10 / 26
第三章:秘密
ガイイ
しおりを挟む「以上です。ではこちらから質問をよろしいでしょうか?」
アナスタシアは頷いた。交互に質問する約束だ。
「では。殿下の加護をお教えください。」
加護の有無ではなく加護の内容を聞かれた。やはり持っていることはバレていたのだ。アナスタシアは目を閉じて嘆息する。
「私の加護は治癒です。」
「治癒?」
回復魔法が乏しいこの世界で治癒の加護はとんでもなく貴重だった。存在が知られれば大変なことになる。
アンジェロが手を差し出してきた。
「殿下、お手を。確認をさせてください。」
アンジェロの手に自分の手を置くとぎゅっと握られた。何か探る気配が体を駆け巡る。これはアンジェロ様の加護?
しばらくの沈黙ののち、アンジェロは渋い顔をした。
「大天使ですね。名はラファエル。」
「ラファエル?大天使?」
聞いたことがない天使の名だ。ただの治癒ではないのか。
アンジェロは目を閉じて記憶を探るように呟く。
「過去に王族で一人出たことがあるようです。四大天使の一人ラファエル。しかしすぐ暗殺されたと。この加護はこのまま秘密にした方がよろしいですね。」
アナスタシアは目を瞠る。暗殺?殺された?
「治癒の加護は敵国にとっては脅威です。戦争にでもなったら敵が死なないのですから。大天使は蘇生も可能です。過去何人かこの加護は出たでしょうが秘匿されたのは暗殺を恐れたからでしょう。」
城ではただの加護と言われていた。誰にも治癒の力は使わないようにと言われていた。使ったのは子供の頃に兄が木から落ちて大怪我した時と姉の病の時だけ。
ただ珍しいから秘密にしろと言われたと思っていた。
「加護は一つだけですか?」
「それは二つ目の質問ですか?」
「いえ、加護の続きです。」
それもずるい!確かに話の続きではあるが。
「わかりません。多分ないと思います。」
「大天使は加護が二つです。もう一つ何かあるはずですが。覚えはありませんか?大切なことです。正直にお答えください。」
アナスタシアは困ったように首を横に振った。本当にわからない。
アンジェロはじっとアナスタシアを見据えたがふうと息を吐いた。
「わかりました。僕からは以上です。殿下はまだ質問がありますか?」
アナスタシアは思考を巡らす。何を聞いたら良いのだろうか。
「先ほど、話していらした方はどなたですか?」
「先ほど、というと戦闘中の?」
「でしょうか?会話は聞こえました。」
アンジェロはここでまたふぅと深い嘆息をつく。
「なるほど。僕と接触していたからでしょうか。聞こえましたか。あれは風魔法を使用した無線です。」
「ムセン?」
「意思伝達を風魔法で行っていました。相手は我が家の警護部隊です。」
「部隊?騎士の?」
「いえ、傭兵です。警護に特化するよう僕が鍛えました。」
アンジェロはそう穏やかに言ったが、今まで聞いた中で一番アナスタシアは驚いた。
鍛える。つまり部隊の、そういう心得がアンジェロにあるということ。
「殿下の警護に終日厳戒体制を敷いてます。敷地内の警護は万全です。」
「ですが先ほど森に誰かいたようですが?」
「こちらに被害は出ておりません。警備に不備はありません。」
「侵入者はいたのですね?」
その問いにアンジェロは押し黙る。指で肘置きをトントンと叩いた。
「質問から逸れますので回答を控えます。」
ガードが硬い!もうちょっと教えてくれてもいいのに!手強いなぁ!
「では僕から質問をよろしいでしょうか?」
こくんと頷けば少し逡巡してアンジェロは奇妙な質問を放った。
「今までに普通でないことはありませんでしたか?」
「普通でないとは?」
「そうですね、例えば記名のない手紙が届いた。身に覚えがない贈り物が届いた。手持ちのものが無くなった。誰かに後をつけられた。知らない人物に急に声をかけられた。誰かに見つめられた、あるいは抱きつかれた。」
なんでしょうかそれは???一瞬答えに窮した。
「抱きつかれたとか話しかけられたとかはありません。そもそもずっと部屋に引きこもっていたのでなんとも。」
「城の中でも構いません。ありませんでしたか?」
「‥‥‥ないと思います。後でリゼットにも確認してみましょうか?」
「そうですね、後ほどお願いします。僕からは以上です。」
アンジェロはそう言って立ち上がった。
「では失礼いたします。」
頭を下げ退出の許可を待つ。
アンジェロのその動きにアナスタシアも驚いて慌てて立ち上がった。
「え?終わりですか?」
「はい、終わりです。僕の知りたいことは全てわかりました。」
え?たったあれだけ?しかも最後の質問は全然意味がわからない。それなのにこちらは聞きたいことがまだたくさんあるのに。最後にとても大きな質問が‥‥。
「まだこちらは聞きたいことがあります!」
「ですが僕にはありません。交渉決裂です。」
「最後に一つだけ!お願い!」
悲痛な声をあげれば顔を伏せた青年はぴくりと身震いした。静かに顔をあげる。
「できれば答えたくありません。」
「それでは私が困ります!」
「困る?殿下が?」
「‥‥ただ守られるのは嫌です。」
切羽詰まって体を震わせるとアンジェロは目を細める。
「どうしてもというのでしたら一つだけ。」
そしてのろのろとソファに腰掛ける。本当に嫌そうだ。まるで何を問われるのかわかっているように。視線をアナスタシアから外している。
「“ガイイ”とはなんですか?」
その問いにアンジェロは再びぴくりと体を震わせる。そして今日何度目かの長いため息をついて俯いた。
最大の謎。自分に降りかかるガイイ。おそらくこの青年はそれを知っている。
「お聞きになる覚悟はおありですか?殿下にはキツい話になりますが。」
「お願いします。」
こくりと喉を鳴らしじっとアンジェロを見据えた。
0
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
【完結】サキュバスでもいいの?
月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】
勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。


イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【完結】公爵閣下付き侍女の恋愛
ユリーカ
恋愛
メリッサ付き侍女であったアニスは同期のグライドに頼み込まれて、ラウエン公爵家当主・アレックスの下につくことになった。
しかしこれにはある思惑があって‥‥。
これは器用貧乏で色々な意味で無自覚な従者と侍女の恋の話。
「魔狼を愛する伯爵令嬢の結婚」
「ハンターを愛する公爵閣下の結婚」
のスピンオフです。
グライド編、アニス編の二部構成です。
元々外伝用(ため息シリーズ)に起こしたものに追加したので、グライド編がやや短めです。
シリーズ4部完結の第3部です。
※ 本編完結済み。外伝なし。全話公開済み。
※ シリーズ第4部なんとか完結しました。少年王レオンハルト編です。7/8より一日二回(7時、20時)で更新予定です!こちらもよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる