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✠ 本編 ✠
002 ダグラスの死②
しおりを挟む「トリシャ、大丈夫?疲れた?」
昔に思いを馳せていたトリシャの隣に喪服の青年が腰掛けた。ダグラスの孫のアーサー・レイノルズだ。トリシャの義理の孫だが一つ年下の十六歳ということもあり姉弟のようにふたりは仲がよかった。アーサーは性格も明るくいつも笑顔を振りまいていた。
「これから遺言状公開か。普段集まってこないくせにこういう時だけわんさか人が集まってくるよ。何も貰えないだろうに。意地汚い奴らだ」
「アーサー、そんなふうに言ってはダメよ」
「本当のことじゃん。誰もトリシャに声をかけないし。お祖父様と一番一緒にいたのはトリシャなんだよ?」
「それは当たり前のことでしょう?ダグラス様の妻だったんですもの」
「そうだよ、トリシャが一番大変だったんだ。それなのにあいつらは」
「アーサー、やめて。お願い」
アーサーを優しくたしなめるもアーサーは悔しそうに顔をしかめている。普段無邪気なアーサーの機嫌が悪い。親族の誰かがトリシャを悪くいうところを聞いてしまったかもしれない。自分のトラブルのせいでレイノルズ家も騒動に巻き込まれた。未だにトリシャを悪く言うものもいることはトリシャも知っていたし、そう言うのも当然だと思う。レイノルズに迷惑をかけ自分は身を助けられただけ、遺産相続に加わるべきではない。辞退しようとしたが、トリシャを必ず出席させろというダグラスの指定で遺言状公開に立ち会うこととなった。
「これより故ダグラス・レイノルズ卿の遺言状を公開いたします」
ざわついていた客間がしんと静まり返った。レイノルズ家の弁護士ブレットがダグラスの遺言を読み上げた。家族への感謝、親族へこれからも新たに当主となるダリルを頼む、という言葉が続く。
「嫡男ダリルにはステイル伯爵位を襲爵させる。また私名義の土地、建物、全ての預金を相続させる」
客間にざわめきが起こった。伯爵家だけで相当な資産を有している。ダグラス個人名義の財産はビジネスで成した私財だ。それのおよそ半分がさらに嫡男に分け与えられた。その後、他親族への財産分与が読み上げられる。アーサーにも分与があったが相続は十八歳になってから、という条件がついた。そして最後にトリシャの名前が読み上げられた。
「我が妻トリシャへ、よく私の面倒を見てくれた。私の人生は幸せだった。感謝しかない。ありがとう。これからのお前の人生に多くの幸があらんことを。トリシャをレイノルズ家の籍より外しイングリス姓へ戻すものとする」
客間がどよめいた。それはトリシャを族外に出すという意味だ。トリシャは絶句し目を見開いたまま動けなかった。妻が夫の一族から出された、それは絶縁に等しい。
「私の持つ株式の残り全てをトリシャに。十八歳の誕生日に相続させるものとする」
さらにどよめきが起こる。およそダグラスの私財の半分がトリシャの相続分となった。だが相続は十八歳になってから。一週間前に十七歳になったばかりのトリシャはまだ相続できない。この状況でトリシャは族外に出されてしまった。
「え?なんで?お祖父様はなんでこんな」
アーサーも唖然としている。両親とも死亡、親戚もいない。その状態でイングリス姓に戻された。感謝しかないという文面に反しそれはあまりに酷い仕打ちだ。
その一方で十八歳になったら相続できるとされる株式の額面が莫大すぎる。ダグラスの所有する企業の大口ばかりだ。それらの所有権がトリシャに分与された。
そのチグハグな状況にトリシャは混乱していた。ダグラスの意図がわからない。
自由に生きろと言われた。自分を弔うな、という意味で族外に出されたのだろう。だが相続のタイミングがずれている。原因はダグラスの死期が早まったためだけだろうか。だが宣告どおりの余命だったとしてもやはりずれている。何事も緻密に計算するダグラスが犯すミスとも思えない。何かがおかしい。
「遺言状は以上です。相続分の明細は別途皆様にお配りいたします。次に個人宛の遺言となります」
個人宛の遺言?そんなものが?場が再びざわめく中で弁護士ブレットがふたりを指名した。
「ステイル伯爵夫人、およびミスター・サーベラス。こちらへ、別室でお話しいたします」
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