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✠ 本編 ✠
013 イルゼ③
しおりを挟む「いえ?あの?私は社交界には参加しておりませんでしたのでとても伯爵夫人の経験があるとは」
「私もそうよ。あんなもの、親しい友人がいればそれでいいの。貴族の付き合いというのもあるけれども適当に流す術はあってよ。それは私が伝授するから安心なさいな。ねぇどうかしら、ロージアを継いでみない?あなたならできるわ」
目を爛々と輝かせたイルゼがずばり核心を告げてきてトリシャは愕然とした。まさかプリムローズ家の後継騒動に自分が巻き込まれるとは思わなかった。
話がまずい方向に向かっている。独断で決められない。鼻息荒いイルゼにあれこれ畳み掛けられ、困っていたところで応接室の扉がバンと乱暴に開いてクリフォードが乱入してきた。帰宅は夜と聞いていた。コリンズの連絡で急いで戻ってきたのだろう。目元が鋭い。相当に怒っている。
「母さん!勝手に話を進めないで下さい!」
「あら残念、もうちょっとだったのに。思いの外早かったわね。親子というより姫を守る騎士の様じゃない。仲のいいこと」
「今回珍しく反対してこなかったのはこういうことですか!家のゴタゴタにトリシャを巻き込まないで下さい!爵位は兄さんに継がせればいいでしょう?」
「どうにもならない嫡男より目の前の宝石だわ。この子素晴らしいわね、さすがダグラスだわ。よくここまで磨きあげたこと」
「私は家を継ぎません!」
「言われなくてもあなたには継がせません。爵位は孫のトリシャに継がせます。そうとなれば良い婿を探しましょうね。ここを引き払ってうちにおいでなさいな。領地管理の引き継ぎもしましょう」
トリシャの手を取りにこにこと応接室から連れ出そうとするイルゼにクリフォードがぶちんとキレた。
「な?!トリシャにもロージアは継がせませんし私の家からも出しません!むッ婿とか!一体何を言ってるんですか?!トリシャは誰にも渡しません!母さんはただ仕事を振りたいだけでしょう?他所を当たってください!」
トリシャはクリフォードに抱きしめられ、イルゼには両手を取られ両方から引っ張られる。取り合い状態だ。その頭上をお互い遠慮なしの怒声が飛び交う。
ええっと?これは一体どういう状況?
罵り合いは一向に収拾がつきそうもない。たまらずトリシャが仲裁に入った。
「あの、爵位継承の話は置いておいて、領地管理の仕事はお手伝い出来ると思います」
「まぁまぁまぁ!なんていい子なの!嬉しい!うちの息子と大違いだわ!じゃあ早速」
「トリシャ!だめだ!ただでさえ働きすぎなのに!」
「クリフ!あなたまさか自分の仕事を娘にさせているの?忙しいからってどこまで性根が腐っているのかしら、本当に情けないわ!」
「そんなことさせてません!そもそも孫のトリシャに仕事を振ろうとしているあなたがそれを言うんですか!」
「あ、あの、違いますので!おふたりとも落ち着いてください!」
仲裁だったはずが大炎上してしまった。そしてさらなる悪口雑言がクリフォードから出てきた。
「トリシャやめておけ!母は恐ろしく冷酷で人遣いが荒い。一を請け負う相手に十の仕事を投げるんだ。優しさを見せれば家畜のようにこき使われるぞ!」
「人聞きが悪いわ。流れでこなした方がいい仕事もあるのよ」
「流れで仕事を全部押し付ける人がいますか?忙しい中で善意で手伝うといった私にあの仕打ちとか!あれじゃ私じゃなくても継承権は放棄しますよ!」
「まったく、口の減らない子ね。ダグラスに似たのかしら」
扇で口元を隠したイルゼが視線を落として嘆息する。
口論ならクリフォードは頭の回転が早いイルゼに似ているとトリシャは思った。ダグラスは理詰めで囲い込み諭すタイプだった。
「二言目には忙しい忙しい、いつになったら暇になるのかしら。出来る部下を育成して仕事を引き継ぎなさい。人材育成も経営の一環よ」
「育成もせず子供を二人追い出したあなたに言われたくないです!無神経がすぎます!まだ喪中の!私のトリシャにこれ以上構わないでください!」
憤然とするクリフォードに手を取られトリシャは応接室から連れ出されてしまった。振り返りイルゼに謝罪の視線を投げるもなぜかイルゼは嬉しそうに微笑んで手を振ってきた。
クリフォードの書斎までやってきていきり立ったクリフォードはやっとトリシャの手を放した。
「母がすまない。いつもああだ。無神経に我を通そうとする」
「いえ、私は別に」
無神経?そんなことはない。どのことを言っているのだろうか。爵位継承?仕事の引き継ぎ?クリフォードは何をそんなに怒っているのだろうか。
「とりあえずトリシャは母と関わらなくていい。ろくなことにならない。あの人に関われば必ずこちらが苦労する」
「仕事でしたら別にかまいま」
「ダメだ、気を遣わなくていいから。君は働かなくていい、もっと好きにしていいんだ」
困った、仕事は楽しい。役に立つのは嬉しい。
好きにしていいと言われても本を読む程度しか趣味もない。何をしてもいいなら働きたい。
しゅんとなったトリシャが眉根を下げ上目遣いに訴えた。
「わかりました。でしたらクリフォード様のお手伝いだけでもさせてください」
その上目遣いにクリフォードが目元を染めて言葉を詰まらせる。そして盛大にため息をついた。
「わかったよ」
「ありがとうございます!」
笑顔を弾けさせるトリシャにクリフォードが困ったように笑みを噛み殺した。
「参ったな、こういうところは本当にそっくりだ」
「はい?」
「君もわがままだということさ。そして私はそれに逆らえない」
クリフォードは苦笑いを浮かべて一瞬迷う手を止め、トリシャの頭を撫でた。
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