【完結】呪われ姫の守護天使は死神

ユリーカ

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第一章:出会い

愛らしき婚約者

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Who Dares Wins 

挑む者に勝利あり





 アナスタシアは部屋の窓から遠くの中庭を眺め息をはいた。ため息が止まらない。
 今日は兄王に言われていた新しい婚約者候補の面会の予定があった。

 面会の相手の名はアンジェロ・マウワー侯爵。三年前に爵位を継いだ。それしかわからない。

 宰相のクレマンとは子供の頃からの付き合いのためか孫娘のようにアナスタシアを可愛がってくれた。そのクレマンからもそれしか教えてもらえなかった。
 あとは直接お会いになって殿下がご判断ください。そう言いクレマンが微笑む。勿体ぶる意味がわからない。

 今までの相手は皆年上だった。今回はとうとう爵位持ち。相当な年上ではないだろうか。選り好みできる身分ではないのだが。

 新しい縁談。もう婚約などいらないのに。アナスタシアは鏡台の前で侍女リゼットに髪を整えてもらいながら嘆息した。




 アナスタシアはファシア王国の第二王女だった。生まれでは末っ子に当たる。姉は他国に嫁ぎ、兄二人も結婚し妃を有している。未婚はアナスタシアのみだった。

 近隣国に歳のあう若い王子がいない。外交上揉めている国もない。だから王が特に可愛がっていた末の妹姫は国内で婿を取ることとなった。表向きの事情は。

 アナスタシアは『天使の加護』を持っていた。生まれついて持っている特殊能力。大変珍しいため国で極秘に管理される能力。アナスタシアの持つ加護の性質からアナスタシアは国外に嫁ぐことができない。王の判断だった。これは仕方がない。

 王女が王籍を外れ貴族と結婚する。降嫁だった。

 アナスタシアは眩い金髪に、瞳は青地に黄色、オレンジ、緑色が散る珍しい虹色の瞳アースアイだった。王族でもこの瞳を持つものは過去数人しかいない。曽祖母に現れた色で隔世遺伝でアナスタシアにも現れた。

 そんな十六歳の美しいアナスタシアにたくさんの結婚の申し込みが舞い込んだ。

 数多くの縁談の中を勝ち残った最初の候補は、五つ年上の公爵家嫡男だった。直接の面識はなくアナスタシアは儀礼上何度か夜会で踊った記憶がある程度の相手だ。

 数度の面会ののち、無事婚約の運びとなりそうだったがその嫡男が事故にあった。城から帰る途中に馬車が壊れ崖から落ちたのだ。公爵家嫡男は一命は取り留めたがひどい傷を負った。王はその不幸に同情もしたが忌み事を嫌いその話は破談となった。

 この事故が凄惨せいさんだったためアナスタシアは次の縁談に尻込みしたが、周りの勧めで仕方なく二回目の縁談に入る。

 今回も七つ年上の侯爵家の嫡男が選ばれたが、何回目かの面会ののち、この嫡男も乗馬中に落馬し背骨を折る大怪我を負った。そしてこの話も前回同様破談となった。

 雲行きが怪しいと一部で噂に上ったがこれを黙殺し三回目の縁談に臨むも、今回は候補者が狩猟中に背中から何かに射抜かれて大怪我を負う。
 一命は何とか取り留めたが襲われた状況が異常だった。どこを探しても体を貫いた凶器が見つからない。襲った者の気配も残されておらず目撃者もいない。

 そしてこの縁談も流れるが、ここである噂がまことしやかの囁かれ出した。

 一年に間に三人も婚約者候補が瀕死の事故に遭う。
 姫の縁談は呪われている、と。

 そして噂にさらに尾ヒレがついて、最終的についた呼び名は『死神に愛された姫』、『呪われ姫』。

 ここでさしもの王も縁談を取りやめ噂が落ち着くのを待つことにする。姫自身、縁談から完全に身を引いてしまっていた。しかしその後、姫に求婚するものは現れなかった。
 それから三年、アナスタシアは王宮の奥でひっそりと息を潜めて暮らしている。

 人々の好奇の目から、周りからの慰めや同情から、そして自分につきまとう死神から身を隠すように。

 もうこうなると後は修道院行きだろう、と覚悟を決めていたところで今回の縁談が湧いて出てきた。





「お嫌でしたらお断りすることもできますが‥」

 王女の溜息に髪を結っていたリゼットが気遣わしげにアナスタシアに話しかけた。
 もうそうもいくまい。あと半刻で約束の時間だ。断るには遅すぎる。アナスタシアは侍女に微笑んだ。

「大丈夫よ。きっともうお越しになっているでしょうからお会いするわ。」

 気弱になってはいけない。王族として毅然として対応しなくてはならない。だがこの三年、誰にも会わず外にも出ないでひっそり暮らしてきた。久しぶりに家族やリゼット、クレマン以外の人物に会う。それがアナスタシアをとても緊張させた。

 鏡の中の自分をじっと見る。もう三年前のあどけなさはない。部屋に引きこもっていたから顔も青白い。随分痩せてしまったようにも思う。市中に出回っている姿絵ともかけ離れている。このような姿であって良いものだろうか。不安が募った。

「大丈夫です。殿下は誰よりも美しく輝いておいでです。」

 後毛を広げながらリゼットがにっこりと断言した。リゼットにまでこの不安が見透かされている。もっとしっかりしなくては。

 「ありがとう。」

 微笑んだアナスタシアにリゼットが困ったような顔をした。紅をはけに取り頬にのせる。

「しかし殿下の御心を射止める殿方とはどのような方でしょうか?」
「心?」
「今まで殿下が御心を留められた殿方がいらっしゃいませんでした。殿下の周りはいつも容姿端麗な殿方が多いのですが一顧だにされませんので。」

 そうだろうか?夜会でもダンスの申し込みを受けるが特に心に留まる者はいなかった。
 初恋もまだな自分はいったいどのような殿方が好きなのだろうか?それさえもわからない。自分はもう枯れてしまっているのかもしれない。

「もうそういうのも要らないわ。もういいの。」

 鏡越しにリゼットへ少し困り気味に嫣然えんぜんと微笑み、忘れかけていた王女の仮面を被る。そして部屋を出た。

 せっかく申し出ていただけましたがご好意には応じられません。あなたにはもっと良い方がいらっしゃいます。あなたのこれからの幸せを祈っております。

 回廊を進みながら断りの文言を考える。まあ王女が断りを入れれば食い下がることはないだろう。

 ひょっとしたら自分の境遇を娘のように憐れみ白い結婚を申し込んでくれた年嵩としかさの方なのかもしれない。
 それなら尚更申し訳ない。失礼のないようにお断りしないと。


 そうしてアナスタシアは応接室に入り運命に出会った。
 そこには一人の貴公子が立っていた。



 歳のころは十五、六くらい。背はアナスタシアと同じくらいか少し高い。艶やかな黒髪と少しグレーにけぶる濃い青石サファイアの瞳が印象的だ。そしてその顔は怖いくらいに美しく整っていた。

 ダーク色のロングコートをすっきりと着こなし隙のない佇まいでその少年とも見える青年は、入ってきたアナスタシアに振り返り二人の視線があった。

 アナスタシアは息をのんでその青年を見つめていた。しばし見つめあったのち、青年は輝かんばかりににこりと微笑んだ。

 主人が震えているとわかりリゼットが背後から背中を支えた。そして主人の口から溢れる微かな言葉を聞き取ろうとした。

「‥‥か‥‥か‥‥かかか‥‥」
「か?」
「‥‥‥‥‥‥‥かわいい!!」
「は?」

 主人の呟きがあまりに小さく、リゼットは思わず聞き返してしまった。それほどに予想外な言葉だった。

 青年は笑顔でアナスタシアに歩み寄り、恭しく紳士の礼をとり身をかがめる。

「アナスタシア王女殿下、本日はお時間をいただけましたことを感謝いたします。マウワー侯爵家当主・アンジェロと申します。」

 王女が応える番であるが部屋に沈黙が落ちる。

 黒い艶やかな髪を見つめながらアナスタシアは心中目一杯であった。頭が真っ白で言葉が出ない。

「殿下、お気を確かに。」

 リゼットにそう囁かれ我に返る。そうだ返答しないと。

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