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✠ 本編 ✠

035 夢と現実① ※

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 七日ぶりに別邸に戻ってきた。

 また日常が始まる。自室に戻れば何も変わっていない。たった七日だったが随分長く家を空けていたように感じられた。
 クローゼットには喪服がかけられていた。戻ってきたらまた着るつもりで置いていった。迷わず喪服に袖を通す。

 現実を見なくては、立場をわきまえなくてはならない。喪は明けたが自分は未亡人、ダグラスの妻だった。そしてクリフォードは自分の義父だ。その一線を超えてはいけない。夢は終わった。そう自分に戒める。
 午後は会社に出ると言ったクリフォードを見送りに出た。髪をきつく結い上げ喪服を纏うトリシャにクリフォードは驚いたように目を瞠ったが何も言わなかった。

 クリフォードと入れ違い、見計らったような来客に驚いた。アーサーだった。

「今日帰るって聞いてたから来ちゃった。うるさいのがいなくなるの待ってたんだ。どこに行ってたの?楽しかった?」
「ええ、山荘よ。雪が降ったわ」
「いいなぁ、今度僕も連れてってよ」

 無邪気にねだるアーサーにトリシャは曖昧に微笑む。あそこは家族しか連れて行かないとクリフォードが言っていた。

「トリシャ、感じ変わったよね」

 思いふけっていたところで突然そう言わてギクリとした。喪服も髪型も変えていないのに。

「そ‥そう?」
「うん、すごくキレイになった。雰囲気も柔らかくなったし。旅行楽しかったんだね!」

 褒め言葉だったがトリシャは更に内心焦る。もしそうだとするとあの七日間のせいだ。自覚がなかったが他人にはわかってしまうのだろうか。

「そういやあいつさ、トリシャにひどいことしてない?」
「ひ?ひどいこと?!何が?!」
「だっていっつもトリシャにダメダメいうじゃん。小姑。昔からああだったよね」

 クリフォードはレイノルズと馬が合わない。それはステイル伯爵を継いだダリルもだがアーサーも口うるさいクリフォードを煙たがっていた。

「そんなことないわ。もしそう見えるのならクリフォード様は私の父になったのだから仕方ないのよ」
「え?ちち?父親?あいつがトリシャの?」

 あまり公言していなかったからアーサーは知らなかったのだろう。相当びっくりしているようだ。更に食いついてきた。

「本当に?後見人って聞いてたけど?」
「よ、養子縁組したの」
「‥‥養子‥‥あぁ、なるほどね。がめついあいつの考えそうなことじゃん」
「アーサー?」
「あいつさ、トリシャにレイノルズに関わるなって言ってたでしょ?つまりそういうことだよ」
「え?」

 アーサーは何かわかった様子だがトリシャは意味がわからない。

「ふーん?あいつ、トリシャの父親なんだ。なぁんだ、じゃあまだ僕にもチャンスあるかな?」
「アーサー?何が?」
「ヘヘッ この話はまた今度ね」
「それよりも。そろそろ進級試験の勉強を始める頃でしょう?準備は大丈夫?わからないところはない?」
「大丈夫だって。心配しないでよ」

 アーサーはご機嫌で帰っていった。その日の晩はクリフォードと共に夕食を取った。

「アーサーがまた来たらしいな」
「ええ、顔見せに。元気にしてました」
「遊んでばかりだな。あいつももっとやることがあるだろうに」
「それは言っておきました」
「君はあいつに甘いぞ。もっと厳しくした方があいつのためだ。レイノルズにも必要以上に関わらない方がいい」

 クリフォードが不機嫌にアーサーの小言を言う。今までと何も変わらない団欒にトリシャはホッとした。この調子ならすぐに日常に戻れるだろう。




 その日は早々にベッドに入った。久しぶりのひとり寝、何も変わらないベッドなのにその冷たさに身震いが出た。たった七日でクリフォードの添い寝に慣れてしまった。大きくて温かい体、トリシャを守るように優しく包み込んで愛してくれた。それがないことが無性に寂しくて恋しい。それを無視して目を閉じたところで物音がした。

 小さく軋んで閉じる扉の音。小さすぎてどこから聞こえたのかわからない。遠くの部屋からかと再び目を閉じたところで寝室の扉が音もなく開いた。するりと入ってきた黒い人影にトリシャの喉が小さく鳴った。薄暗い中でもすぐにわかった。

「あ‥そんな‥‥」
「トリシャ、眠っていたか?」

 寝間着にガウンを纏ったクリフォード。昨日の晩も山荘で見た姿だが今は信じられなかった。ここはトリシャの部屋だ。夜、しかも寝室に入ってきた。初めてのことだ。そこで気がついた。先程聞こえた音はトリシャの部屋の扉の音だった。

 ベッドに腰掛けたクリフォードがトリシャをのぞき込んでくる。その目を逸らせない。

「クリフォード‥さま」
「クリフと呼んでくれ」

 その呼び名はあの山荘だけのことだと思っていた。

 そんな‥なぜ‥

 トリシャの体が震え出した。

 ダメだ、あの関係が続いたらきっともう抑えられなくなる。触れられれば想いが溢れ出す。親子ではいられない。自分の想いがそこまで育ってしまった。これ以上進めば親子なのに、この人にすがって愛を乞いねだってしまうだろう。そうなればクリフォードに迷惑がかかってしまう。

 震えながらトリシャはゆっくりと首を左右に振った。

「クリフォード様‥ダメ‥」

 私に触らないで‥‥触られたらきっと‥‥

「約束を覚えているか?」

 クリフォードの囁く声にトリシャが目を見開いた。

 クリフォードのそばを離れずクリフォードひとりのものになる。
 忘れるはずがない。クリフォードとたくさん約束した。だがあれは雪と共に消えたと思っていた。

 まだ約束は残ってるの?

「拒まないでくれ」
「クリフ‥」
「トリシャ‥ずっと一緒だ。そばにいる」

 のしかかるクリフォードを押し除けられない。トリシャから大粒の涙が溢れ出した。こんなに愛おしくて切ない。嫌がっていないのに拒めるわけがない。

 拒めない、でも受け入れてはいけない。

 トリシャはどうすることもできずただ震えてクリフォードを見上げていた。トリシャの涙を拭い痛みを堪えるようなクリフィードがそっと顔を近づける。そこに甘く優しいキスが降りてきた。それが深く荒々しくなる。心を裏切って体が勝手に流された。スイッチが入る。トリシャの体の奥から一気に熱が溢れだす。あの七日間でトリシャの体はクリフォードに快楽を刻み込まれてしまった。

「ン‥‥ふ‥」
「君は私だけのものだろう?そう約束した」
「でも‥‥あぁん‥」

 それはずっと好きでいていいということ?
 ずっと私だけを愛してくれるの?

 上掛けの中に潜り込んできた体に抱きしめられ夜着を脱がされる。大きな手に直に肌に触れられ体中口づけられ貫かれひどく穿うがたれる。新しい赤い刻印がトリシャの体に刻まれた。その痕をクリフォードがうっとりと撫でた。

「あぁ‥この赤い印のついた白い肌も‥愛らしい声もすべて‥」

 飢えたような目で見下ろすクリフォードが取り憑かれたように腰を振る。うつ伏せにされ背後から貫かれ激しい抽挿でトリシャが震え悶絶する。
 媚薬のないクリフォードの勢いは果てることはない。腰だけを持ち上げられシーツに力なく伏せたトリシャの意識が極限に追い込まれた。抱き合うこともなく獣のようにただ背後から貫かれる。そのどこか狂気じみた行為に、揺さぶられるトリシャの瞳から涙があふれ出した。

「私だけのものだ。誰にも渡さない」

 夢なのか現実なのか。顔が見えないクリフォードに背後から囁かれトリシャの意識が混濁する。底が見えない深い奈落にズルズルと引きずりこまれる。抜け出そうと必死に伸ばした手もクリフォードに捉まれシーツに縫い止められた。秘芯を指で転がされ荒々しくズンと最奥を抉られればトリシャはあっさりと達してしまった。

「ああぁッ イヤぁッ」
「あぁ、中が締まった。イったな?体は嫌がっていない。善がってる」
「もぅ指‥ダメ‥また‥イッちゃッ アアァッ」
「ッ またイったな‥‥あぁ‥締められると腰が蕩けそうだ」
「あああッ‥イッ ヤめッ ァあッ」
「ハァ‥‥やめるものか‥何度でもイけばいい‥何度でもイかせてやる‥‥」

 溢れ出た蜜を纏った指に淫芯ごと秘裂を愛撫され狂った様に膣奥を穿たれ攻められる。黒い欲望を纏うクリフォードに底なしの快楽へと落とされた。いたわりも優しさもない。快楽の中でただ貪られる、それは愛し合うという行為とは程遠い。
 もう喘ぎ声が止まらない。僅かに残った理性で枕をかき寄せ、せめて声を殺そうと顔を埋める。

 なぜこんなことに?
 なぜクリフォード様はこんなことをするの?

 触れられて抱かれてこんなに嬉しくて震えるのに‥‥

 なぜこんなに心が悲しいの?

 何もわからない。愛される歓喜と悲痛と悦楽、肉欲の奈落でトリシャは思考を手放した。
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