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第三章:秘密
銃撃
しおりを挟む「今朝は本当に気持ちのいい朝ですね!」
「‥‥‥ええ、はい。そうですね。」
「お元気ないですね?どうなさったのですか?」
「いえ、昨日の今日でちょっと混乱してまして。」
腕に縋りつき見つめてくるアナスタシアに困惑の表情を向ける。
アンジェロは激しく動揺していた。王女の行動動機を把握できていない。
「殿下、昨日の話ですが‥‥」
「害意の話は大丈夫です!何か近づいてきたらぶっ飛ばせばよろしいですか?」
「‥‥‥いえ、特に何もなさらないでください。」
アナスタシアが鼻息荒く言い放つところをアンジェロが宥める。
謎のやる気が怖い。何が大丈夫?一体何をしでかすつもりだろうか?アンジェロの眉間のしわが深くなる。
二人で庭園のガーデンアーチを潜る。辺りに人の気配はない。
「その、近くにいるのですか?」
声を顰めるアナスタシアにアンジェロが辺りを見回す。
「今はおりません。かなり遠い。警護のものは控えております。」
「え?全然わかりません。」
「わからないように訓練しておりますので。」
アナスタシアは目を瞬いて辺りを見回した。だとしたらすごいことだ。
「煽る件でしたらもう十分ですよ?今まで散々見せびらかせたので効果は出ております。」
一緒にいなくていい、と暗に言われたがアナスタシアはめげない。
「いえ!これは私がアンジェロ様とご一緒したいと思っただけですので!」
「‥‥‥僕を信頼してくださるのですか?」
おずおずと尋ねるアンジェロにアナスタシアは不思議顔だった。
「あれ?昨日そう申し上げませんでしたか?」
「‥‥殿下は昨日部屋を駆け出て行かれたので。ご記憶ありませんか?」
「‥‥ごめんなさい。後半記憶があやふやで。」
はーっとアンジェロは長い息をついた。安堵の息のようだ。
「それほどに信頼は大事でしょうか?」
「大事です。最後の最後はそこに判断が委ねられます。僕がダメだと言っても信頼がなければ信じていただけない。そういうことです。」
「そういうことでしたら大丈夫です。アンジェロ様を信頼しております。」
真摯に見上げればアンジェロは一瞬瞠目し少し困ったように微笑んでから目を閉じた。
「僕の指示にはどうか従ってください。殿下の御命が最優先です。」
「わかりました!でもアンジェロ様をどうぞお気をつけてくださいね。」
「僕は大丈夫です。僕は囮ですが、戦うのは相棒です。」
初めて聞いた。相棒?
「相棒?ナベルズ殿のことですか?」
「あれのことはただナベルズとお呼びください。第一隊の隊長で出来る男ですがあれではありません。僕の相棒はもっと強い。おそらくこの世で最強です。」
「アンジェロ様よりも?」
「はい。僕よりも、です。」
それほどに強い?名を言わないということは自分は会ったことがないのだろうか。
庭園の奥までたどり着いたので屋敷の戻るためにアンジェロにぐるりと導かれる。
「火器の扱いにも長けていますが、白兵戦、特に遊撃行動に特化しております。今回は森での戦いになりますのであれの得意な戦場です。」
「はあ‥‥?」
言っている細かい意味はわからないがなんだか強そうだ。
「素手で相手を倒す術を持った男です。僕もぜひ身につけたいのですが身長が足らないからもう少し待てと。」
「身長が必要なのですか?不思議な技ですね。」
「そうですね。」
アンジェロがにっこりと微笑んだ。
「敵は単独犯です。一対一なら絶対負けません。」
「相手が単独と分かっているのですか?」
「僕の加護はお喋りでして。色々教えてくれるんですよ。」
アナスタシアは小首を傾げる。昨日加護を調べる時に手を握られた。アナスタシアの体内を駆け巡った何か。ひょっとしてあれのことか?
「昨日私の加護を調べたあれですか?」
「そうです。なかなか器用な奴です。」
加護を擬人化している。なんだか微笑ましい。アナスタシアはくすりと笑った。
その時。
和やかな雰囲気だったアンジェロが突如豹変した。傍のアナスタシアを半分抱えるようにして走り出した。近くの茂みの影に飛び込む。
そしてアナスタシアを覆うように被さりコートの脇の下のホルスターから自動拳銃を取り出した。緩やかに親指で安全装置を外す。
耳を塞いで
微かにそう言われアナスタシアは慌てて耳を塞ぐと同時に銃声が轟いた。アンジェロの体越しに発砲の反動が感じられた。耳を塞いでも連射する銃声が耳朶に響く。バラバラと薬莢が降ってきた。
空を見上げれば遥か上空にあの雨がいくも降っている。数が今までの比ではない。ぽつぽつと小雨の様なもの。小石サイズのものが波紋を作る。そして小石が爆発した。
眩い光と音にアナスタシアは耳を塞ぎながら悲鳴を殺して目を瞑った。
“目標と庭園で遭遇。C、D、迎撃に入れ”
体の触れた部分からアンジェロの声が伝わる。ムセンと聞いていたので部隊に指示を出したとわかる。
アンジェロは周りの様子を伺いながら手の中の自動拳銃から弾倉を捨て新しい弾倉を叩き込む。
「ナベルズ!」
「こちらに!!」
振り返らず叫ぶアンジェロの声にナベルズが背後から走ってきた。遠くのテラス窓付近ではリゼットが蒼白の顔でこちらを伺っている。
「殿下の身辺保護を最優先に。A、Bを使え。」
「了解しました。」
「アンジェロ様!!」
その場を立ち去ろうとするアンジェロのコートをアナスタシアが掴む。アンジェロはその手をそっと左手で包みこんだ。
「申し訳ありません。奴が来ました。行かなくてはなりません。」
「でも相棒の方が戦うと!」
「僕も行かなくてはならないのです。」
アンジェロはにこりと微笑んだ。
「すぐ戻ります。どうぞお部屋に。あそこが一番安全です。」
「でも!」
「僕を信頼ください。どうか。」
信頼。指示に従え。言外にそう言われアナスタシアは目を瞠る。
アナスタシアの手をコートから優しく外す。そしてアンジェロは森へ駆け出した。
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