【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

文字の大きさ
上 下
7 / 26
第二章:襲撃

約束

しおりを挟む



 翌日は良い天気だった。

 アナスタシアはお忍びのため商家の令嬢に近い格好をする。膝下丈のデイドレスに編み上げブーツ、目深に帽子を被る。髪は背中に流していた。
 アンジェロも商家の息子のような服装だ。華美ではないが仕立てはいい。またそれが似合っていてアナスタシアは内心うっとりしていた。

 玄関ホールに現れたアナスタシアにアンジェロは困ったように目を細めた。

「とてもよくお似合いです。ですがちょっと目立ってしまいますね。」
「そうでしょうか?お忍びに見えませんか?」
「いえ、それは別の意味なのですが。滲み出てしまうものですね。」
「はぁ‥‥?」

 アナスタシアは首をかしげる。よくわからない。もっと地味めの方が良かっただろうか。
 アンジェロが笑顔で軽やかにエスコートの手を差し伸べる。

「今日は天気も良いので湖をご案内しようと思っています。少し馬車に乗りますがあちらでゆっくりできます。」
「それは楽しみですね。」
「護衛に何人か連れて参ります。どうぞご安心ください。」

 アンジェロの背後に立つナベルズが黙礼する。すでに馬車の周りには数人の警護が控えていた。侍女も従うので馬車は二台用意されていた。アナスタシアは困惑げだ。

「お忍びなのに警護が必要なのですか?」
「はい。城とは違います。警護はどうぞご容赦ください。商家でも昨今では護衛をつけていますので目立ちません。」

 城ではリゼットが近くにいたが、二人だけの空間が多かったように思う。警護の為だが二人の距離が離れたようで少し寂しい。

 リゼットと共に馬車に乗れば、指示を出していたアンジェロも最後に乗り込んできた。車中から移動中の外の様子を説明される。
 今は夏。青い麦帆が風になぜる様子が美しかった。城からは見られない田園風景だ。

 しばらく移動すれば湖の湖面が遠くに見えてきた。水平線が遠くに見えるほどだ。

「すごいわ、あれが湖?大きいのね。」
「そうですね。我が領地内で一番大きいです。」
「海もあのような感じなのでしょうか?」
「海はもっと大きいですね。殿下は海をご覧になったことは?」

 アナスタシアは無言でかぶりを振る。そこまで城から離れたことはない。

「そうですか。浜辺は無理ですが領地内で海を望む場所があります。今度ご案内いたしましょう。」
「本当ですか!嬉しいです!」

 アンジェロとの約束がたくさん出来ていく。未来を約束されたようでそれがとても嬉しい。

 湖畔に到着し、リゼットと侍女たちが大木の木陰に休憩の準備を始める。辺りに人はいない。こんないい天気なのに誰もいないのだろうか。

「今日は我々だけですね。今は農作業が忙しい時期ですので。この湖は人気があるので来月には夕涼みで混み合う場所です。」

 そして視線を遠くに投げている。

 まただ。視線が鋭い。

 アナスタシアもアンジェロの視線の先に目を凝らすも何もない。ただ湖と湖畔が広がるだけだ。

「殿下、準備ができたようです。参りましょう。」

 その声に現実に引き戻され、はっと我に返る。アンジェロに手を差し出されていた。
 その手を取り背を向けたため、湖の虚空にあの水面の波紋がいくつも広がっていたのをアナスタシアは見逃していた。



 アナスタシアは毎日のように領地を案内された。
 初日は湖、その後アンジェロ自慢の直営茶葉園や海を望む丘にも出かけた。

 当主の仕事もあるだろうに、アナスタシアに一日の大部分の時間をかける。家令に仕事を分担しているから大丈夫だとにこやかに言う。
 出かける時はアンジェロと必ず二人。アンジェロは寄り添うようにアナスタシアの側に控える。

 護衛は相変わらずだったが観光したことがないこともありアナスタシアは存分に楽しんでいた。
 出かけることも楽しかったが、アンジェロと共に過ごす時間が愛おしかった。お忍びでのお泊まりだったが、城から出てきてよかったと思っていた。


「アンジェロ様の夢はなんでしょうか?」

 マウワー家の庭園を一緒に散歩中にアンジェロに問いかけてみた。

「夢‥ですか?」

 虚を突かれたようにアンジェロが繰り返す。まだ十六なのだから夢を描くこともあるだろうと聞いてみたのだが。
 アナスタシアの夢はアンジェロの元に嫁ぐこと。それはアナスタシアの中ではごく近い未来図となっていた。

 その問いにアンジェロの反応は思いの外悪かった。少し思案して頭を振る。

「ありません。」
「ないのですか?全然?」

 驚いて問い返せば、アンジェロは表情を失くして遠い目をする。 

「将来とかあまりそういうことは考えません。先のことを憂うことで今日を台無しにしたくありませんので。」

 うつろとも言える視線を虚空にやる。

「今日を大事になさっているということですね?」
「そう‥‥なのでしょうか。」

 躊躇うような口調が気になる。そうではないのか?

刹那せつな主義というそうですよ。今日を大事にすることで未来も輝くそうです。」
「それは‥今だけ良ければいい、ではなく?」
「そのような思想もありますが、どうせなら今日も未来も良くなればいいですよね?」
「なるほど、確かにそうですね。」

 ごくたまにアンジェロはこのかげりのある表情をする。

 全てを悟りあらがわず諦める。
 そのような表情をさせるものは何なのだろうか。

 こういう時に彼と自分の間に距離を感じる。
 自分では彼をそれから守ることはできないのだろうか。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】サキュバスでもいいの?

月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】 勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...