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第二章:襲撃
ラクロワ
しおりを挟むアナスタシアとリゼットは馬車に乗っていた。
馬車には家を表す紋章はない。カーテンを閉めているため中は薄暗かった。
アナスタシアは今回の違和感に心がざわめいた。
馬車は紋章がない。だがカーテンこそひいているがいかにも貴人が乗っている馬車にその警護。これがお忍びだろうか?それに ——
なぜアンジェロが騎乗しているのだろうか?
カーテン越しに窓を開けて馬車の傍を走るアンジェロにこっそり視線を投げる。その視線に気がついたアンジェロはにこりと微笑んだ。
アンジェロが顔を晒して騎乗している。先日婚約したばかりのマウワー侯爵と貴人が乗っていそうな無地の馬車。これではアナスタシアが乗っていると見る人が見ればわかってしまうのに。人通りの少ない道を選んではいるがどうもおかしい。
まるでわざとそうだと晒しているようだ。
マウワー侯爵家領・ラクロワまでは三日ほどだった。
途中二泊したのもマウワー家の別荘や別邸だった。道中に別荘など普通あるわけがない。遠回りでもその別荘や別邸を通るルートが選択されたのだ。
そして警護の数。城の倍はいた。
用心深く守られている?一体何から?
移動中、アナスタシアは馬車から一度だけあの雨を見た。
それは前回同様、空中で水面の波紋のような揺らぎを起こしていた。そしてアンジェロもそれを静かに見ていた。
移動中のアンジェロはアナスタシアの前ではいつもの愛らしい様子だったが、それ以外では張り詰めた様子だった。
馬車からアンジェロをこっそり覗き見たアナスタシアは心中で驚いた。アンジェロが目をすがめて視線が鋭い。殺気を纏うその様な顔を城では見たことなかったからだ。
移動二日目の夜、馬車から降り別邸に入る際に遠くのアンジェロの声が聞こえた。護衛の誰かと話をしている。周りが騒がしく内容は聞こえない。建物内に入る際に視線だけでそちらを見やっていたが耳にある言葉が聞こえてきた。
「‥‥ガイイが現れたら‥‥」
それは確かにアンジェロの声。その言葉だけ喧騒の中で鮮明に耳に入ってきた。
ガイイ?なんだろう?
その後の会話はもう聞こえてこなかった。
ラクロワには翌々日に到着した。
「ようこそラクロワへ、殿下。お疲れでしょう、どうぞこちらへ。」
大量の使用人が頭を下げて出迎える中、アンジェロが馬車の扉を開けてアナスタシアに微笑みかけた。差し出された手に導かれ馬車から降りる。
三日の馬車の旅でたどり着いたそこは美しい森に囲まれた三階建ての大きな邸宅だった。
アンジェロに導かれるままに屋敷の二階の部屋に入る。そこはほぼ城の自室と同じ作りだった。家具や装飾品の細部にわたってアナスタシア好みにきっちり設えてあった。
部屋の間取りも窓の形と位置が少し違うくらいだろう。
アナスタシアは目を瞬かせる。
「いつものようにお寛ぎいただけるよう部屋を整えました。いかがでしょうか?」
「すごい‥‥ありがとうございます!‥わざわざ作っていただけたのですか?」
驚いてそう問いかければアンジェロから笑顔が溢れた。
「殿下にお過ごしいただく場所ですので。気に入っていただけたようで安堵いたしました。」
アナスタシアは高い位置にある窓を見やる。一つの窓を除き全ての窓が灯り取りのようにはめ殺しになっていた。
「この辺りは風が強いので窓は高いところにあります。それに獣も出ますので安全のためです。」
二階の部屋なのに?獣がここまで上がってくるのだろうか。窓枠や框、棧がとても太く頑丈そうだ。木枠だが見た目に圧迫感がある。
そこで一人の男がアンジェロの背後で頭を下げる。
「殿下、ナベルズです。僕の従者で雑多なことを任せております。僕が不在の際はこの者が殿下のお側に控えます。腕は保証いたします。」
「ナベルズと申します。よろしくお願い申し上げます。」
短くそう言い礼をするその男は背が高かった。アナスタシアより頭二つは大きいだろう。体格も良く屈強に見える。
「これは殿下のお茶のお世話を申し上げるには少し障りがあります。そちらは僕が担います。」
「障り?」
障りとはなんだろう?そう問えば、ナベルズがぐっと目を閉じる。アンジェロはそこの説明はしなかった。
「いえ、ですがそれ以外では問題はありません。専属侍女も控えておりますので。」
そう言いリゼットに侍女頭を引き合わせていた。側には十人ほどの侍女が控えていた。
城より侍女の数が多いのが気になった。城では少なからず公務もありその必要があったがここではそれもない。
手厚すぎる。何だろう、この違和感は。
「殿下、降嫁とはそういうものです。」
湯浴み後、リゼットはアナスタシアの髪を梳かしていた。
日中は侍女が多かったが夜になりやっとリゼットと二人だけになりほっとしていた。
「マウワー侯爵様は入念に準備されておいでです。どちらかと言うと殿下より侯爵様の予行演習に近いかもしれません。」
「これほど人手が必要かしら?城以上よ?」
「加減がわからないのかもしれませんね。それは追々でしょう。」
なるほど。確かにそうかもしれない。
「それよりも。明日からマウワー侯爵様と領地を視察されるご予定ですよ?早くお休みにならなくては。」
「そうね。楽しみだわ。」
領地に美しい湖や林道があると聞いていた。城から滅多に出ない生活だった。こういった外出は久しぶりだ。思いの外、外も怖くない。お忍びだが外に出られてよかった。
アナスタシアは翌日を楽しみに眠りについた。
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