【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

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第四章:堕天使

大天使

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 アナスタシアは外に向かって廊下をかけていた。それをナベルズ達が追い縋る。

「いけません殿下!部屋にお戻りください。」
「ダメ!放して!」

 王族相手にナベルズも強く出られない。だが今は保護対象の安全が最優先だ。
 仕方なく拘束しようと伸びるナベルズの手をアナスタシアは振り払う。 

 アナスタシアは焦っていた。相対して直感でわかった。
 あれは邪なるもの。ダメだ。戦ってただでは済まない。
 アンジェロ様を止めないと!

「殿下!ダメです!」

 リゼットが必死にアナスタシアに縋り付く。

 縋る手が邪魔だ。
 なぜわからないの?
 彼に危害が近づいている。早く早く!

 その焦りからその鋭い言葉は出た。

「私に触れるな!無礼者!!」

 ナベルズとリゼットの手が凍りつく。アナスタシアの虹色の瞳がひたと一同を見据えた。

「—— 控えよ。」

 その低い声にその場の全員が息を呑んだ。

「控えよ。誰の許しを得て私に触れようとしているか。下がりなさい。」
「‥‥しかし殿」
れ者が!下がれと言っている!聞こえぬか!!」

 手を伸ばしかけたナベルズは再び凍りついた。まだ年若い王女の威圧。今は服従してはならないのに動けない。この王女から滲み出る力に抗えない。それは全てを超越した力。

 アナスタシアの背後に揺らぎが見えた。
 その揺らぎにナベルズは目を奪われた。





 アナスタシアは廊下を駆け出した。
 場所はわかっている。庭園だ。
 急げ!間に合って!どうか!

 自分が行って何ができるかわからない。だが自分の中の何かが急かす。急がないと間に合わない、と。
 焦ってつんのめる足を踏ん張って走り続ける。

 そして庭園に着いたアナスタシアはそれを見た。


 仰向けに倒れるアンジェロ。その上にのしかかり首を締める悪魔。
 あれは堕天使ベルゼブル、闇の眷属。アナスタシアの脳内にその名が浮かぶ。悪魔を知らないアナスタシアはその存在を瞬時に理解した。
 アンジェロはアナスタシアを見て目を見開いている。逃げろと苦しげな表情で声なく語っている。アンジェロに黒い穢れがまとわりついているのが見える。

 その衝撃でアナスタシアは悲鳴を上げる。
 あれは穢れ。心が壊れてしまう。
 その声でベルゼブルがアナスタシアをかえりみた。

 酷い腐臭にアナスタシアは後退りしそうになる。悪魔に見つめられて全身の神経が逆立つ。体がおののき逃げを打とうとするがぐっと堪える。

 一方で額から血を流し意識なく倒れたアンジェロの側に駆け寄りたい衝動にも堪える。悪魔がアンジェロに乗っているのだ。
 無事なのだろうか?間に合わなかったのだろうか?その予感に酷い怖気おぞけが背筋を駆け上がる。

 逃げたい衝動と駆け寄りたい衝動で結局アナスタシアはその場から動けなかった。ただじっと目を瞠って悪魔を見ていた。

 悪魔がアナスタシアに手を伸ばす。


 カゴヲ‥カラダヲ‥ヨコセ‥


 悪魔の呟きが脳内に聞こえる。
 喉の奥で悲鳴を飲み込み、アナスタシアは自らを叱咤して口を開く。

「‥‥あなたが欲しいのは私でしょう?こちらに来なさい。」

 アンジェロの体から悪魔が離れるのを見てほっとする一方で、自分に歩み寄る悪魔に体が震える。怖い。

 目を閉じたい。逃げだしたい。助けを求めたい。
 でもそれではアンジェロが助からない。

 もし私の中に本当にいるのなら、どうか力をください。



 アナスタシアは歯を食いしばり手をギュッと握って悪魔を睨みつけた。

「邪なるものよ、止まりなさい。」

 ベルゼブルが歩みを止める。
 言うことを聞いたわけではないとわかる。笑っているから。何もできないとわかっているから。アナスタシアは目を細め右掌を突き出した。

「悪しきものよ、この場から去りなさい。」

 ベルゼブルの表情が嘲るようにさらに笑う。

「大天使ラファエルの名に於いて命じます。悪魔ベルゼブルよ、く去りなさい。貴方の望むものは手に入りません。」

 アナスタシアは悪魔を睨みつけ毅然とそう告げる。
 ラファエルの加護は回復だけ。攻撃はできない。悪魔を退けるしかない。

 力が欲しい。あの方を守る力が。
 大天使ラファエル、どうか私に力をください。


 笑うベルゼブルが歩みを進めようとして立ち止まった。

 アナスタシアの背後にかすみが立ち込める。透明な揺らぎはやがて何かを形づくる。ベルゼブルはそれを茫然と見やる。

 透き通るそれは天使の姿。大きな一対の翼を有した大天使がアナスタシアの背後に現れる。そして虹色の翼を広げ美しい顔がベルゼブルを上空からひたと見据えた。

 ふわりと舞い降りた大天使はアナスタシアの背後、肩口からその両手をベルゼブブルにかざした。
 悪魔が目をすがめ光り輝くそれに怯えて慄く。一歩退いた。

 アナスタシアは目を見開いた。目に入ったものから視線を逸らせなかった。

 アナスタシアの目に映ったものはベルゼブルの背後に横たわる男の体。
 仰向けに横になるその右手がゆっくりと持ち上がる。その手には黒き自動拳銃グレック19。その銃口はベルゼブルの背中に向けられていた。

 音もなく起き上がった男が躊躇いなく引き金を引く。銃声が二発轟いた。それと共に背中から撃たれた悪魔の体がうつ伏せに、前にゆらりと倒れこむ。


 アナスタシアはぺたりとその場に座り込んだ。
 事態の急展開に頭がついていっていない。
 そして震え出した。目の前のあの男は誰だろうか?

 いや、一度会ったことがある。初めての襲撃の時に。

 アナスタシアの目には、その男の背に漆黒の大きな翼が映っていた。


 拳銃を片手に立ち上がるその男、アンジーは悪魔に歩み寄りその体を足で仰向けに転がした。倒れた男の右手を足で踏み押さえ、心臓に銃口を向ける。
 まだ意識のあるそれは荒い呼吸でアンジーを見上げる。口から血を流し咳き込むも目が笑っている。


帰天きてんせよ、堕天使ベルゼブル。神が我らをあわれみ、罪をゆるし、永遠のいのちに導いてくださいますように。」


 厳かな言葉とともに銃声が二発。薬莢やっきょうが落ち、轟いた音が消えれば辺りに静寂が訪れた。

「‥‥アンジェロ‥さま?」

 ショルダーホルスターに銃をしまいその男はアナスタシアに静かに微笑んだ。だがそのたたずまいでアンジェロではないと直感でわかる。
 もっと年上の、兄達に近いずっと年嵩としかさの顔が見返してきた。あと数年すれば見られるであろうアンジェロの笑顔だった。

 その何か、男の背に纏う超越した黒き翼の存在にアナスタシアはぞわりと身を震わせた。

「もう大丈夫だ。姫は無事か?」
「‥‥え、ええ、はい。」
「それはよかった。」

 そう言い嘆息したアンジーは力尽きたようにその場に座り込んだ。

 アンジェロの顔と声でもまったく別人に聞こえた。なんとか震える足で立ち上がり血まみれのその男の側に歩み寄った。

「‥‥怪我を見せてください。」
「これは大丈夫だ。見た目ほど酷くない。」

 額から出た血が顔半分を汚している。手も傷だらけだ。そして首に絞められた跡と爪の切創せっそう。くっきりと指の形が浅黒く跡になっている。
 その血の多さに震えたが治癒をかけようと手を翳すも治癒の加護が発動しなかった。

「え?なぜ?どうして?!」
「落ち着け。まだ興奮しているんだ。極限状態ではうまくいかない、色々と。」

 兄のようにやさしく諭されアナスタシアはその顔を覗き込む。
 目を瞑りこめかみをもむその青年は何かぶつぶつつぶやいていた。

「姫、なぜ貴方がここにいるかは今は問わない。それは後で聞くとして。もうすぐ迎えがくるのであいつが目を覚ます前に部屋に戻るように。でないとあいつが発狂する。」
「あいつ、ですか?」
「そう、俺の相棒。」

 相棒。その言葉をアンジェロからも聞いた。ならばこの方が?
 こめかみを辛そうに揉むその顔にアナスタシアが慌てる。

「痛いですか?」
「いや、酷い頭痛がするだけだ。アスピリンが欲しい。多分『加護封じ』の後遺症だろう。」
「すみません、治癒ができればいいのですが。」

 アンジーが苦笑した。漆黒の翼が笑みに合わせふわりと揺れる。

「気にするな。そうだな、なら姫の『祝福』をくれないか?」
「『祝福』ですか?」
「そう、俺の名を呼んでくれ。貴方の『祝福』ならアスピリンに近いからな。」

 アスピリンとはなんだろう?
 アナスタシアは名を呼ぼうとしてはたと気がついた。

「ええと、お名前を伺えますか?」

 アンジーは苦しげに目を細めくしゃりと破顔した。

「ひどいな、あいつは俺の名前さえ姫に教えてくれていなかったのか。初めまして姫、俺の名はアンジー。アンジェロと貴方の『守護天使』だ。」

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