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✠ 本編 ✠
016 温室③
しおりを挟む手で涙を拭いクリフォードから抜け出そうともがくも抱きしめられていて動けない。はだけたスカートを戻しドレスの前を閉じる。胸元に散る赤い痕が目に入り淫らな快楽の記憶で体が震えた。それらはクリフォードに愛された痕だ。
飛んでしまったボタンはリボンで誤魔化せそうだが乱れた髪は直せない、ピンを外し背中に流す。この時間なら眠る前だったと言い訳ができる。
そこまで整えて深呼吸の上でクリフォードの体をゆすった。しっかり起こすために頬も優しく叩く。
「クリフォード様、起きて。起きてください」
「‥‥‥‥‥‥ん?」
「ここで眠っては風邪を引いてしまいますわ」
「‥トリシャ?‥なぜここに?‥‥ん?わぁぁッ」
絶叫とともに勢い良くクリフォードの体が跳ね上がった。しっかり目が覚めたようでトリシャはホッとした。
「なんで‥‥すまない。あれ?酒を飲んでそれから‥全然憶えてない」
その言葉にトリシャの胸がツキンと痛む。やはり憶えていない、それは何も起きていないことと同じだ。だが服を脱がされあれを見られたことも憶えていないとホッと息を吐いた。
「お酒を飲まれたのですね。道理で。私をチェスターと間違えたみたいですね?」
「チェスター?」
名前を呼ばれたチェスターがしっぽを振りながら遠くから走ってきた。その頭をクリフォードが茫然と撫でている。まだぼうとしているようだ。
「そう‥なんだろうか。その、すまない。何かやらかさなかったか?」
何も憶えていない。それでいい。
私だけが憶えていればいいんだ。
トリシャはいっそにっこり微笑んで見せた。
「抱きしめられただけです。寝ぼけて間違えたんですね。もう、お酒は程々になさって下さい」
「そうだな、記憶が飛ぶとかありえない、夢見も最悪だ。しばらく禁酒だな。本当にすまなかった、何か詫びをしなくちゃな」
頭を掻きむしったクリフォードが顔を伏せ安堵の息をついている。
そんなに謝らないでほしい。
傷を抉ってほしくない。
でも詫びというのなら———
「でしたらお願いがあります」
「なんだい?トリシャのおねだりは珍しいな」
「仕事を減らしてください。業務量の40%まで」
「なんだって?」
40は強めの数字。交渉では鉄則だ。
先程の事故は酒のせいだが過労が原因でもあるだろう。こんなにストレスを抱えてはいつか倒れてしまう。
「クリフォード様は働きすぎです」
「今回はちょっと無理しただけだ。問題ない」
「無理しないといけない業務量が問題です。通常業務に余裕がないと何かあった時に対応ができません。60%は私が預かります」
「はぁ?60も無理だ!」
「ダグラス様の元で何社か経営を任されていました。なんとかなります」
「それでも無理だ、言ってることがめちゃくちゃだ!」
「そう思うのでしたら私が倒れる前に他の誰かに業務分配を」
クリフォードが目元を覆い盛大なため息をついている。もう一押しだろうか、トリシャが口を開きかけたところでクリフォードがトリシャを押し留めるように手を上げ提案を出した。
「わかった。そこまで言うなら一つ頼まれてくれるか?」
「なんでしょう?」
「一社引き継ぎたい。労使交渉の目処がたった。あとは書面で細かいところを詰める。業務量も多いし根気のいる作業だが大丈夫か?しばらくは私の名前で対応してもらう」
「昨年から交渉されていた件ですね。そういうことでしたら」
「よかった。生前のじいさんから落ち着いたらトリシャに引き継がせろと言われていた件だ。無事に渡せてよかった」
そこで初めて、最近クリフォードが多忙だった訳がわかりトリシャが目を瞠った。ダグラスの遺言、トリシャに会社を引き継ぐためにクリフォードは無茶をしたのだ。それなのに自分はクリフォードを叱りとばしてしまった。
勝手に顔に熱が集まる。耳まで熱い。それを見られたくなくて頬を両手で覆い俯いた。
「私ったら‥ごめんなさい」
「なんで謝る?私を心配してくれたんだろう?」
「でもだって‥ああもう‥」
伏せるトリシャの顎をクリフォードがすくい上向かせる。クリフォードは満面の笑みでトリシャを見ろしていた。それは大好きなご褒美の笑顔、その顔に見おろされてはいたたまれない。せめて視線だけクリフォードから外した。
「見ないで下さい‥恥ずかしくて」
「こんなに赤くなるトリシャは珍しいからね。堪能しないと。こんなトリシャを見られたんだ、頑張ってよかった。髪を下ろしてるから今日は感じも違うな」
「こ、これは眠る前でしたので‥」
「すごくいい、いつも髪を下ろせばいいのに」
こんなに恥ずかしいのにさらに恥ずかしい言葉を囁かれた。あんまりだ。褒められて胸がこんなにも切ない。嬉しくて涙が込み上げそうになる。
「‥‥からかわないで下さい」
「すまない、やはり飲みすぎたな。ここは冷えてきた。部屋に戻ろう」
目の前の体を抱きしめたくて誤魔化そうとトリシャはチェスターをぎゅっと抱きしめた。クリフォードに愛された。褒められた。こんなにも甘くて切ない。でも———
夢はおしまい。ここを出ればいつもの日常に戻るのだから。
クリフォードに手を引かれトリシャは温室の扉をそっと閉じた。
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