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✠ 本編 ✠
038 楽園の崩壊①
しおりを挟む何もわからない。
逃げ込むように寝室に引きこもる。夕方に帰宅したクリフォードがトリシャの寝室にやってきた。まだ仕事着のまま、帰宅してすぐ来てくれたと思えばその気遣いが嬉しく思えた。
これはトリシャの気を引くため、自分は利用されているかもしれない。そうだとしてもクリフォードを憎むことはできなかった。
「体調はどうだ?辛いなら医者を呼ぼうか?」
「いいえ、一日休んだのでだいぶよくなりました」
「無理をさせた。仕事はしばらくしなくていいから。私も今は余裕がある」
笑顔のクリフォードに頭を撫でられたが、その手にためらいを感じ取った。クリフォードがなぜかぎこちない。トリシャも勝手に書斎に入った負い目がある。お互い緊張してギクシャクしていた。今までは触れられてあんなに嬉しかったのに、クリフォードに隠し事をしているせいで今はとても辛かった。
「トリシャ」
「はい」
「今日は‥一日ベッドで寝ていたのかい?」
トリシャはクリフォードの問いにどきりとした。
どういう意味だろうか。まさか書斎に入ったことがバレた?そんなはずはない。誰にも見られていない。十分気をつけたつもりだったが何か痕跡を残してしまったのだろうか。
トリシャは動揺を悟られないよう顔を伏せ頷いてみせる。
「はい」
「———そうか。ならばいい。ゆっくり休むんだ」
クリフォードは目を閉じふうと息を吐いてトリシャの寝室から出ていった。
その日からトリシャは体調不良を理由に寝室に閉じこもった。食事も自室で取る。仕事はしなくていいと言われている。
クリフォードはトリシャの寝室にやってこない。最初は見舞いに来たり花束が届いたりしたが、何か諦めたのか今はそれもなくなった。
「クリフォードさま‥」
クリフォードの支配から外れた生活。それは捨てられたも同然だ。それが身を切るように辛くて寂しい。たとえ利用されていたとしても、どうせならクリフォードの手の中にいたい。
そう思う一方でクリフォードに会う勇気もない。今クリフォードに会えば縋りついて捨てないでと泣いて懇願してしまいそうだ。だがそれをクリフォードはきっと望んでいない。しつこい女だと嫌われてしまう。そう思えばますます部屋から出られない。
会いたいのに会えない。ベッドの中でトリシャは声なくすすり泣いた。
陰鬱と部屋に引き篭もって二週間が経った。夜、窓を叩く音でベッドの中からバルコニーに続くテラス窓を見ればアーサーが立っていた。ここは二階だ。どうやって上がってきたのだろうか。
「アーサー!どうしたの?!どうやってここに?!」
「トリシャ!よかった!無事だった?」
無事とはどういう意味だろうか。窓を開ければアーサーが抱きついてきた。
「トリシャ、泣いてたの?辛かったんだね。もう大丈夫だよ」
「アーサー?どうして?」
「あいつが、クリフォードがトリシャに会わせてくれなくて」
「勝手に入ってきたの?!警備がいたでしょう?」
「ここ庭が広いからなんとかなったよ。トリシャの様子がわからなくて心配してたんだ。あいつに閉じ込められてたんでしょ?」
「え?ち、違うわ。そんなんじゃ」
それは誤解だ。軟禁ではない。自分で勝手に部屋に閉じこもっていただけなのに。クリフォードが悪者になっている。
「あいつ、やっぱり何かおかしい。ここを出たほうがいいよ。僕と一緒に行こう」
「え?」
話の方向が読めない。行くとはどこに?
アーサーはトリシャの手を取って外に連れ出そうとする。バルコニーと屋根伝いで下に降りれるかもしれないがそこからふたりで更に外に逃げるのは無茶だ。警備に見つかってしまう。
「ここから逃げるんだよ。外に馬車を待たせてるんだ。大丈夫だから、トリシャは僕が守るから」
「アーサー?!一体何を」
トリシャの両手を握りアーサーが真剣な顔で口を開いた。
「トリシャ、僕と結婚して。ずっと好きだったんだよ。お祖父様が亡くなったら僕がトリシャを守ってあげるはずだったのにあいつがトリシャを攫っていったからこんなことになった。全部あいつが悪いんだ!さあ行こう!」
「ダメよアーサー!あなたには無理だわ!」
アーサーに手を引かれるもトリシャは動けない。
アーサーにトリシャは重すぎる。二人で逃げるなど無理だ。トリシャには敵が多い。アーサーでは守りきれない、現実が見えていない。ここで幼いアーサーを傷つけるわけにはいかない。それに———
「アーサー、落ち着いて。私はひどい目には遭ってないの。誤解なのよ」
「トリシャ!急いで!」
「アーサー、聞いて。あなたにはまだ無理なの。あなたじゃ私を守れない」
「そんなことない!僕が守ってみせるから!」
「アーサー!」
トリシャがアーサーの体をギュッと抱きしめた。敵だらけのレイノルズでダグラスとアーサーだけがトリシャの味方だった。ずっと一緒にいてくれた優しい義孫で大事なトリシャの家族。
「ありがとう、あなたの気持ちは嬉しいわ。でもあなたの運命の人は私じゃないわ」
「なんで?!なんでさ?!なんでそんなこと‥」
「ごめんね。あなたはこれから大きくなってたくさんの人に出会って。きっともっと好きな人もできる。私じゃないの。私にはもう‥‥」
もうこんなにあの人が好きだ。だから動けない。
アーサーの顔が泣きそうなほどに歪む。それはトリシャにも辛いことだ。
「トリシャ‥やっぱりあいつがいいの?父親なんだろ?どうにもならないんだよ?」
「アーサー‥」
「トリシャ‥そんな‥大好きなんだよ。なんでだよ‥なんで僕じゃダメなの?」
「来てくれてありがとう、私も大好きよアーサー、だから‥」
「イヤだよ‥‥僕はトリシャがいいんだ‥あいつなんかよりずっと大事にする‥泣かせたりしないのに‥トリシャがいい‥」
抱きしめるアーサーの涙声にトリシャも泣きそうになる。アーサーはこんなにも優しい。トリシャの心を知っていてそれでも思いやってくれる。やはり巻き込んではダメだ。
トリシャはアーサーの額にそっと口づけた。
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