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第一章:出会い
『祝福』
しおりを挟む「アナスタシアです。初めまして。」
震える右手を差し出せば青年は恭しくその手を口元に近づけた。ただの挨拶のその行為ですらアナスタシアにとっては衝撃だった。ゆで上がる頬と動揺を悟られたくなくて慌てて扇で顔を隠す。
なんで?どうして?もっとおじさんがくるのだと思っていたのになぜこんな天使がやってくるの?
明らかに年下で、可愛らしくて、美人さんで、かっこよくて、可愛らしくて、紳士で、賢そうで、可愛らしくて可愛くって!
そして未来の自分の旦那様?この可愛い方が?
動転していて可愛い!を連発していることに気がついていないアナスタシア。
真意を確認したくて応接室の壁際に控えた宰相のクレマン卿に視線を送れば、にこにこと笑顔でそうだ、と返されさらに狼狽する。
え?ほんと?本当に??
「‥‥‥‥殿下、お気を確かに。」
リゼットが繰り返したが先程とは意味が違っていた。
アナスタシアは扇の内側で涙目だった。
「リゼット!無理!」
「耳が真っ赤です。」
「お願い!隠して!」
リゼットはさりげなく髪を直すようにして耳を隠した。
さすがリゼット!できる侍女だわ!
「本日我が領地で取れた茶葉を持って参りました。よろしければご一緒頂けませんでしょうか。」
エスコートの手を差し出されなんとかその手に応える。ティーセットが用意されたテーブルへと導かれ、その青年、アンジェロが引いた椅子に腰掛けた。
まだ信じられない。扇ごしにまじまじと見ていると、アンジェロは侍女を下がらせ自ら茶を入れだした。
「茶にはこだわりがありまして。蒸らす時間や手順をきちんと行えばとてもよい味になります。」
優雅な手つきで茶を入れる。所作が恐ろしく絵になった。途中少し見たことのない手順も入るがこれがこだわりなのだろうか?
小さなカップで香りと味を確認後、カップに注いでアナスタシアの前に差し出した。そして自分のカップを置いて正面に座る。
カップの茶を一口飲んだ。本当に美味しい。少し気持ちが落ち着いてきた。
しばしの沈黙ののち、思い切ってアナスタシアが話しかけた。
「あの、この度はどういった経緯で‥‥」
「本当は三年前に申し出られれば良かったのですが当時自分はまだ弱輩でした。」
カップを静かに置いたアンジェロが笑顔で答える。
「爵位を継いだのが三年前で十二でした。当時は色々とありましてとても殿下のお側に控える状況ではありませんでした。」
現在十五か。脳内で即計算する。自分より五つも年下。軽く凹む。アナスタシアの心中を思ってか、すかさずアンジェロが真摯な顔で言い募った。
「いえ、先月十六になりました。僕は気にしておりません。殿下もそうでいらっしゃると嬉しいです。」
はい!あなたがそうおっしゃるなら一切気にしません!そして真剣な顔も可愛くて素敵です!!
アナスタシアは心中で全力で喜んでぐっとガッツポーズを決める。だが確認しておかなければいけないことがある。
「‥その‥‥、三年前の事件はご存知でしょうか?」
「はい。殿下がお辛い目に遭われたことは存じております。」
「怖く‥ありませんか?呪いが。」
「呪い?怖いでしょうか?」
アンジェロが輝かんばかりの笑顔で答える。それがさらに絵になった。
うわぁ!本当に天使だ!そしてとっても眩しい!!
アナスタシアは王女の淑女の仮面にしがみついたまま心中悶える。そうでないと顔に出てしまいそうだ。
「あれは口さがない者たちが勝手にいっていたこと。不幸な事件が重なっただけです。‥‥殿下にとって大変なことだったと思います。それでも毅然と対応されるお姿に心を痛めておりました。」
でも、と言い募ろうとしたアナスタシアをアンジェロは思いの外強い視線で見つめ返した。
「あれは事故です。どうぞこれ以上殿下の御心を煩わされないように。」
きっぱりと言い切られそれ以上言えなかった。
意外にもそう言い切ってもらったのは初めてだったかもしれない。
心の奥がずくんと疼いた。
「殿下は我が家の惨事をご存知でしょうか?」
「惨事?いえ?」
「でしたら、僕も申し上げなくてはならないことがあります。」
マウワー侯爵家は古くから続く名家だったと記憶していた。侯爵家の中でも上位に当たる。
だが自身の騒動で外の様子は気にかけていなかった。
「五年前、両親と僕は馬車の事故に遭いました。その事故で両親は亡くなりました。僕自身も瀕死の重傷を負いましたがなんとか命を取り留めました。」
「それは‥‥、お悔やみを申し上げます。」
視線を外したアンジェロが静かに語る。
「ありがとうございます。‥‥ただその時、医師から死亡と診断されて半日の後に僕が息を吹き返したので、悪霊憑きかと大騒ぎになりまして。そこらの騒ぎからちょっと困った二つ名をつけられました。」
「二つ名?」
「『死神』です。」
「は?」
どうせヤブ医者の誤診で死亡となった後に無事に生還したただけなのに何故死神などと?!
心中で勝手にヤブ医者呼ばわりしてアナスタシアは鼻息を荒くする。
「もちろん自分は悪霊憑きでも死神でもありません。でも面白おかしく語る輩はおります。両親の魂を吸って生き返ったと。この見た目のせいらしいのですが。」
アンジェロが困ったように微笑んだ。
確かにこの笑顔は国宝級で神がかってるが!こんな天使を死神などとんでもない!
「そんな!そんな言葉信じてはいけません!あなたのせいではないのですから!」
「ふふっ ありがとうございます。殿下がそうおっしゃられるのならそうなのですね。ですからどうぞ、殿下も御心を強くお持ちください。」
そこでアナスタシアは気がついた。
アナスタシアの心を軽くするために、この青年は語りたくない過去を語ったのだと。なんて心根が優しくて強いんだろう。
にこにこと微笑む青年をアナスタシアはじっと見つめた。
「ですが死神の名も存外よいものだと思いました。」
「なぜですか?」
「『死神に愛された姫』。これはその通りだと思いましたので。」
その言葉とともに上目遣いに見上げられ、アナスタシアはゾクリと身を震わせた。
『死神に愛された姫』
それはアナスタシアにつけられた呼び名。
それを口説き文句に使うのか。
今までの婚約者候補と明らかに違う。圧がある。
今、ものすごく攻められている。この年若い青年の態度からそう感じられた。
「婚約の件、どうぞご熟慮いただけますようお願い申し上げます。殿下のご信頼を賜れましたら、この身を賭して万難から殿下をお守りいたします。必ず。」
アンジェロが席を立つ。ふいに圧が消えてアナスタシアは我にかえる。どのくらいこの天使を見つめていたのだろうか。
「もう帰られるのですか?」
「はい。もう時間だとあちらから。」
視線の先には宰相が立っていた。
もう?そんなに時間が経ったのだろうか?
「その、どうぞお気をつけてお帰りください。」
おずおずと別れの挨拶を告げる。
過去そう言って送り出した候補者たちは皆事故に遭った。それを思い出し背筋が凍るのを感じた。
三年経った今でもあの呪いはまだ残っているのだろうか。
それを察したアンジェロが微笑んだ。
「ありがとうございます。もしよろしければ、明日のこの時間、この部屋に参ります。」
「え?でも‥」
「お約束はいりません。僕の勝手ですのでどうぞお気遣いなく。城の者に自分が無事だったと姿を見せておきます。」
そう言いながらアンジェロは震えるアナスタシアの目を見た。
この青年は相手の気配に敏感だ。アナスタシアの怯えを悟ったのだろう。それほどに気遣わせてしまったのか。
「ですがもしよろしければ、殿下の『祝福』を賜れますでしょうか?」
「『祝福』?」
「おまじないです。僕の名を呼んでください。」
目を細めうっそりと笑顔でそう囁かれ思わず赤面してしまった。
青年のその年齢から考えられない壮絶な色気をアナスタシアは感じていた。王女はこくりと喉を鳴らす。
「‥‥アンジェロ様、どうぞご無事にお帰りください。」
アナスタシアは目の前の天使にそう囁くのが精一杯だった。
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