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✠ 本編 ✠
017 クリフォード④
しおりを挟むトリシャがクリフォードの自宅に移り住んだ日の夜、クリフォードはひどく後悔していた。
トリシャが泣いていた。事件後に再会した十歳の頃、記憶をなくしても聡かったトリシャは怯えていても人前で泣くことはなかった。クリフォードの手厳しい授業でも涙をこぼすこともなかった。そのトリシャが声を殺して泣いている姿を初めて見てしまった。
レイノルズに奪われてはいけない。功を急ぐあまり強引にトリシャを家まで連れて来てしまった。七年間あの家にいて急に環境が変わってしまって不安にならないわけがない。伯爵夫人として我慢していたのだろう。出会った頃の幼い少女のように泣くトリシャの涙に胸が痛み、同時に激しく動揺していた。
じいさんが死んだばかりでなぜそこをもっと気遣えなかった?これだから合理主義の鈍感無神経と言われるんだ!
なんとか宥めて落ち着かせたが今後はもっと気をつけないといけない。何か気を紛らわせる方法はないだろうか。
翌朝思いつきで出入りの商家に発注した。クリフォードなりに気を利かせたつもりだった。だがその晩帰宅したクリフォードはトリシャから出た発言に衝撃を受けた。
「贈り物は結構ですので」
「え?なぜだ?」
「なぜ‥というか、なぜいただけるのでしょうか?」
今までの経験上、山積みの贈り物は必ず女性にウケた。慰めになればと今回もその通りに手配した。トリシャとは再会してから喪服姿しか見ていない。好みがわからない。若い女性が好きそうな流行りのドレスや宝石、化粧品や香水を届けさせた。だがそれがいけなかったようだ。執事からすでに全て返送済だと帰宅してすぐ報告を受けていた。
リサーチが甘かった。相手を調査するのはビジネスでも初歩の初歩だろう?
「すまない、好みが合わなかったか」
「あの、好みとかそういうことではなく。いただく理由がありません」
「え?そうなのか?」
「え?そうではありませんか?」
女性には贈り物を贈るもの。理由なんてない。そう思っていた。まれに意図的に贈ることもあったが今回下心はない。贈り物を断られたのは初めてだったが、贈り物を送る理由を聞かれたのも初めてだ。十七という若さなら欲しいものもあるだろうに。
「じゃあ何か他に欲しいものはないか?したいことでもいい」
「いえ、特には。必要なものは持って参りました。こんなに良くしていただけて欲しいものというのも特には‥‥ですからいただくわけには」
「父が娘に何か買ってやりたいと思うのは当たり前だろう?そうじゃないのか?」
「はぁ、そうでしょうか?」
トリシャのために何かしてやりたい。気が紛れる程度でいいと思ったが今は謎の欲求がそれを後押ししていた。守ってやりたいとは思ったがここまでの欲求は初めてだ。
なんだこれは?これが父性愛というやつか?
らしくない。トリシャの涙を見てからなにか変だ。
笑顔が見たい、甘やかしたい、可愛がりたい、とにかくかまいたい。だがトリシャとそこが噛み合わない。クリフォードの思いが空回りする。
お気持ちだけで十分です、と丁重に断られたが是が非でも何かしてやる!とクリフォードは心中息巻いていた。そうなれば調査開始だ。執事のコリンズを呼んだ。
「お嬢様のお好みですか?」
「なんでもいい、好きなものはなんだ?好きな食べ物や趣味、服の好みはどうだ?」
「それは旦那様が一番よくご存知」
「知らないから聞いてるんだろうが!」
執事がはて、と思案している。前日移り住んできた相手の好みなど普通わかるものではないが、この初老の執事は観察眼がなかなかに鋭い。
「そうでございますね。荷解きした服は多くなかったとメイドが話しておりました。落ち着いた色味でお嬢様によく似合うデザインだったとか。流行りのものはお持ちではなかったようです」
「そうなのか?」
「お若いですが大変落ち着いていらっしゃいます。そういったものにご興味がないのでしょう。ご自分に合うものをオーダーで作らせているようです。お召しの喪服も素晴らしく良い仕立て、相当値がはるでしょうが良い買い物です。腕のいい仕立て屋を使っておいでです。化粧品や香水もラベルがありませんでしたのでこちらもオーダーではないかとメイドが申しておりました」
「化粧品や香水もオーダー?確かにあれは初めて嗅いだ香りだったが」
「靴も丁寧に手入れがされていたと。ケアはご自身でなさっていたようです。メイドが手を出そうとしたら不要だと言われたそうです」
身の回りのものは全てオーダー。手入れも自分でする。そこまで大切にしている。既製品攻撃がまずかったか。いきなり失敗している。
「服や小物の点数は多くないのですが、こだわりはお持ちのようです。特に狐毛のハンドマフを気に入られて大事にされるようです。お持ちのものも大変質が良いですので、おそらく気に入ったものを長く大切にされるのでしょう」
量より質を求める。無駄を嫌うクリフォードと意見が一致するところだが、実用一辺倒にはなっていない。こだわりを捨てていない。気に入ったものには手間ひまかけて投資もする。ここぞという投資時を見極める経営者の顔が垣間見られた。
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