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✠ 本編 ✠

036 夢と現実②

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 山荘から戻って二月が経った。

 途中月のものを挟むもそれ以外は毎夜クリフォードはトリシャの寝室を訪れた。朝食を共に取りクリフォードの仕事を手伝う。昼食、仕事、夕食、食後の時間、そしてまた夜クリフォードに貪られる。

 トリシャは一人自室のソファに腰掛け深いため息をついた。最近睡眠が少ない。意識が朦朧としている。仕事に支障が出かねない。クリフォードも同じはずなのに普段通り仕事をしている。これは体力の差なのだろうか。

 トリシャの一日はクリフォードに支配されていた。今までであれば当たり前のこと、共にいる時間が長くても気にさえしていなかったのに。

 昼のクリフォードは紳士的、トリシャを優しく気遣うが深夜になれば豹変する。執拗にトリシャを快楽に落とそうとする。
 アーサーの来た日は特にひどく攻められた。ただの偶然なのか。だがレイノルズのアーサーに会ってはいけないとよく言っている、だから機嫌が悪いのか。その纏わりつく様な執着はトリシャを絶対に手放さないと言っているよう、それは嬉しいことなのに恐ろしいことのようにも思えた。

 あの日、遺言状公開の日にクリフォードの手を取った。あの時にもうこうなることは決まっていたのかもしれない。

 朝トリシャの目が覚めれば裸でひとりでベッドに眠っていた。クリフォードは明るくなる頃には必ずトリシャの部屋からいなくなっていた。行為が始まってからのち、抱き潰されトリシャはいつ寝てしまったかも覚えていない。

 朦朧としているせいか、日中でも気を抜くと無意識にクリフォードの体に手を伸ばしていた。夢と現実の混濁。クリフォードに夜ごと快楽漬けにされている。昼なのに夜のような錯覚に陥り体が欲情していた。ひやりと我にかえり慌てて伸ばした手を隠す。コリンズ達の前でこれは危険だ。気をつけないといけない。

 トリシャは不安な気持ちを押し殺した。この気持ちの原因もわからない。ただ、山荘の頃のふたりとは何か違うと感じていた。何か狂っている、どこか歪んでいる、と。

 ため息と共に仮眠をとるべくトリシャは寝室に向かった。
 多分今晩も眠らせてもらえないだろう。



 だがその晩、歪んだものが目の前に突きつけられた。

 話がある。そうクリフォードに呼ばれてトリシャは夕食後に書斎に向かった。いつもの談話室ではないことに胸騒ぎがしていた。

「君に縁談が届いた」

 トリシャの呼吸が止まった。
 一瞬意味がわからず、思ったことが口から出た。

「縁談?私にですか?」
「縁談自体は複数来ていたが条件が合わなかった。ふるいにかけて今回の縁談は合格の最低ラインは超えてきた、といったところだ。相手は伯爵家、名家だ。金は‥そこそこだが歴史はある。相手は嫡男、君より五つ年上だ」

 淡々と相手のプロフィールを語るクリフォードは顔色一つ変えない。まるで仕事の説明をしているようだ。

「‥‥なぜ‥?」
「養子縁組の件も君の所在も一般には伏せている。君への面会も謝絶したままだ。だが私が君の後見人になったことは一部に知られ出した。喪も明けた。だから私宛に縁談の申し入れが届いた」

 それはそうだろう。後見人とはそういうものだ。だがなぜはそういう意味じゃない。

 クリフォードが自分に縁談の話をしている。それが信じられない。

「評判は悪くない。ざっと調べたが私生活は綺麗だな。金遣いも荒くない、愛人もいないようだ。家に負債もない。まあこの程度は普通だな。君に既婚歴があっても構わないと言ってきた。どうする?」

 どうする、とは?

 クリフォードがじっとトリシャを見てきた。トリシャの返事を待っているとわかる。トリシャの背を緩い汗が流れ落ちた。

 答えなど一つしかない。

「すみません、お断りいただけますか?私はまだ‥」

 じっとトリシャを見つめていたクリフォードが目を閉じた。

「‥‥そうだな、わかった。私からそのように対応しておこう」
「すみません」
「いや、謝らないでいい。君の好きにしていいんだよ」

 好きにしていい。好きにしろ。

 それはトリシャを思いやって言っているのか、それとも突き放しているのか。

「‥あの」
「なんだい?」

 クリフォードに微笑まれトリシャはさらに凍りついた。いつもの笑顔なのになぜか震えが止まらない。舌がうまく動かない。思考が止まりそうだ。必死で言葉を紡いだ。

「あの‥頭痛がするので、今日は休んでもよろしいでしょうか」
「大丈夫か?そんな時に呼び出してすまない」
「いえ、あの」
「もういいから部屋に戻って。最近無理をさせている。今晩はゆっくり休めばいい」

 それはクリフォードはもう寝室に来ないという意味だろう。動揺を気づかれたくない、足早に書斎を出て自室の寝室に駆け込み、やっとひとりになったところでトリシャはその場に崩れ落ちた。

「なんで‥縁談なんか‥」

 クリフォードの考えがわからない。トリシャが嫁いでも構わない、そういうことだ。じゃあなぜ毎晩トリシャのもとを訪れる?ただ快楽のため?縁談も引き止められなかった。トリシャのことをなんとも思っていないのだろうか。

 わからない、わからない‥‥

 言い訳のはずだったのに本当に酷い頭痛がしてきた。寝不足も影響しているのだろう。

 もう何も考えたくない。喪服を脱ぎ捨て夜着にのろのろと着替えベッドに向かう。そして寝具の中に潜り込んでトリシャは意識を閉じた。





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