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第三章
幕間: 家族会議
しおりを挟むアドラール帝国皇帝の皇后と五人の皇子皇女は音楽室に集まっていた。ピアノがあったため音楽室と呼ばれていたが応接室より防音防犯がよく庭に続くテラス窓があったため、家族団欒はここでよく行われた。
この場にエレノアはいない。妃教育のため王宮に出ていた。
現在兄弟喧嘩が勃発していた。
「オレが守る!婚約者であるオレが守るのが筋だろう!!」
「フリード兄、何を言ってるんですか。公務があるのにそれは無理でしょう。僕の方が時間があります。」
「そんなもの、執務室にエレノアを置いておけばいい。」
「そんなの可哀想です!フリード兄さまとずっと一緒なんて退屈で死んでしまいます!やはり女性である私が適任です!」
「エルザお前!エレノアと会話できる様になってから出直してこい!!」
「イーザ、ひめしょうぐんさまといっしょにあそぶ!!」
皇太子フリードの発言に、カールとエルザが反対する。イーザは会話に参加しようと必死だ。それを遠巻きにマルクスが見ている。
エレノアが暗殺者に狙われている。その情報から今後どうするかの家族会議だったはずなのだが。兄弟で揉めに揉めている。
第一次エレノア争奪戦争勃発。皆我も我もとエレノアの護衛に名乗り出した。マルクスを除いて。
姫将軍がフリードの嫁に来る。その事実に家族中が大騒ぎになった。主に歓喜であったが。
特にエルザの狂喜ぶりがすごい。巷に流行している武勇伝に憧れて大ファンになっていたのだから。
だが生来の性格がなぜかツン対応で出てしまい、最初は姫将軍と顔を合わせることもできなかった。裏ではデレデレなのだが。
ことあるごとに真っ赤になって涙目敗走するエルザをマルクスは何度見ただろうか。面倒くさい妹だ。
「ご、護衛に会話など必要ありませんわ!」
エルザが赤面して言い放つ。
いや、流石に話せないと守れないのではないか?エレノア姫も心苦しいだろうに。
「オレが守ると言っている!オレが一番強いのだから妥当だろう?!」
まあ長男ですからね。でも護衛は強さだけではないですよ、兄さん。そもそも公務どうするんです?姫を連れ回す気ですか?
「フリード兄はひっこんでてください。僕が完璧な布陣でエレノア姫を守って見せます。」
カールの得意な罠で布陣するか。これの弱点はエレノア姫が罠にかからないよう一歩も動けなくなることだが。そもそも長期戦に向いていない。策に溺れすぎだ。
カールは肉体派の兄弟の中で頭脳派という変わり種。罠が得意で戦場では地形を利用した布陣を好む。頭でっかちだが剣術バカな皇太子ややる気がない第二皇子よりもいっそ皇太子向きと言える。
こいつの最大の失敗は生まれてくる順番を間違えたことだな。マルクスは残念そうにカールを見やった。
「イーザがまもる!スノウたちとってもゆうしゅうだもん!」
たぶんこれが一番確実かもしれない。スノウたちの戦闘能力は下手な騎士より上をいく。敵の気配にも機敏だ。これが一番得策か。幼女に犬の群れ。敵も油断するだろう。ただこれも一時間が限界だな。
イーザは動物の調教が得意だ。この年若さで獣使いは素晴らしい才能だ。特に狼犬を気に入って育てている。スノウファミリーは小隊二十人に等しい戦力だ。
「マルクス!お前は何か言わないのか?!」
心の中でツッこんでいたマルクスに砲弾が投げ込まれた。
私もこの泥試合に参戦しろと?ごめんこうむる。
「いえ、私は立候補いたしません。そもそも姫将軍に護衛は必要ないでしょう?あの方より強くなければ護衛は務まりません。」
その言葉にフリードは笑みを浮かべ他の妹弟は言葉を詰まらせる。
兄さん、勝ち誇らないでください。兄さんはあの姫と互角程度ですからね。剣技だけなら下手したら負けますよ。
エルザが唇を尖らせてマルクスに問い詰める。
「ルーク兄さまはエレノア姫さまをまだ嫌いなの?」
「いいえ、嫌いではないですよ。手合わせして好感度は上がりました。ただマイナス100がマイナス50になった程度です。」
「マイナス?!姫将軍様にマイナス?!」
エルザが悲鳴をあげる。絶叫クラスだ。
「エルザ、もうやめろ!エレノアの良さをわからせるな!敵が増える!」
「そうでしたね!」
妙なところで意気投合する二人を見てマルクスはため息を落とす。よくもまあここまでたらし込まれたものだ。
でもまあ無理もない。確かにあの落差はすごかった。
ハイランド王国内でも兜を一切取らなかった謎の姫将軍。剣を持ち戦場を飛ぶように駆ける白き悪魔将軍が、実はあんなにチビっこくて小動物のように愛らしいとわかり初日音楽室にいたその場の全員が衝撃を受けていた。さらに本人は無自覚というおまけ付き。
特にフリードの硬直が酷かった。マルクスの耳にはフリードの心臓に矢が当たった音が聞こえたほどだ。人が恋に落ちる瞬間とはこういったものかと感心したものだ。マルクスも驚きはしたが毛ほども刺さらなかったが。
兄自ら政略結婚を仕立てておいてなぜ今更自らハマっているのか、マルクスにはちっとも理解できなかった。
だがエレノア姫の側に自分がいれば普段冷静な兄の鬼の形相を見られる。それがわかりマルクスは当初、わざと目立つようにエレノアに付き纏っていた。兄をからかう反面、マルクスはまだ信用ならないエレノアの動向を注視していたのだが。
今まで女性が関わっていい思い出がない。おかげで女性に対し穿った見方しかできなくなった。そのせいでかエレノア姫に魅入られなかったのかもしれない。
少しの付き合いではあるが、幸い人としては尊敬できそうだとわかったから、今後は家族としてつきあっていけるだろう。
しかしこの争い、いつまで続くんだ?
オレが!私が!僕が!イーザが!と言い募って皆一向に引かない。しかし誰も決め手に欠けている。
「では皆でお守りしましょう?一人一時間ずつがいいかしら。」
兄弟たちの争いを微笑ましく見ていた皇后レオーネがにこやかに言った。護衛としては妙だが、姫にむしろ怪しまれないかもしれない。
まあ、それが落とし所だろうな、とマルクスも思ったのだが。
「「「「一時間少な過ぎ!!」」」」
一斉に不満が出た。もうどうしろと?
「では私の一時間を使ってください。」
「オレによこせ!この間公務手伝っただろ?!」
俄然フリードが声を張る。
これ見よがしに恩を売られてもね。
「まあそうですが、その三倍は兄さんを手伝ってますよ?」
「なら私!この間仮病の口裏合わせてあげたでしょ?」
「仮病?またサボったのか?!」
「この場でそれを言ったのでエルザは減点です。」
マルクスはため息を落とした。この妹、もう少し賢いかと思ったのに。
「なら僕ですね。ルーク兄の邪魔をしてません。」
「うん、よくもしてもらってないがな。」
カール、お前はそういうやつだな。抜け抜けと言うその性格は嫌いじゃないが。
「ルークにいさま、イーザにちょうだい!」
「うーん、姫も二時間も犬に囲まれるのはどうでしょうね?」
多分末っ子に落とすのが一番恨まれなさそうだが。実は姫が犬嫌いだったら最悪だ。
「なら私にちょうだい?」
突如皇后レオーネが参戦した。子供たちが目を瞠る。
「身重の母さんに護衛は無理ですよ?」
「まあ、そんなことはないわ。陛下が施した護衛や罠の中にいるのよ?これほど安全な場所はないわ?」
子供四人は口籠る。実際そうだったから。実はレオーネの側にずっと置いておけば護衛問題は万事解決なのだが、誰もそれは言わない。
そうしてマルクスの一時間は皇后がゲット。そうなれば次はルールで揉める。第二次エレノア争奪戦争勃発。
手合わせの時間はこれに含めるのか、食事はノーカウントなのか、兄弟の時間が重複したらどちらカウントなのか、誰が時間管理をするのか。途中口喧嘩を交えながら細々と問題点が出され、カールが板書する。いつもの家族会議であるが今回は熱気が違う。異常だ。
マルクスはソファからそれを眺め嘆息する。この様子をエレノア姫が見たらどう思うだろうか。婚姻が成立したらこれを見る様になるのだが、どうか引かないでほしいところだ。
そうして今度は順番で揉めているようだ。第三次エレノア争奪戦争勃発。なんて不毛な争い。もう誰でも良くないか?
足元に伏せてあくびをする同志の頭をマルクスは撫でる。そしてレオーネに視線を送りマルクスは音楽室を静かに辞した。
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