22 / 61
✠ 本編 ✠
019 クリフォード⑥
しおりを挟む七年前、あの事件後に再会した十歳のトリシャは儚い存在だった。
トリシャはレイノルズ家に来たての頃は心身ともに傷だらけだった。かつての愛くるしい天使の面影はどこにもない。暴力を怖がる。男性、特に若い男に酷く怯え小さな体を縮こませ震えていた。無邪気に微笑む愛らしい姫との落差にクリフォードは愕然とした。
トリシャはダグラスもクリフォードのことも覚えていない。あの楽しかった日々も忘れてしまっている。だが何より悲しかったのは、あれほどトリシャを愛していた父のことも忘れているということ。
トリシャの売買契約書に父ゲイルのサインがあった。きっと父に売られたと思っているだろう。娘を溺愛したゲイルがそんなことするはずがない。更にトリシャを残してゲイルが死んだ。自殺じゃない、殺された。愛娘を一人残し自殺するはずがない。だがそれさえもトリシャはわからないだろう。
あの事件でトリシャにいくつも傷が残った。トリシャをここまで苦しめた理不尽な男たちに、その運命に怒りを覚えた。
あの組織が壊滅すればトリシャも少しは救われるのではないか。せめて一矢報いたい。ゲイルの無念も晴らしてやりたい。あいつに依頼することはできないだろうか。これはあいつの領域だ。
そう思い依頼を出せば二つ返事で受理され法外な報酬を要求された。金は問題ない、軽すぎてやや不安だがあいつの仕事は確かだ。必ず奴らを地獄に送ってくれるだろう。
恩師ダグラスからトリシャの家庭教師をするよう言われ自分で大丈夫かと思ったが、腫れ物扱いしても仕方がない。どうせ自分のことも憶えていないだろう。ならばとあえて厳しく指導したのだが、思いの外食い下がってきた。以前は気の強い一面もあった、本質は変わっていない。同じ授業を受けたアーサーは一日も持たなかった。
生まれつき賢い人間はその才能にのさばりいい気になる。だが努力する人間は尊敬できる。才能もあり更に頑張るトリシャを褒めてやれば溢れるように微笑んだ。以前と同じ笑顔にホッとする。これで男性恐怖症が克服できたかと思ったが、実際はダグラスとクリフォードにだけ心を許しただけだった。
また懐かれた、それが妙にくすぐったい。トリシャを愛した父は死んだ。ならば自分とダグラスでその分トリシャを守ろう。この少女はもう十分傷ついたのだから。
身を守るために結んだトリシャの婚姻がゴシップ紙に載りトリシャを苦しめていると知った。少しでも安らかになればいい。その思いで別名義でゴシップ紙の株式を買い集めトリシャの記事をすべて握り潰した。
あの再会から七年———
トリシャと共に暮らしだして幾日経っただろう。いつ頃からそう思うようになったか、トリシャからいい香りがしてくる。既製品の香水にない、柑橘のような甘くて爽やかな香り。その香りだけでも癒やされそうだ。
ここ二年はトリシャと顔も会わすこともなかった。ともに暮らすまでは十二歳の子供の頃のイメージしかなかったが、十七歳になったトリシャの纏う香りがクリフォードを惹きつけた。甘い女性の香り、それは子供のトリシャになかったもの、その香りに惑わされる。微かな残り香で今までここにトリシャがいたとわかるほどに。
トリシャと香水の話になった時に香水ビンの香りを嗅いだが、いつもと違う香りにクリフォードは驚いた。あの魅惑の香りはトリシャ自身の香りと香水が合わさったもの。香水だけでは完成しない。それがクリフォードをひどく魅了していた。
あの香りに催淫される。
トリシャは蜜の香りで虫を惹き付ける大輪の花だ。
あの日トリシャの涙を見た時にきっと何かが壊れたのだろう。更にはあんなに世話を焼かれ気遣われ甘やかされる。愛らしいトリシャに大事にされることは何より心地良い。
トリシャがレイノルズから外されたことは周知の事実。トリシャは社交界にも出ておらず引き篭もっていたが一部でトリシャの美しい容姿が噂で伝わっていた。さらに莫大な遺産を継ぐ予定。もうすぐダグラスの喪が明ける。そうなればこの美しい花目がけて男たちが求婚に押しかけてくるだろう。そう予想するだけでクリフォードをこれ程にいきり立たせた。
後見人権限で求婚者たちを追い払うことはできる。だが義父である自分はこの花を手に入れることはできない。
男の本能が花を手折ろうと手を伸ばす。
父の理性がブレーキをかける。
触れたい。でも触れられない。
本能と理性がせめぎ合う。
思わず伸ばした手をせめてとトリシャの頭にのせ昔の頃のように撫でる。そうやって誤魔化して触れる程度。でも全然足りない。欲しいものは目の前にあるのに。
抱きしめてあの香りを堪能し存分に貪りたい。日々ひどくなるその劣情を理性でねじ伏せる。これは邪な想いだ。
3
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる