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第三章:秘密
ガイイ
しおりを挟む「以上です。ではこちらから質問をよろしいでしょうか?」
アナスタシアは頷いた。交互に質問する約束だ。
「では。殿下の加護をお教えください。」
加護の有無ではなく加護の内容を聞かれた。やはり持っていることはバレていたのだ。アナスタシアは目を閉じて嘆息する。
「私の加護は治癒です。」
「治癒?」
回復魔法が乏しいこの世界で治癒の加護はとんでもなく貴重だった。存在が知られれば大変なことになる。
アンジェロが手を差し出してきた。
「殿下、お手を。確認をさせてください。」
アンジェロの手に自分の手を置くとぎゅっと握られた。何か探る気配が体を駆け巡る。これはアンジェロ様の加護?
しばらくの沈黙ののち、アンジェロは渋い顔をした。
「大天使ですね。名はラファエル。」
「ラファエル?大天使?」
聞いたことがない天使の名だ。ただの治癒ではないのか。
アンジェロは目を閉じて記憶を探るように呟く。
「過去に王族で一人出たことがあるようです。四大天使の一人ラファエル。しかしすぐ暗殺されたと。この加護はこのまま秘密にした方がよろしいですね。」
アナスタシアは目を瞠る。暗殺?殺された?
「治癒の加護は敵国にとっては脅威です。戦争にでもなったら敵が死なないのですから。大天使は蘇生も可能です。過去何人かこの加護は出たでしょうが秘匿されたのは暗殺を恐れたからでしょう。」
城ではただの加護と言われていた。誰にも治癒の力は使わないようにと言われていた。使ったのは子供の頃に兄が木から落ちて大怪我した時と姉の病の時だけ。
ただ珍しいから秘密にしろと言われたと思っていた。
「加護は一つだけですか?」
「それは二つ目の質問ですか?」
「いえ、加護の続きです。」
それもずるい!確かに話の続きではあるが。
「わかりません。多分ないと思います。」
「大天使は加護が二つです。もう一つ何かあるはずですが。覚えはありませんか?大切なことです。正直にお答えください。」
アナスタシアは困ったように首を横に振った。本当にわからない。
アンジェロはじっとアナスタシアを見据えたがふうと息を吐いた。
「わかりました。僕からは以上です。殿下はまだ質問がありますか?」
アナスタシアは思考を巡らす。何を聞いたら良いのだろうか。
「先ほど、話していらした方はどなたですか?」
「先ほど、というと戦闘中の?」
「でしょうか?会話は聞こえました。」
アンジェロはここでまたふぅと深い嘆息をつく。
「なるほど。僕と接触していたからでしょうか。聞こえましたか。あれは風魔法を使用した無線です。」
「ムセン?」
「意思伝達を風魔法で行っていました。相手は我が家の警護部隊です。」
「部隊?騎士の?」
「いえ、傭兵です。警護に特化するよう僕が鍛えました。」
アンジェロはそう穏やかに言ったが、今まで聞いた中で一番アナスタシアは驚いた。
鍛える。つまり部隊の、そういう心得がアンジェロにあるということ。
「殿下の警護に終日厳戒体制を敷いてます。敷地内の警護は万全です。」
「ですが先ほど森に誰かいたようですが?」
「こちらに被害は出ておりません。警備に不備はありません。」
「侵入者はいたのですね?」
その問いにアンジェロは押し黙る。指で肘置きをトントンと叩いた。
「質問から逸れますので回答を控えます。」
ガードが硬い!もうちょっと教えてくれてもいいのに!手強いなぁ!
「では僕から質問をよろしいでしょうか?」
こくんと頷けば少し逡巡してアンジェロは奇妙な質問を放った。
「今までに普通でないことはありませんでしたか?」
「普通でないとは?」
「そうですね、例えば記名のない手紙が届いた。身に覚えがない贈り物が届いた。手持ちのものが無くなった。誰かに後をつけられた。知らない人物に急に声をかけられた。誰かに見つめられた、あるいは抱きつかれた。」
なんでしょうかそれは???一瞬答えに窮した。
「抱きつかれたとか話しかけられたとかはありません。そもそもずっと部屋に引きこもっていたのでなんとも。」
「城の中でも構いません。ありませんでしたか?」
「‥‥‥ないと思います。後でリゼットにも確認してみましょうか?」
「そうですね、後ほどお願いします。僕からは以上です。」
アンジェロはそう言って立ち上がった。
「では失礼いたします。」
頭を下げ退出の許可を待つ。
アンジェロのその動きにアナスタシアも驚いて慌てて立ち上がった。
「え?終わりですか?」
「はい、終わりです。僕の知りたいことは全てわかりました。」
え?たったあれだけ?しかも最後の質問は全然意味がわからない。それなのにこちらは聞きたいことがまだたくさんあるのに。最後にとても大きな質問が‥‥。
「まだこちらは聞きたいことがあります!」
「ですが僕にはありません。交渉決裂です。」
「最後に一つだけ!お願い!」
悲痛な声をあげれば顔を伏せた青年はぴくりと身震いした。静かに顔をあげる。
「できれば答えたくありません。」
「それでは私が困ります!」
「困る?殿下が?」
「‥‥ただ守られるのは嫌です。」
切羽詰まって体を震わせるとアンジェロは目を細める。
「どうしてもというのでしたら一つだけ。」
そしてのろのろとソファに腰掛ける。本当に嫌そうだ。まるで何を問われるのかわかっているように。視線をアナスタシアから外している。
「“ガイイ”とはなんですか?」
その問いにアンジェロは再びぴくりと体を震わせる。そして今日何度目かの長いため息をついて俯いた。
最大の謎。自分に降りかかるガイイ。おそらくこの青年はそれを知っている。
「お聞きになる覚悟はおありですか?殿下にはキツい話になりますが。」
「お願いします。」
こくりと喉を鳴らしじっとアンジェロを見据えた。
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