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第四章:堕天使
襲来
しおりを挟むC班は壊滅状態だった。瀕死の重傷だったがアナスタシアの治癒で一命を取り留めた。全て刃で背後から切りつけられていた。
「殿下、申し訳ありません。」
「いえ、この加護が役に立ててよかったです。アンジェロ様はお怪我はないですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
心配でつい間合いを詰めてしまった。傷を探して至近距離で手や顔を見やればアンジェロは宥めるように両手を上げた。そこで初めてアナスタシアは安堵した。
今朝の襲撃の騒ぎで午前は屋敷内は騒然とした。アナスタシアも治癒に駆け回ったので既に昼も過ぎた時間だった。
アンジェロは緑色の戦闘服に着替えていた。服装が変わるだけで随分と印象が変わる。
「‥‥すみません、この加護なら本当は完全に回復できるはずなのに。」
アナスタシアは嘆息した。
思ってたより役に立てなかった。以前はもう少し上手に治癒が出来たと思う。もっと練習しておけばよかった。
蘇生までできるはずの加護。命を取り留めるまでしか回復できなかった。
「いえ、部下の命を救っていただいて僕から殿下にお礼を申し上げなくては。」
全員背中からすっぱり切りつけられていた。血を見て動転したのは最初だけ、あとは夢中で治癒に専念した。意外に自分は強靭らしい。
「その、相棒の方はお怪我は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫でした。でも標的に接触できて捉えられなかったのが残念です。」
「接触‥‥なさったんですね。」
アンジェロは沈黙した。聞いてはいけないことだったろうか。
「害意を排除できませんでした。次こそは‥」
「いえ、どうか無理なさらないで。今の私の加護ではひどい怪我を完治できません。とにかく御身をお大事に。自分が襲われるよりもそれが一番怖いです。」
アンジェロの目を見て素直に心中を語ればアンジェロは目を見開いて押し黙った。そしてふわりと微笑んだ。
「かしこまりました。気をつけます。食事はとられましたか?お疲れでしょう、少しお休みください。僕は失礼して周りの様子を見てきます。」
そう言いリゼットを見やる。心得たようにリゼットがアナスタシアを奥の部屋へ導こうとする。それにアナスタシアが慌ててみせた。
アンジェロから離れれば急に不安になる。
「アンジェロ様は側には居てくださらないの?」
「この部屋は一番安全です。城に結界に等しいです。どうぞご安心ください。」
アンジェロは微笑み退席の許しを得る礼をする。
だがアナスタシアは震えていた。ひどい悪寒がした。
ダメだ。あれが来る。近づいてくる。
全身の産毛が逆立つ感じ。気持ち悪い。
先程の遭遇では感じられなかった気配がする。
とても濃いそれは。
害意だ。
己の手で体を抱きしめガタガタと顔面蒼白で震えるアナスタシアに気がつきアンジェロは笑顔を曇らせる。
「‥‥殿下?」
「‥だめ‥‥行かないで‥‥行ってはだめ‥」
「殿下?!」
訝ったアンジェロがアナスタシアの顔を覗き込む。
リゼットも何かおかしいと気がつく。その時。
「来るわ!!」
それはアナスタシアの悲鳴のような叫び声。
目をぎゅっと瞑り耳を押さえて身を震わせる。
同時に獣の咆哮にも似た金切り声が天井から響く。はめ殺しの天窓のガラスが割れる。落ちてくるガラスの破片からアナスタシアを庇うように抱きこんでアンジェロが後退る。
そこには先程の男、悪魔ベルゼブル。痩せ汚れた顔が割れた天窓から室内を、アナスタシアを覗き込んでいた。
手の剣で破壊したのか窓の木枠が砕かれた。
侵入される!そう思いアナスタシアは身をすくめたが鉄の格子がその男の侵入を阻んでいた。窓の木枠の中に金属の格子が組み込まれていた。
それは牢の鉄格子のように見えた。
そのギラつく双眸にアナスタシアが怯えてアンジェロに縋りついた。
「大丈夫です。鉄の格子に阻まれています。」
「‥‥鉄?」
「用心のために備えておきました。」
鉄格子にしがみつく男。アナスタシアにはそれは酷くおぞましく、禍々しく見えた。そして酷い異臭がした。
アンジェロは天井を見上げ舌打ちする。部屋に施された結界石で『武器創造』が発動しない。ここにいては攻撃の術がない。
男がアンジェロににやりと笑う。そしてふわりと姿を空にかき消す。庭園に向かって気配が移動するのが感じられた。
縋り付くアナスタシアの肩をそっと離してアンジェロが微笑む。
「殿下、この部屋から絶対に出ないように。ここは一番安全です。」
「‥‥だめよ、行かないで‥」
「僕は大丈夫です。あれが、ベルゼブルがいます。どうか。」
蒼白のアナスタシアを宥めリゼットに託す。手を伸ばしアンジェロのコートに縋り付くも優しく剥がされてしまう。
だめだ。あれはだめ。触れてはだめだ。
身のうちの何かが止める。
「アンジェロ様!行っちゃだめ!あれは—— 」
「殿下!いけません!」
制止するリゼットの身を剥がし追い縋ろうとするも、アンジェロは部屋から駆け出していた。
リゼットを剥がし追いかけようとするところをナベルズが阻んだ。
「どうぞこのまま。部屋の外は危険です。」
「ならばアンジェロ様を止めて!」
「旦那様は大丈夫です。」
なぜそう言い切れるの?
あれはだめだ。
あれは闇の眷属だ。
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