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✠ 本編 ✠
037 夢と現実③
しおりを挟む翌朝も気分がすぐれない。朝食の断りを入れればメイドがクリフォードのカードを持ってきた。ゆっくり休むようにといたわりの言葉が綴られていた。その心遣いに胸が暖かくなる。
「旦那様はお出かけになられたのですね」
「お食事はこちらで召し上がりますか?」
「ごめんなさい、朝食はいらないわ」
昨日のダメージが残っている。起き上がる気にもならない。月のものも来る頃だ。気だるさはそのせいもあるだろう。クリフォードの言葉に甘え今日は休むことにした。
普段はクリフォードを手伝っている時間、ベッドの中で横になっていても無駄に思考だけがぐるぐると回りだす。
トリシャを毎晩抱いているのにクリフォードはトリシャの中で果てることはなかった。トリシャの月経は遅れることはない。安全な日で中でも大丈夫だとトリシャが言ってもクリフォードは許さなかった。クリフォードに拒絶される。それが無性に悲しい。
頑なに避妊している。その意味は?
クリフォードが結婚を望んでいないのは知っている。だから子供もいらない。子供が嫌いなのかもしれない。トリシャはクリフォードとの子供なら欲しい。例えこの許されない関係でも。
だから結婚しない?独身主義だから?
そこである名前を思い出した。
ジェシカがいるから?
義祖母イルゼからしか聞いていない名前。イルゼからは悪しざまに言われていたがクリフォードは一度もジェシカの名を口にしたことはなかった。
ジェシカに騙されて結婚はしないと誓った?それともジェシカとは結婚できない‥人妻で、それでクリフォードは結婚をしないのだろうか。滅多に会えないジェシカの代わりに自分は相手にされているだけなのだろうか。
最初はクリフォードと繋がれることが嬉しくて深く考えないようにしていた。その深みにトリシャは今頃嵌った。
義理の親子、未来がない関係。ずっと一緒だとクリフォードは言う。トリシャは自分のものだと。それはどういう意味なのだろうか。
だがクリフォードは縁談は勧めてくる。トリシャが誰かと結婚するのは構わない?トリシャが結婚してもこの関係を続けるつもりなのだろうか。
クリフォードはトリシャをどうしたいのだろうか。この矛盾を説明するためのピースが足らない。きっとクリフォードは何か隠している。
無邪気に山荘で愛し合っていた頃と今は違っていた。あの頃はクリフォードの気遣いがあったが今はただ夜だけ体を貪り合う。心がない体だけの関係。それなのに日中は仲がいい親子のように過ごす。それでいいのだろうか。
アーサーが言っていたことも引っかかっていた。
レイノルズに関わるな
確かにクリフォードはことあるごとにそう言っていた。クリフォードがレイノルズを嫌う理由。以前から仲は悪かった。だがトリシャにそこまで干渉するほどだったろうか。
そこである仮説が浮かび上がる。矛盾を説明するためのピース。それを確かめないと先に進めない。理性がそう言っている。クリフォードは外出している。やるなら今しかない。
夜着から部屋着に着替え、自室を出てクリフォードの書斎に向かう。誰もいないことを確認し中に入り内側から扉に鍵をかけた。おそらくクリフォードならここに大事な書類をしまうだろう。書斎机の引き出しを漁り、その書類を見つけた。
「やっぱり‥」
それはトリシャが十八歳になったら相続する株式の明細だ。ダグラスがトリシャに残した遺産。トリシャが筆頭株主になる銘柄が多い。莫大な遺産。その中でクリフォードの所有する会社もあった。トリシャとクリフォードの持ち株を合わせれば過半数になる。だがトリシャがレイノルズと組めばクリフォードの持ち株を超える。そうなれば支配権がレイノルズに移る。
そこでダグラスの意図を初めて理解しトリシャは愕然とした。
遺言状公開の日にクリフォードはダグラスの封書を二通受け取っていた。あの手紙ともう一通は相続明細。ダグラスは株式を盾にトリシャとの婚姻をクリフォードに強いた。これは脅迫だ。
「ダグラスさま‥なぜ‥ひどい、これではクリフォード様に選択の余地がないわ‥」
クリフォードを生かすも殺すもトリシャ次第。養子縁組は結婚しないクリフォードが出来うる唯一の防衛。トリシャを手元に置くために。レイノルズを嫌うのはトリシャがレイノルズに取り込まれないように。毎日トリシャにクリフォードの時間を与えるのはトリシャのご機嫌を取るため。
じゃあ夜も?
それはない。毎晩貪られ快楽に落とされているがひどいことはされていない。たまに意地悪程度はあるが優しいクリフォードに限ってそんなはずはない。だが体の震えが止まらない。
アーサーが来た日の夜がひどくなるのは?
レイノルズに近づくなと言われていたのにトリシャが守らなかったから?トリシャをレイノルズではなくクリフォードのもとに繋ぎ止めるためだけが目的だから?だから避妊している?
じゃあ縁談は?
もうトリシャの心はクリフォードのものだ。クリフォードの支配下に入った。トリシャが裏切ることもない。目的は達せられた。だからレイノルズでなければ手放してもいいと?
それともジェシカとよりを戻せたのだろうか。ジェシカが手に入ればトリシャはもういらないのだろうか。
「全然気がつかなかった‥‥馬鹿だわ‥私‥」
好きにしていい。
クリフォードのその言葉が突き刺さった。
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