【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

文字の大きさ
上 下
6 / 26
第二章:襲撃

ラクロワ

しおりを挟む



 アナスタシアとリゼットは馬車に乗っていた。

 馬車には家を表す紋章はない。カーテンを閉めているため中は薄暗かった。
 アナスタシアは今回の違和感に心がざわめいた。

 馬車は紋章がない。だがカーテンこそひいているがいかにも貴人が乗っている馬車にその警護。これがお忍びだろうか?それに ——

 なぜアンジェロが騎乗しているのだろうか?

 カーテン越しに窓を開けて馬車の傍を走るアンジェロにこっそり視線を投げる。その視線に気がついたアンジェロはにこりと微笑んだ。

 アンジェロが顔を晒して騎乗している。先日婚約したばかりのマウワー侯爵と貴人が乗っていそうな無地の馬車。これではアナスタシアが乗っていると見る人が見ればわかってしまうのに。人通りの少ない道を選んではいるがどうもおかしい。

 まるでわざとそうだと晒しているようだ。


 マウワー侯爵家領・ラクロワまでは三日ほどだった。
 途中二泊したのもマウワー家の別荘や別邸だった。道中に別荘など普通あるわけがない。遠回りでもその別荘や別邸を通るルートが選択されたのだ。

 そして警護の数。城の倍はいた。

 用心深く守られている?一体何から?



 移動中、アナスタシアは馬車から一度だけあの雨を見た。
 それは前回同様、空中で水面の波紋のような揺らぎを起こしていた。そしてアンジェロもそれを静かに見ていた。

 移動中のアンジェロはアナスタシアの前ではいつもの愛らしい様子だったが、それ以外では張り詰めた様子だった。
 馬車からアンジェロをこっそり覗き見たアナスタシアは心中で驚いた。アンジェロが目をすがめて視線が鋭い。殺気を纏うその様な顔を城では見たことなかったからだ。

 移動二日目の夜、馬車から降り別邸に入る際に遠くのアンジェロの声が聞こえた。護衛の誰かと話をしている。周りが騒がしく内容は聞こえない。建物内に入る際に視線だけでそちらを見やっていたが耳にある言葉が聞こえてきた。

「‥‥ガイイが現れたら‥‥」

 それは確かにアンジェロの声。その言葉だけ喧騒の中で鮮明に耳に入ってきた。

 ガイイ?なんだろう?

 その後の会話はもう聞こえてこなかった。



 ラクロワには翌々日に到着した。

「ようこそラクロワへ、殿下。お疲れでしょう、どうぞこちらへ。」

 大量の使用人が頭を下げて出迎える中、アンジェロが馬車の扉を開けてアナスタシアに微笑みかけた。差し出された手に導かれ馬車から降りる。

 三日の馬車の旅でたどり着いたそこは美しい森に囲まれた三階建ての大きな邸宅だった。

 アンジェロに導かれるままに屋敷の二階の部屋に入る。そこはほぼ城の自室と同じ作りだった。家具や装飾品の細部にわたってアナスタシア好みにきっちりしつらえてあった。
 部屋の間取りも窓の形と位置が少し違うくらいだろう。

 アナスタシアは目をしばたたかせる。

「いつものようにおくつろぎいただけるよう部屋を整えました。いかがでしょうか?」
「すごい‥‥ありがとうございます!‥わざわざ作っていただけたのですか?」

 驚いてそう問いかければアンジェロから笑顔が溢れた。

「殿下にお過ごしいただく場所ですので。気に入っていただけたようで安堵いたしました。」

 アナスタシアは高い位置にある窓を見やる。一つの窓を除き全ての窓が灯り取りのようにはめ殺しになっていた。

「この辺りは風が強いので窓は高いところにあります。それに獣も出ますので安全のためです。」

 二階の部屋なのに?獣がここまで上がってくるのだろうか。窓枠やかまちさんがとても太く頑丈そうだ。木枠だが見た目に圧迫感がある。

 そこで一人の男がアンジェロの背後で頭を下げる。

「殿下、ナベルズです。僕の従者で雑多なことを任せております。僕が不在の際はこの者が殿下のお側に控えます。腕は保証いたします。」
「ナベルズと申します。よろしくお願い申し上げます。」

 短くそう言い礼をするその男は背が高かった。アナスタシアより頭二つは大きいだろう。体格も良く屈強に見える。

「これは殿下のお茶のお世話を申し上げるには少し障りがあります。そちらは僕が担います。」
「障り?」

 障りとはなんだろう?そう問えば、ナベルズがぐっと目を閉じる。アンジェロはそこの説明はしなかった。

「いえ、ですがそれ以外では問題はありません。専属侍女も控えておりますので。」

 そう言いリゼットに侍女頭を引き合わせていた。側には十人ほどの侍女が控えていた。
 城より侍女の数が多いのが気になった。城では少なからず公務もありその必要があったがここではそれもない。
 手厚すぎる。何だろう、この違和感は。



「殿下、降嫁とはそういうものです。」

 湯浴み後、リゼットはアナスタシアの髪を梳かしていた。
 日中は侍女が多かったが夜になりやっとリゼットと二人だけになりほっとしていた。

「マウワー侯爵様は入念に準備されておいでです。どちらかと言うと殿下より侯爵様の予行演習に近いかもしれません。」
「これほど人手が必要かしら?城以上よ?」
「加減がわからないのかもしれませんね。それは追々でしょう。」

 なるほど。確かにそうかもしれない。

「それよりも。明日からマウワー侯爵様と領地を視察されるご予定ですよ?早くお休みにならなくては。」
「そうね。楽しみだわ。」

 領地に美しい湖や林道があると聞いていた。城から滅多に出ない生活だった。こういった外出は久しぶりだ。思いの外、外も怖くない。お忍びだが外に出られてよかった。

 アナスタシアは翌日を楽しみに眠りについた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】サキュバスでもいいの?

月狂 紫乃/月狂 四郎
恋愛
【第18回恋愛小説大賞参加作品】 勇者のもとへハニートラップ要員として送り込まれたサキュバスのメルがイケメン魔王のゾルムディアと勇者アルフォンソ・ツクモの間で揺れる話です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...