【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

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第五章:その後

アナスタシア

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 あの事件から半年が経った。

 城の自室でアナスタシアはアンジェロを出迎えていた。
 アンジェロは部屋に入る早々、アナスタシアを抱きしめていた。

「ああ、殿下!お久しぶりです!今日もお美しいですね。髪型も素敵です。」
「久しぶりって六日ぶりですよ?」
「十分長いです。」

 ぎゅうと抱きこんでくるアンジェロにアナスタシアは苦笑して答えた。抱きしめる腕が愛おしい。

 アンジェロは今、王都と領地を行ったり来たりしている。領地で新しい第二特殊部隊を立ち上げている。アナスタシアの降嫁に向けて警護強化のためだ。

 半年前の事件のあと、二人は正式に婚約した。公には何も変わらないが、二人の想いがきちんと通じ合った瞬間だった。

 たまにアンジェロの表情が翳る時があり心配になるが、笑顔で甘えてくれる様子にほっとしていた。
 彼の心の傷は消えないだろうがせめて闇に閉じこもらないよう寄り添ってあげたい、とアナスタシアは思う。

 半年の間にアンジェロの背はずいぶん伸びた。出会った頃は少し高いくらいだったのに、もう10センチくらいアナスタシアより高くなっている。成長期男子、恐るべし!

 だが中身は全く変わっていない。相変わらずの心配性だ。そしてあれこれ構いたがる。アナスタシアにかける手数が多いのだ。そして溺れるほどの愛情と賛辞を注ぐ。

「僕がいない間何もありませんでしたか?」
「城内ですしナベルズも側にいてくれてます。」

 アナスタシアの頬を撫でながらアンジェロはふぅと息を吐いた。

「来月には部隊の立ち上げもできそうです。そしたらすぐナベルズと殿下の警護を交代します。」
「ふふ、もうすぐですね。楽しみにしてます。」
「僕もです!」

 小首をかしげ頬を染めて見上げれば、更にぎゅうと抱き込まれキスの雨が降る。ついばむようなキスからの甘えるような深いキスに陶然となっているところでアナスタシアは我に返る。

 毎回このまま流されて最後までグズグズにされてしまう。話だって色々したいのに!
 今日こそ年上の威厳を!主導権を取り戻すのだ!侍女たちの前で慎みを持ってほしい!

「アンジェロ様!ダメですよ皆のいる前で!」
「‥‥すみません。久しぶりでつい。甘えすぎました‥‥。」

 アンジェロが悲しげにしゅんとすればアナスタシアは慌てて慰める。

「え?甘えるのは全っ然いいのよ!むしろもっと甘えてほしいというか!!」
「‥‥ですが殿下はお嫌ですよね?」

 視線を外して寂しげに呟かれては堪らない。アナスタシアはさらに慌てて言い募る。

「い、嫌じゃないのよ!全然!でもね‥」
「そうなんですか!じゃあ遠慮なく!」
「きゃあぁ!」

 とってもいい笑顔でますますぎゅうぅと抱き込まれ耳たぶをまれ赤面して悲鳴をあげる。
 違う!そうじゃない!何でこうなるの?!

 アンジェロがアナスタシアの首筋に顔を埋め、深呼吸する。息が首筋にかかってくすぐったい。身をすくめればアンジェロの声が耳元でくすくす笑って楽しげだ。その声でそっと囁く。

「わかりました。深いのは二人だけの時にします。でも最初の一回は許してください。」

 恥ずかしくてアンジェロの胸に赤い顔を埋める。本当にこれで四つも年下なの?全然敵わない。

 ふとアンジェロの体が筋肉で固くなっているのに気がつく。
 半年前の戦闘の経験から加護無しでも戦えるよう訓練を始めていると聞いた。今は外しているが普段は帯刀もしているそうだ。背もそうだが肩幅も広くなったような‥‥?

 アンジェロの肩や胸板をしげしげと撫で回せば、アンジェロがプッと吹き出した。

「くすぐったいです。ひょっとして誘ってますか?」

 笑いを含んだその問いかけにアナスタシアの顔面が一気に茹だった。

「え?は?ち、違うのよ!逞しくなったなって!」
「いえ、存分にどうぞ。その代わり僕も同じ場所を撫でさせてください。」

 真面目な顔でそう囁かれ、ひゃっと悲鳴をあげてアナスタシアは両手を上げる。なんてこと言うんだ!!

「おや、残念。終わりでしょうか?」

 まるで無垢な年下をからかうようなその言葉にむっとなる。

「もう!そんなことばっかり言って!私だってリードしたいのに!」
「リード?あぁなるほど。」

 美しい顔で思案するアンジェロにアナスタシアはなぜか嫌な予感がした。この顔は何かよからぬことを考えている顔だ。
 そうだ、と青年は年上の婚約者に笑顔を向ける。

「では殿下がリードくださる日を設けましょう。」
「何ですかそれは?」

 訝しげにそう問えばアンジェロは煙る青い瞳スモーキーサファイアを輝かせて、それはそれはいい笑顔で答える。

「一日殿下が僕を好きにしていい日です。僕は何でも言うことを聞きます。今からでもいいですよ?さぁ、殿下は僕をどうしてくださるんでしょうか?」
「ひっ!!!」

 その天使の笑顔を見てぞぞぞと背筋が凍った。そんなの無理だ!
 それはリードだけだ。主導権はやはりアンジェロにある。
 涙目赤面でぷるぷると震えてアンジェロを見上げれば、アンジェロは困ったように微笑んだ。

「あぁ、堪らないなぁ。殿下、大好きです。」
「その言葉は今にそぐわないです!!」
「いえ本当に。早く僕のものにしたいです。」

 ふわりと優しく抱き込まれる。
 そんなもの、とっくにあなたのものなのに。
 そう囁けば更にきつく抱きしめられた。その背中にアナスタシアは手を這わせる。

 仮の婚約者の時は愛情表現で抱きしめることは一切なかった。その頃に比べると随分とスキンシップが多い。ベタベタだ。
 あのストイックで紳士なアンジェロからこんな溺愛が信じられず、でもこうして甘えてこられてアナスタシアは嬉しかった。


 降嫁まであと半年。アナスタシアの準備もあったが、半年前にアンジェロからももう少し待ってほしいと言われた。
 アナスタシア的にはすぐにでも嫁ぎたかったが背が伸びるのを待っているそうだ。アナスタシアと背があまり変わらないことを当時は意外に気にしてたのだろうか?

 それ以外にもマウワー家としての警護の準備もあった。あの襲撃の反省から部隊をもう一つ増設すべく訓練を重ねているという。もう害意はなくなったのだからそれほど警護は必要ないと思うのだが。

 まだ自分は何か守られる理由があるのだろうか?


 そうだ、部隊と言えば。

「アンジー様はお元気ですか?」
「元気ですがあいつのことは気にしないでください。」

 アンジェロはぶすりとする。
 アンジーとは半年前に話したきりだ。アンジェロが引っ込むかアンジェロの意識がない時にしか会えない。アンジェロが会わせないのだ。

「殿下がアンジーとお会いになれば僕と殿下の時間が減ります。」
「まあ確かに三人で会えないですし。」
「ですのでもう会えないと思ってください。伝言は賜ります。」
「アンジェロ様が寝てる間にでも‥」
「僕の意識がない時なんて以ての外です!」

 なぜかアンジーに嫉妬する。なぜ?肉体は自分なのに。

「あいつはとても強いし僕から見ても男前です。絶対ダメです。」

 アンジェロは憤然と答える。
 アナスタシアの心変わりを心配しているのだろうか?
 それはありえない。そもそもアンジーにその気配もなさそうなのに。気さくな彼は歳の離れた兄のような存在だ。


 アンジー。アンジェロとアナスタシアの『守護天使』だと言っていた。もう少しそこのところの話を聞きたかったのだが無理そうだ。

 彼は恐らく自我を持った大天使『告死天使アズライール』だ。ベルゼブルも自我があったが、アンジーは完全なる人格を有する自我。出会った時の存在感が違った。圧倒的な力の具現。全くの別格。
 加護二つだから天使ではなく大天使。加護だけを授ける他の天使とは全く違う。

 アナスタシアの大天使『告命天使ラファエル』もそうなのだろうか?だとしたら自分の中にもう一人別の自分がいることになる。

 それはとても不思議な感じだ。




 コホンとナベルズが扉の側で咳払いをする。それにアンジェロはあからさまに不機嫌な顔をする。

「時間切れのようです。」
「今日のご予定は?」

 そうだ。アンジェロは今日は仕事で城に来ていたのだ。

「これから警護の打ち合わせとクレマン卿の引見いんけんに召されました。それが終われば戻って参ります。」
「夕食はご一緒できそうですか?」
「はい。今日はこちらに泊まって明日夕方帰ります。」

 アナスタシアからふぅとため息が出る。また会えなくなる。

「もうすぐです。明日よろしければまた探検ピクニックに出かけませんか?」
「ええ!是非!」

 こうしてアナスタシアを喜ばせてくれる。優しい婚約者だ。

「警護を交代すれば殿下専属でお側に控えます。」
「専属?ずっと?」
「はい、ずっと。ご希望でしたら夜も。」

 その囁きにアナスタシアは赤面する。いちいち刺激が強すぎる!

「寝室は別々です。」

 背後のリゼットが静かに言う。そこは言わなくてもわかってるわよ!アナスタシアが静かに睨んだ。

「怖い夢でもご覧になったらいつでもお呼びください。殿下をお守りいたします。勿論警護ですよ?」

 アンジェロが口元に人差し指を立てて、目を細めて微笑んだ。その美しい顔に魅入られる。
 いつでも守ってくれる私の天使。だからこれから何があってももう大丈夫。


 彼こそ私の『守護天使』なのだから。


 アナスタシアは天使アンジェロに微笑み返してその胸に飛び込んだ。
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