15 / 61
✠ 本編 ✠
012 イルゼ②
しおりを挟む宰相業務は激務だ。国政に失敗は許されない。超多忙の中、鬼の形相で的確に仕事をさばく姿が好ましいと、どういうわけかセドリックは第四王女に見染めらてしまった。歳の差十五歳である。
女慣れしていないセドリックは王女のパワハラまがいの猛アタックの前に成すすべもない。必死に抵抗するもとうとう手を出してしまった。外堀も埋められあれよあれよと王女の降嫁の話になりセドリックは王女と結婚、祝賀ムードのどさくさでグレアム公爵位を与えられてしまった。
王女が自分の何を気に入ったのか。
セドリックは未だにわからない状況だ。
弟同様、兄も乙女心に鈍感である。
セドリックに野心はなかった。ただ国政の礎になりたいと思っていた。邪心なくただひたすらにコツコツ働いていただけ。なのになぜかここまで流されてしまった。世間では世紀の逆玉の輿と大騒ぎである。
歴代最年少の宰相と年若い王女の婚姻、格好のゴシップネタになりそうだったがなぜかゴシップ各紙は事実を述べるに留まっていた。
それでもイルゼはロージア伯爵位をセドリックに継がせるつもりでいたが、セドリック本人がロージア伯爵位継承権を放棄してきた。宰相か公爵位か伯爵位か、どれか一つ切るのなら伯爵位しかないという。
「ただでさえ宰相業務が忙しいのにグレアムまで賜ってしまいました。ロージアまで構ってられません」
ならばとイルゼはクリフォードに爵位を継がせようとしたがこちらも継承権を放棄してきた。ここで兄弟喧嘩が勃発する。
「今死ぬほど忙しいです!元々兄さんが継ぐはずだったのになんで私が家を継ぐんですか?」
「死ぬほど忙しいならロージアを継いで潔く死んでしまえ。なんならトドメを刺してやろうか?国政と公爵領を担ったこっちは死ぬことも許されないんだよ!」
「歴代最年少で希代の宰相閣下が何を気弱なことを。今更ロージア一つ増えたところで大勢に影響はないでしょう?兄さんこそ腹をくくってロージアを継いでください!」
「ビジネス界を牛耳る"魔犬"様が何を言ってる?ならばお前が継いでその言葉を具現してみろ!死ねる程度には忙しいんだろう?」
「冗談じゃない!兄さんが手を出した件でゴシップを握りつぶしてあげたじゃないですか!ここで恩を返してください!」
「その程度の恩でロージアを継げとかお前鬼畜か?!」
爵位継承は現在も兄弟でなすりつけあっている。
兄は政界を、弟はビジネス界を支配している。プリムローズ家から二人も傑物が出た。ロージア伯爵の子育て手腕は素晴らしいとイルゼの評判までうなぎのぼりだが、イルゼ的には家から追い出しただけである。
言うことを聞かない傑物なんぞいらん。多くは望まない、賢くて従順で働き者の後継ぎが欲しい。それが欲張りイルゼの本音である。
兄弟とも仕事ができて超多忙というのは血筋かもしれない。これも一種のお家騒動だろうか。
イルゼとしても見も知らない遠い親戚に爵位を譲るつもりはない。
どうしたものかと頭を痛めていたところでこの養子縁組が降って湧いた。クリフォードの養子はダグラスの弟子で元伯爵夫人、イルゼはそこに一縷の望みをかけた。
「そういうわけでね、息子二人が二人とも役立たずでがっかりしていたのよ。リックは嫁ができたからまだいいとして、クリフ、あれがあんなに馬鹿な子とは思わなかったわ」
イルゼが眉間を揉みながら嘆息している。ダグラスの後継者と目されるほどのクリフォードを母親が悪しざまにこき下ろしている。トリシャは意味がわからない。完璧なクリフォードの何が不満なのだろうか。イルゼはぶちぶちと愚痴を呟いている。
「結婚しないとか、こっちは子供に爵位を継がせようと思っていたのに。あの性悪‥ジェシカのせいで酷いことになったし、本当にあの子は女運がないわ。でもあなたが来てくれたからもう大丈夫ね。二度とあの女をクリフに近づけないでちょうだい」
ジェシカ?女性?初めて聞く名前‥誰?
トリシャはかろうじて表情を凍らせたが心臓が早鐘を打っている。背中に嫌な汗が浮き出た。
独身主義だからといって女性関係がないとは言い切れない。トリシャは勝手に、クリフォードにはそういう女性はいないと思いこんでいた。恐ろしく多忙な様子とクリフォードの周りに浮いた話が一切なかったためだ。
性悪?近づけるな?ふたりに何かあったの?
結婚しない理由がその女性だとしたらその意味は?
思考が飛んだトリシャを他所にイルゼは嬉しそうに手を合わせて話を進めている。
「でもクリフにしては上出来よ。こんな出来すぎな子がうちに来てくれたんですもの」
はい?出来すぎとは?
思考停止していたトリシャは咄嗟に意味がわからず反応が遅れてしまった。そこでジェシカのことは頭から飛んでしまった。
「養子という手があったわね。すでに伯爵夫人の経験があって領地管理にもビジネスにも通じている。しかもこんなに可愛らしくて若いなんて。優秀すぎるわ!文句なく合格よ!」
合格?何の?クリフォード様の義娘と認められた?
でも伯爵夫人の経験とは?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
406
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる