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第四章:堕天使
悪魔
しおりを挟むアンジーは自動拳銃を片手に森の中に入っていた。接近戦になりアンジェロと入れ替わっていた。
一応防弾鎧を加護で創造し鎧代わりに身につけたがグレーのロングコートは森で目立つ。迷彩服が欲しかったがそれを取る余裕もなかった。コートを脱いでも白いシャツだ。
こんなことならシャツだけでも濃いものを着ておけばよかった。
『武器創造』は殺傷能力の高い武器と直接的な防具しか出せない。
もうちょい融通のきく加護にならなかったのか。アンジーは顔を顰める。そして気配を探る。
奴が近い。天使の気配でわかる。
「アズライール、奴の天使はわかるか?」
周りには誰もいない。だがその呟きに無機質な声がアンジーの脳内に響く。
“対象を確認中‥‥対象を確認。天使名『ベルゼブル』”
「ベルゼブル?!」
アンジーが掠れた声で聞き返した。
特殊空挺部隊時代にその名を好んで使ういけすかない奴がいたから知っていた。
ベルゼブル。それは天使じゃない。悪魔だ。それも大悪魔の一柱。蝿の姿を持つ王。
この世界では悪魔も天使なのか?そもそも論で天使の定義も怪しいが。
加護持ちだとわかっていたが悪魔。悪魔にはどういう加護があるのだろうか。
先行して展開した部隊のうちCから定期連絡がない。もう殲滅された?俺が手塩にかけた八人の班を一人で?簡単ではあるがこちらで開発した火器も装備させているのに。嫌な予感がする。
耳元でかちりと音がする。Dはまだ無事だ。アンジーからも返信の音を送る。
作戦は展開中。敵の傍受を警戒してこれ以上の通信はできない。一体何が起こっているんだ?
戦闘音がない。異常に静かだ。森なのに生命の気配がしない。まるで危機を感じてすでに生けるものは逃げ延びたかのように。
敵の射撃という加護ならば森の中では使えないと踏んだがそれ以外の加護が気になる。
なるべく音を立てないように身を忍ばせて物陰を進む。ふとそこに動くものが視界に入る。
ぞわりと背筋を何かが這い上がる。直感でわかった。
焦茶のマントを羽織る姿。森の中で見えづらいが確かにそれはそこにいた。フードを深く被る。後ろ姿で顔は見えない。
あれがベルゼブルか?
天使の気配でそうだとわかった。マントに血痕が見える。返り血か自身が怪我をしているのか。
こちらが先に見つけた。運がいい。アンジーは木陰から一呼吸し静かに狙いを定める。集中し一瞬呼吸を止め躊躇いなく引き金を引いた。一発。反動で銃口が上がるがそれを抑えて狙いもう一発。二発続けて銃声が轟いた。
狙いは正確だった。
だが狙った弾丸は二発ともベルゼブルの前で遮られる。まるで水面に落ちたように波紋が浮かび上がった。
アンジーは一瞬目を見開いた。それを知っている。
あいつ!あいつも『射撃無効』持ちか?!
その男はアンジーに振り返る。
酷く汚れて痩せた男。フードの中の双眸が異常に光って見える。目元が落ち窪んでいてその下にクマが見えた。それは酷く病んでいるように見えた。
アンジーを見てそして目をぎらつかせた視線をそのままに口角が上がる。それを見てアンジーは舌打ちした。
笑ってやがる!俺が驚いてると思ってか。
拳銃を投げ捨て両手に黒いナイフを出す。そして間合いに駆け込み距離を詰めてその男に襲いかかった。
男は長剣をマントの中で抜刀していた。その剣でアンジーのナイフを払い除ける。振り切った刀身が幹に当たる。
森の中で長剣を振り回す。こいつ素人か?
アンジーが刃を避けながら男の懐に踏み込むも、異常な跳躍でそこから逃れられてしまう。かと思えばすっとアンジーの間合いに瞬時移動のように入ってきて長剣を振り回す。それを慣れた感覚で避けながらベルゼブルにナイフを投げるも『射撃無効』に妨げられた。
こいつ、面倒くさい!加護が邪魔だ!
新しいナイフを出しながらアンジーは顔を顰める。
強くない。そして遅い。ずぶの素人だ。それとわかるのに加護の力でちょろちょろと躱される。あの移動はなんだ?!
打ち合いながらナイフを振り上げる。男のマントが裂けて血が飛ぶ。しかし残像を残すように男が揺らぎ、何事もないように長剣を振るってくる。長剣が防弾鎧を裂いた。
今までの経験ならこれで倒れているはずなのに。感覚が麻痺したような錯覚に陥りかける。酷い違和感で気持ちが悪い。魔女の秘術で操られている泥人形を切っているようだ。
そしてひどい異臭。たまらず距離を置いて腕で鼻を庇う。
男はニヤリとアンジーを見やったのち跳躍で木の上に逃れた。そして血まみれでにっと歯を剥いて笑ってアンジーを見下ろし、猿のように木を飛び伝ながら姿を消した。
“ベルゼブルの気配が消失しました。”
無機質な声が脳内に響く。アンジーはふぅと息をついて手の中のナイフを消した。恐らく追跡は無理だ。
無線を開線する。
“アズより伝令。目標は圏外に逃走。総員警戒体制に移行。DはCの捜索及び救助を急げ。”
「ボス!」
背後からのナベルズの声にアンジーが振り返る。
「姫は?」
「A、Bで保護しております。城の結界も効いております。」
王族護身用の結界石をアナスタシアの部屋に設置してある。あそこなら加護は封じられる。城の守りと同様の最大級の警護だ。
ナベルズはアンジーの血まみれのその姿に青ざめる。それを先に制する。
「大丈夫だ。返り血だ。」
「では?!」
「いや、逃げられた。気持ち悪いやつだった。」
血まみれのコートを脱ぎナベルズに渡す。血の異臭がすごい。防弾鎧は脱ぐのが面倒でそのままにする。手にグレックを出してホルスターにしまった。
武器はいつでも創造できるが、一つは身につけてないとどうにも心許ない。一種の職業病だろう。予備の弾倉に足首の予備銃も同じ理由だ。
ナベルズが目元を鋭くする。渋い顔だ。
司令官タイプのこの男がわざわざ出て行って倒せなかった。それはかなり相手が厄介そうだ。
「ボスの接近戦でも仕留めらない相手ですか?」
「大剣を振り回す頭のイカれた俺に加護がいくつかついてると思え。」
「は?なんですかそのバケモノは?」
「『射撃無効』を持っていた。俺の火器は使えなかった。」
ナベルズは絶句する。グレックのあの銃声で勝負は決まったと思って掛けつけたのだ。火器が無効。アンジーの攻撃の半分が封じられる。
「異常な跳躍だった。あれも加護だろう。『射撃』、『射撃無効』、あと変な移動。合わせて少なくとも加護は四つだ。」
「四つ?少なくとも?これ以上どのような加護があると?」
アンジーは目を閉じて眉間を揉んでいる。何か確認するような表情をするが。
「わからん。アズライールでもわからんと。だが加護はもっとある。それは感じられた。色々妨害されてたかもしれん。わかったのは名前だけだ。名はベルゼブル。悪魔だ。」
「アクマ?」
二人で森を歩きながらナベルズが訝しげに問いかける。
「ここでは悪魔というものはいないのか?だから天使枠か?」
「なんですかそれは?」
「俺の世界では悪魔は天使と対極だった。悪魔または堕天使という。天使は神の使い。嫉妬し神に背いた天使は天を追われ地獄に堕ちた。それが堕天使。天使は光と正義。堕天使は闇と悪。」
ナベルズはさらに混乱したように表情を曇らせる。
「カミ?ジゴク?ダテンシ?」
「神というのは超越した存在、というか。うーん、宗教観が違うからわからんか。難しいな。」
そもそもこの世界に、いわゆる唯一神という概念がない。多神教で土着の信仰が多岐に渡りすぎていた。それがなければ天使と悪魔を語れない。
ではなぜ天使の加護と名付けたのか。アンジーはするりと手のひらで顔を撫でる。
それと名付けたのは俺と同じ世界からやってきた誰か、だな。
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