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✠ 本編 ✠
008 クリフォード③
しおりを挟むここまで考えを巡らせクリフォードはため息を落とした。
あの人はわざとトリシャを一族から出した。レイノルズに取り込ませないために。トリシャにどれほどの株式が相続されたかわからないが、株式をどうするかはトリシャの判断に委ねたのだろう。その上で自分にアレをしろと。
部屋中央のトリシャに視線を投げればアーサーはトリシャの隣りに居て何やらトリシャに話しかけている。既にトリシャ争奪戦で遅れを取っている。
おそらくトリシャに手を差し伸べようと人が殺到するだろう。言われていた求婚云々はともかく、終わったらすぐトリシャに声をかけよう、そう思っていたら弁護士からトリシャとともに名指しで呼び出された。ダグラスから個人宛に遺言があるという。別室に招かれた上で弁護士は退室してしまった。
クリフォード宛の封書は二通。開封すればやはりトリシャと結婚せよという遺言、もう一通はトリシャや他親族へ分配した株式一覧だった。
トリシャをクリフォードの妻に———
この状況は恩師ダグラスの思い描いた状況。これは血の繋がらないクリフォードへの間接的な財産分与だろう。
トリシャへの財産分与は現金や不動産はないかわりに莫大な株式。過半数超えの株式も多い。どの銘柄でもほぼ筆頭株主となるだろう。時価総額でとんでもない額だ。つまり、トリシャを手に入れたものがダグラス所有の会社の支配権を引き継ぐことになる。実質的な後継者だ。
確実に言えるのはレイノルズにトリシャを渡してはいけないということだ。奪われればクリフォードの運営している会社も半分以上乗っ取られてしまう。それを防ぐ現金もない。ダグラスから買い戻しを進めてはいたが、それほどにダグラスはクリフォードの会社にも投資していた。余命一年が半年で急逝。買い戻しが足りない。これはクリフォードに悪く出た。
一方でダリルは莫大な不動産と現金をダグラスから相続している。クリフォードにとってただでさえ危険なレイノルズに強力な火器が与えられてしまった。
だが全てを持っているトリシャを妻にできれば問題は解決する。クリフォードがギリリと奥歯を噛んだ。
トリシャは一族から出され孤立無援、そこへクリフォードがトリシャへ手を差し伸べる。族外に出されたトリシャの再婚にレイノルズも口出しできない。ふたりの結婚を妨げる者はいない。先にトリシャと話ができるようこうして時間まで確保した。おそらく今しか求婚できないだろう。
死んだはずのダグラスがトリシャと必ず結婚しろ、とクリフォードを追い詰めていた。トリシャの幸せを願っていると言いながらこうまでして恩師がトリシャと自分を添わせようとしている、その意図がわからない。守れと言うなら婚姻は不要だ。だがこの境遇のトリシャを捨て置くことなどできもしない。恩師の無茶振りに改めてひどい憤りとめまいがした。
こっちの都合も考えないでここまで退路を断ってきやがった。
あのジジィは半年で死んだ挙句死んだあとでさえこのわがままだ!
だが一番許せないのはトリシャの気持ちを無視したこの行為だ。身寄りのないトリシャに選択の余地などない。ここでクリフォードが求婚してもトリシャは頷くしかないだろう。
「どうなさいました?何か問題でも?」
目元を覆い嘆息するクリフォードにトリシャが気遣ってくる。家を出され身の拠り所もない、自分だって不安だろうに。以前から他人を気遣い思いやる優しい少女だったと思い出した。
「あの人も困った人だ。こんな時でもわがままを言ってきたよ」
トリシャに一通目の遺言のみ渡し、笑顔を浮かべクリフォードは必死に思考を働かせる。
結婚はできない。だがこのまま手をこまねいてはトリシャはレイノルズに取り込まれるだろう。そうなれば今まで苦労して積み上げたものを失う。
それを阻止する方法、トリシャの権限を制限し彼女の身を守れる立場。自分のそばに留め置く。婚姻でないのならただ一つしかない。婚姻よりハードルが高いだろうが成功すれば同等の効果がある。自分には懐いてくれているが男を怖がっているトリシャにはこの方がいいだろう。
トリシャとレイノルズの関係もどうなのかわからない。レイノルズに私利私欲で利用されないとも限らない。そういう意味でもトリシャはこちら側にいた方がいいだろう。
要はトリシャの株式がレイノルズに流れなければいい。トリシャと結婚し自分が相続する必要はない。真のダグラスの後継者はダグラスの商才を引き継いでいるトリシャだ。自分じゃない。
ダグラスの手紙を読んだトリシャは目を見開いている。相当に驚いている様子だ。青ざめて震えている。躊躇いも見えた。
十二も年上の相手、兄弟子との結婚。そういう反応だろう。夫を亡くしたばかりで再婚の話も酷い。だが亡き夫の遺言では断り辛そうだ。彼女の気持ちを尊重してこちらから断りを入れるべきだろう。
結婚はやはり愛し合った相手とするべきだ。トリシャには幸せになって欲しい。トリシャを幸せにする夫、それは自分ではない。ふたりに男女の愛がない。
「すまない、君と結婚はできない。君がダメということじゃない。結婚はしないと決めている」
クリフォードがそう告げれば顔を上げて目を瞠りトリシャは頷いた。
「存じております」
「だが君を気遣ったあのわがままじいさんの思いもわかる。それに今のままでは君は路頭に迷ってしまう。だからどうか私に君を守らせてくれないか?」
難易度は高い方が燃える。 企業合併?いいだろう、交渉は得意だ。この部屋を出る前にトリシャを説得してみせよう。
あの頃の三人のうち二人はもういない。
ならば私が全てを忘れた君を守り導こう。
そのために———
レイノルズに渡さない。
君は私の手の中に。必ず手に入れてみせる。
「トリシャ、私の娘になってくれないか」
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