【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

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第三章:秘密

幕間: 攻撃的警護

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 これはアンジェロがアナスタシアに求婚する一週間前。



 十六歳になったマウワー侯爵家当主・アンジェロは来客の相手を前に対応に苦慮していた。

 突然の先触れののちにマウワー家に現れたのは、アンジェロの遠縁でファシア王国でもう三十年近く宰相を務めるクレマンだ。
 アンジェロはこのクレマンに返しきれない恩があった。

 十二歳の時に両親と共に馬車で事故に遭い両親は死亡。自分も九死に一生を得たが、その生還が故に『死神』という悪い噂がたった。爵位相続では一族中で揉めに揉めたが、その際のお家騒動を収めてくれたのがこのクレマンである。
 それ以来、宰相の立場上、陰ながらではあったが何かとアンジェロに目をかけてくれていた。だからこの御仁から何か頼まれたら断れない。

 だが今回の案件は厄介だった。


「要人警護‥‥ですか。」
「お前がこの国で一番の適任と思っている。手持ちのヤマも一通り片付いたところだろう?どうか受けてくれないだろうか?」

 アンジェロの受注状況を理解している。そしてアンジェロが断れない、とわかっていてこのように頭を下げてくるこの老人もなかなかにしたたかだ。これでは本当に断れない。

 しかしできることとできないことがある。

「僕の特性では要人警護は畑が違います。王族なら近衛方がいます。そちらでは足りませんか?」
「おそらく近衛方では手に負えない。」

 アンジェロはいぶかしげに正面の老人を見やった。近衛騎士。王族専門警護のスペシャリストでもダメだというその脅威となんだろう?少しだけ興味が惹かれた。

 その様子を察したのかクレマンが微笑んだ。

「お前への依頼はただの警護ではない。殿下に降りかかる悪意を先手を打って全て跳ね除けなければならない。近衛方は向けられる害意にしか対応できないんでな。」
「僕に攻撃的警護オフェンシブガードを?」

 クレマンは頷いて静かに語る。

「アナスタシア王女殿下のことは存じ上げておるか?」
「ええ、はい。人並み程度には。」

『呪われ姫』。そのように呼ばれている姫だということは知っている。
 数年前にことごとく縁談相手が瀕死の重症に遭い破談が続いたことからついたと聞いている。記憶が正しければアンジェロより四歳年上だ。

 確かに三件も続けは目も引くがそれも偶然かもしれない。たかがその程度のことで人々は面白おかしく残酷な嘲りの言葉を投げる。

 世間の風評に毅然としてらしたがお辛かっただろう。

 アンジェロは目を細める。自分の身の上も似たようなものだ。

「あの一件以来、殿下は王宮深く引きこもられている。だからお前を殿下の警護につけたい。」
「‥‥あの状況なら無理もないでしょうが、放置したのですか?」
「殿下の落ち込みがひどくどうしようもなかった。お前があの時殿下のお側にいればここまでにはならなかっただろう。」

 それは仕方がない。三年前では自分も使い物になっていないだろう。そう思うと申し訳なくも思う。自分がもたもたしたせいでここまで待たせてしまった。
 その意も理解したクレマンがため息をついた。

「まだ遅くはない。今のお前なら十分に役目を果たせるだろう。」
「依頼内容を詳しくお聞かせ願います。」

 前向きな反応にクレマンは少し安心したように微笑んだ。

「殿下の身辺警護及び害意の排除だ。」
「具体的な害意が確認されていますか?」
「三年前の事件の詳細だ。」

 分厚い資料を渡されアンジェロはざっと内容を改める。過去に発生した三件の婚約者候補の惨事が詳細に記させれていた。
 最後の件を除けば事故と言えばそうかもしれない。だが不審な点が多い。そして全てに共通点があった。
 アンジェロは眉間に皺を寄せた。

狙撃手スナイパー?」
「魔法残滓も犯行の気配も残っていなかった。おそらくそうなるだろうな。」

 クレマンはアンジェロをよく理解していた。だからこの件は普通の案件ではない、と気が付いたという。

「害意はお前に近しい存在だ。そして恐ろしく殿下に執着していると思われる。」
「執着の理由は?」

 そこで初めてクレマンはアナスタシアの姿絵を差し出した。それを見たアンジェロは納得した。
 美しい。末姫で大切にされてきたのだろう。これならば執着も仕方がないかもしれない。だがこれだけだろうか?

「他に理由はありませんか?」
「王位継承権はかなり低い。何処ぞに恨みを買われるような立場にもおられない。性格も穏やかで温厚。そして縁談を潰すために候補者を攻撃してきている。標的は殿下ご自身だろう。」
「殿下は加護持ちですか?」

 その問いにクレマンは押し黙る。アタリか。だとしたらこれは厄介だ。

「それの有無は私では言及できん。知りたくば」
「殿下ご本人に確認せよ、ということですか。」

 クレマンの言葉を引き継ぎアンジェロが呟いた。上の王女は他国に嫁いでいる。なのに王族でありながら国外へ嫁がせず国内での降嫁に踏み切ったのもこの加護のせいと考えれば納得はいく。
 加護の内容によっては警護の仕方が随分変わってしまう。早めに確認を取りたいところだ。

 アンジェロはこの時点でかなり乗り気になった。そもそも狙撃犯相手では他の誰も対応できないだろう。
 今後何をすればいいか、どう部隊を配置すればいいか脳内で策が展開されていた。

 だがそのためには、あることをしなければならない。

「攻撃的警護であればおとりが手っ取り早いです。もし僕が本件を受ける場合は色々と無理を通していただくことになりますが大丈夫でしょうか?」
「極力呑もう。陛下から本件に関し全権をお任せいただいている。」
「では僕を殿下の婚約者にしてください。」

 その言葉にクレマンは瞠目する。

「自ら囮になるというのか?」
「囮なら僕が適任です。僕の加護が有効になります。敵は狙撃手。これ以上の適任はいません。」
「確かにそうだが‥‥。」
「これまでの例を見るなら婚約者候補に漏れなく害意を向けています。害意を向けられないと攻撃的護衛はできません。これが無理なら今回の話はなかったことにしてください。」

 テーブルの上に資料を置き正面の老人の反応をじっと見守った。

 過去の婚約者の惨事が、ある特定の害意であるとわかれば世間に評価も同情に向かうだろう。自分の偽装婚約もその渦中で有耶無耶になる。殿下に不利には働かない。

 クレマンは目を閉じて唸り声を出す。しばし考えたのちに困ったようにアンジェロを見やった。

「呑みたいところだが問題がある。殿下が受けられない可能性がある。」
「殿下にご協力いただけないと?」

 老人は微笑んでするりと手で顔を拭う。くすくすと笑い声が聞こえてきそうな幸せそうな笑みだ。

「殿下は囮を許さないだろう。ご自身の保身のための囮など許す方ではない。」
「それではこちらは手詰まりです。」
「だから殿下の協力はあてにするな。」

 クレマンの意図を理解し今度はアンジェロが瞠目する。

「事情を話さずに殿下に婚約を申し込めと?僕に?」
「ああ、お前ならちょうどいい。年下だがそれほどの歳の差ではない。身分的にも問題はないだろう。他のお膳立てはこちらで行うから安心しろ。」

 クレマンはしみじみとアンジェロの顔を見やる。アンジェロは居心地が悪い。正直自分のこの顔は好きではない。あの呼び名はこの顔も起因している。つまりこの顔では碌な目に合っていないのだ。

「‥‥お前なら必ず成立するだろう。」
「いえ、意味がわかりません。本当にその必要がありますか?」

 同じ婚約でも相手が事情を知っているかそうでないかでは状況があまりにも違う。
 狼狽こそ見せるが冷静に問うアンジェロにクレマンは頼もしげだ。

「ある。お前なら殿下を任せても大丈夫だろう。殿下が警護を置きたがらない可能性もあるからな。警護ではなく婚約者の方が警戒されない。おそらくご存知ない方が良い方に進むだろう。密着警護も限界がある。婚約者が側にいる方が周りにも不自然ではないだろう。」

 これ以上の醜聞スキャンダルは避けたい、とクレマンは続ける。確かにそうだが。困りきった顔でアンジェロが抵抗を見せる。

「僕の世間の呼び名をご存知ですか?僕が婚約者になる方が口さがない輩の格好の餌食になります。僕はいいですが何もご存知ない殿下では傷が深くなります。」
「『死神』か?なるほど、『死神に愛された姫』、あやつらの言からすれば組み合わせとしてはぴったりだな。」
「笑っている場合ではありません!」

 くつくつと笑っていたクレマンはアンジェロの必死の言葉にふと笑みを消す。そして宰相の顔でアンジェロを見据えた。いっそ凄んでいると言ってもいい。

「そこらはこちらで揉み消しておく。そんなことよりお前は殿下の警護に集中しろ。必ず殿下に向かう害意を取り除くのだ。」

 そこまで言われてアンジェロは二の句が告げなかった。
 そもそも今回、護衛の打診といいながらもクレマンの前では誰も異議を通せないのだから。
 この宰相閣下からそう言われればそれは決定事項だった。


 これはとんでもない展開になってしまった。
 アンジェロはひっそりと嘆息した。



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