさに驚いた。幼い子供なら背負って走れそうな大きさだ。穏やかな獣の目がセレスティアを見上げてきた。
あ、この子メスだな。直感で思った。
「そいつは大丈夫です。噛みつきません。」
穏やかな少年の声。それは見ただけでわかった。
歩み寄る様が以前飼っていた大型犬を思わせた。優しい目だ。飼っていた犬は耳と喉の下を掻いてやると目を細めて喜んだ記憶がある。
ふとそんなことを思い出し、獣の頭を撫でたい衝動を堪える。いきなり手を出しては獣は怯えてしまう。
セレスティアはしゃがんで獣と視線を同じにした。
「とても賢いわ。それに強いのね。ご主人様を守って偉かったね。」
クゥと甘えるような声を上げて獣はするりとセレスティアに身を擦りつけてきた。撫でていいという許可と理解し、記憶にある耳と喉の下を撫でてやれば獣は喉を鳴らして目を細めて見せる。
「へえ、こいつが初対面で懐きましたか。凄いな。」
近寄ってきた少年の笑みを含んだ声にしゃがんだ姿勢から少年を見上げて、セレスティアは驚きの声を上げそうになり、慌ててそれを飲み込んだ。ローブを被る少年の顔が見えたからだ。
少年と思しきその顔の目元には白い包帯が巻かれていた。
「一人でどうしようかと思っていたので助かりました。」
包帯の少年が声変わりする前の明るい声を上げる。
あれから近くで一緒に野営しないかと誘われ旧道の奥で火を焚いて二人と一匹は暖をとっていた。訊ねれば連れはなく子供と獣だけという。
今は夏の終わりであるが夜になると少し冷え込むようになってきた。焚き火は必須である。携帯食に干し肉をかじりながら自己紹介をする。
「ちゃんと名乗ってなかったわね。私はセレスティアというの。セレスティア・デリウス。よろしくね。あなたは?」
セレスティアは名乗ったが姓は母方のものを使った。辺境伯爵フォラントの名前は流石に使えない。
下手に隠せば家出と疑われる。その前に名乗ってしまえ、というセレスティアの作戦だ。
「僕はカール、カール・ウォーロックです。こちらこそよろしく、お姉さん。」
「魔法使い?珍しい名前ね。」
「よく言われます。」
ウォーロック。絵物語に登場する魔法使いだ。ウォーロックは男性の魔術師の呼び名で女性ならウィッチとなる。
ローブ姿に子供が持つには長い杖を持ち、白き狼を従える盲目の魔法使い。雰囲気はなかなかにぴったりだ。
セレスティアのウォーロックの反応に少年は満足げにくすりと微笑んだ。この名前が気に入っているようだ。
と、そこで傍らの犬が私は?と言わんばかりにカールの手をべろりと舐める。それを宥めるように少年が獣の頭を撫でた。
「ああ、わかってるよ。これは狼犬で名はスノウといいます。」
白い獣がワフと目を細め返事をした。
「スノウ?フフッ 真っ白でピッタリな名前ね。狼犬なの?話には聞いたことがあったけど初めて見たわ。」
狼の血を受けた犬。狼と違い狼犬は人に懐くし頭もよく忠誠心もある。通常狼犬は毛の色の濃い犬が多い。スノウのように真っ白な犬はとても珍しかった。
真っ白い毛並みはふわふわで撫で心地が良さそうだ。そう思い背中を撫でてやれば目を細めて気持ちよさそうな顔をする。スノウの高めの体温が手に暖かい。今度この毛皮に埋もれて添い寝をしてみたいな、と思った。
改めてセレスティアはしげしげと少年の顔を見た。普通であれば失礼であるが相手の目が見えないとわかれば遠慮もない。
フードは背中に落としていたので少年の顔は晒されている。辺りはすっかり闇が落ちていたが焚き火の光を浴びてその表情が浮き上がる。
包帯が巻かれた顔は痛々しかったがそれでもその造形は神々しいほどであった。
少し長めの艶やかな漆黒の髪に、この年頃にしては日焼けしていない白い肌。歳の頃は十二、三位か。顔立ちも柔和で雅でさえある。目元の包帯を外せばきっとものすごい美少年だろう。セレスティアはしばしほぅと見とれてしまった。
佇まいや仕草も上品で粗野な様子がない。明らかに育ちがいい。言葉尻や発音にも知性を感じる。
彼はどこぞの高貴な貴族令息なんじゃないだろうか、と思った。
だがそれにしては旅慣れている雰囲気が気になった。携帯食も躊躇いなく齧っている。暖かく柔らかい食べ物に慣れた貴族ならこの硬さは辛いだろうに。先ほどの荒事にも怯えた様子もない。場慣れしすぎていた。
どちらも相容れないものだ。それがなんとも言えない違和感となって喉元に残る。
0
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる