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✠ 本編 ✠

027 約束③ ※

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 よくわからず否定しようとした口が荒々しく塞がれた。閉じた唇を舌で舐められる。親指で顎をくいと押され開いたトリシャの口にぬるりと舌が侵入してきた。
 温室の時以来の深いキスにトリシャは陶然となり喉の奥からくぐもった声が出る。呼吸もままならない。
 あれが最初で最後と思っていた。またあの快楽の瞬間が訪れる。背筋をゾクゾクとした喜悦が駆け抜けた。

 これは多分普通じゃない。許されない関係だ。それでも構わない。今クリフォードに触れてもらえるならなんでもいい。

 先程のやさしいキスも素敵だったが、手荒いキスもいい。クリフォードから求められていると感じられた。
 クリフォードの首に手を回し侵入してきた舌に自分の舌を必死に押し付け絡ませる。そうすればもっと気持ちよくなるのは温室の時に学習済みだ。貪り合うキスにクリフォードが満足気に目を細め更にキスを深くする。口の中に流し込まれたものをトリシャはコクリと飲み込んだ。

「アァ‥‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」

 長い口づけからようやく解放されトリシャは荒い息だ。濃厚なキス一つで快楽に堕とされた。強い酒を飲んだように酔わされ酩酊する。自分に馬乗りになり外套を解き服を脱ぎ出す大きな体をうっとりと見上げた。

 クリフォードはシャツを脱ぎ捨て上半身裸になった。自分と違う引き締まった男性的な肉体、薄暗い部屋で暖炉の火に照らされて揺らめいていた。初めて見るクリフォードの裸体にトリシャの喉がコクリと鳴る。しばらくトリシャを見下ろしていたクリフォードの手がトリシャのガウンにかかった。そこでトリシャは現実を思い出し慌てて手で体を覆った。

「ダメッ 見ないでッ」
「トリシャ?」
「お願い‥服はこのままで‥じゃないと」

 先程ランプは消したが暖炉の火で部屋はほのかに明るい。醜い体を見られたら嫌われてしまう。もう抱きしめてもらえないかもしれない。そんなことになったら生きていけない。

 恐怖で震えて己が体を覆うトリシャの手をクリフォードの大きな手が握った。

「傷のことなら知っている」

 その言葉にトリシャの喉が驚愕でひゅっと鳴った。文字通り呼吸が止まった瞬間だ。信じられず目を見開いてまじまじとクリフォードを見上げた。

「え‥‥な‥‥に?」
「事件の傷のことはじいさんから聞いた。じいさん、ひどく悔やんでいたよ」

 トリシャの体ががくがくと震え出した。

 クリフォードが知っていた。トリシャの秘密を。
 
 トリシャがもう誰にも嫁げない理由。
 それは体に傷があるから。


 十歳のあの事件でトリシャは人身売買組織に捕まった。
 組織は体に傷を残さず暴力を加える術を熟知していた。捕らた子供が逃走しないよう恐怖で支配し洗脳する。トリシャもそうして様々な暴力や虐待を受け恐怖心を植え付けられ、そのショックで記憶を失った。
 ダグラスが手勢を連れてトリシャを助けに来た時、全てを忘れたトリシャはダグラスが誰だかわからず目の前の乱闘に怯え混乱した。

 怖い、でも逃げたらひどい目に遭う。

 助けに来た見知らぬ老人の手から逃れようとしたトリシャは天窓から降ってきたガラスの破片を避けられず体に傷を負った。心と体両方に消えない傷が残ってしまった。

 男たちがつけた体の傷は癒えたのに自分のせいでトリシャの体に傷が残った。ダグラスはそれをずっと悔やんでいた。

 上半身に傷痕が今も残っているが胸元に傷が集中している。夜会のドレスを纏えば見える場所に傷がある。もう婚姻は望めない。

 常に詰め襟か襟ぐりの浅めの服を纏う理由。
 そしてトリシャが夜会に参加しない理由。

「あの事件で誰が悪いと言い出したらきりがない。だがこれだけは確実に言い切れる。君は何も悪くない。そんな傷程度で君の輝きは損なわれない」
「クリフォ‥‥さま‥‥‥」
「大丈夫だ、傷のせいで君を嫌ったりしない」

 トリシャの瞳から涙があふれ出した。十歳から密かに抱えていた傷痕を初めて肯定された。

 泣いたら皆が心配する。心配されたらそれに縋り甘えて弱くなってしまう。恐怖を抑え込めなくなる。聡いトリシャは感情を封じ人前で泣くことをやめた。だがクリフォードの元に来てからは泣いてばかりだ。感情が制御できない。こんなにも自分は泣き虫だったとは知らなかった。

 見つめ合い口づけられる。その甘さにトリシャが小さく頷いた。

 トリシャの肯首を見たクリフォードはトリシャの手を優しく解いてガウンと夜着を開いていく。
 胸元にうっすらと残った複数の傷痕。鋭利な刃物でメッタ斬りに傷つけられたようにも見える。クリフォードがその傷にそっと口づけた。体中に散った痕にもキスを落とす。トリシャの体がびくりと震えた。

「君はこんなにもきれいだ」
「クリフォードさま‥」
「クリフと呼んでくれ」

 涙を流すトリシャを大きな体が抱きしめた。

 裸で抱き合う暖かさにトリシャからため息が出る。冷たいと思ったクリフォードの手もいつの間にか暖かくなっていた。早い鼓動が聞こえる。クリフォードも興奮している、そう思えばトリシャも高揚感で体に震えが走った。小刻みに震えるトリシャをクリフォードが気遣った。

「こうされて怖くないか?」
「はい‥大丈夫‥、怖くないです」

 クリフォードの問いの意図を理解しトリシャが小さく答えた。十歳のトリシャへの虐待に性的なものはなかった。性行為に恐怖を抱かせないようにするため。性奴隷にされる予定だったが故にトリシャは性的には守られていた。

「そうか。怖いことはしないが、そう思ったら教えてくれ」

 クリフォードの手がトリシャの体をゆっくりと撫でる。直に触れられトリシャの息が上がった。温室の時はクリフォードを止めるのに必死で愛撫を堪能することはできなかった。

「ぁ‥‥ん‥‥きもちいぃ‥」

 トリシャから熱いため息が出た。
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