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✠ 本編 ✠
030 夢の国①
しおりを挟むトリシャは暖かい温もりの中で目を覚ました。見覚えのない天井、ぼうとそれを見上げここが別荘だと思い出した。だがここはトリシャに準備された部屋ではない。大きすぎる。
「目が覚めたか」
そう耳元で囁かれ、視界の外から大きな手が伸びてトリシャを抱き寄せる。一人じゃない、その声を知っている。その衝撃でガチンと固まった。
「クリフォード‥さま‥‥?!」
「様はいらない。ふたりだけの時はクリフでいい」
なぜここにクリフォード様が?!一緒に寝てる?!
そこで昨晩のクリフォードの帰還から情事までの一部始終が脳内を駆け巡った。
昨日私はクリフォード様と———
「体はどうだ?無理をさせたな」
クリフォードはトリシャを慰ってくるがトリシャはそれどころではない。あのクリフォードと一線を越えてしまった。夢に見てはいたが現実となるととんでもない展開だ。クリフォードと目も合わせられずトリシャは視線を逸した。
「だだだだいじょうぶです!ここは!」
「私の部屋だ。あちらは‥ふたりで寝るには狭いからこちらにつれて来た」
暖炉には火が焚べられ部屋は暖かい。ベッドも大きい。全てが居心地良く整えられていた。
そこでふと自分が昨晩と違う夜着を纏っていると気がついた。新しい下着も身につけ体も清められているとわかる。全て自分が持って来たものだ。自分でやった記憶もない。
ということは?
戸惑うトリシャをクリフォードが別の方向で気遣った。
「すまない、手加減が利かなかった。痛み止めは効いているか?痛むようならもう少し塗った方がいいかもしれないな」
「え?」
「ん?どうした?」
痛み止め?塗る?
初めては痛いと聞いていた。確かに昨晩クリフォードに貫かれた時はすごく痛かった。だが今下腹部は鈍い痺れを感じる程度。
痛み止めが効いている
そこでトリシャは全ての事の次第がわかり血の気が一気に引いた。
あの情事の後、クリフォードが意識を失ったトリシャの体を清め夜着と下着を着せた。なおかつ痛むだろうとトリシャの中に痛み止めを塗った。その間、自分は目を覚ますこともなく寝ていた、ぐーすかと。この部屋に移って来たのは、おそらくあちらのベッドがトリシャで汚れたから。そこまでクリフォードに気遣われた。
最悪だわ!恥ずかしすぎる!!
「ううううッごめごめごめ」
「あ!いや違う!なんだか準備万端備えていたみたいだがそうじゃないからな!決して計画的じゃ‥グレースが何やら誤解して‥薬一式を用意していて‥いや、結果的には助かったんだが」
「!!!!!!」
グレースに誤解されていた。
滅多に女性を伴わないクリフォードがトリシャを連れてふたりだけでこの山荘にやってきた。トリシャは喪服を着ていない。親子なのだが何も知らなければ誤解もするだろう。お似合いだとまで言われてしまった。だからあれ程熱烈歓迎されていたのだ。挙句薬まで用意されていた。
そういうことをする関係と思われた
トリシャがぼふんと赤面し、上掛けを引き上げた。もういたたまれなさすぎてクリフォードにあわせる顔がない。
いらないことを言った、クリフォードも目元を覆い嘆息する。
「この話はやめよう。食事の準備をする」
グレースはいない。自分たちで食事を準備しなくてはいけない。起きようとするトリシャをクリフォードが押し留めた。
「私がする。君は休んでいるんだ」
「でも」
「ここの暮らしには慣れている。大丈夫だ。準備はできているから」
ベッドから起き上がったクリフォードも寝間着を着ていた。ガウンを羽織りスリッパを引っ掛け部屋を出ていく。入れ替わりにチェスターが入ってきた。もう食事をもらっていたのかご機嫌だ。おそらくクリフォードは先に起きていて、眠るトリシャを気遣い全て整えていたのだろう。
ベッドの中で半身を起こしチェスターを膝に抱き上げる。頭を撫でながらトリシャはふぅと嘆息した。夜着の中を覗き込めば胸元に赤い痕が散っている。胸元の傷痕の上に、それも大量に。それらにさらにトリシャの鼓動が跳ね上がった。
夢じゃない。膣内のかすかな痛みもある。体がだるい。
今回はクリフォードの記憶も残っている。
そういうことをした関係になってしまった。
トリシャの体の秘密も知られてしまった。
だが嫌われなかった。だたそれだけだったがほっとする。クリフォードに嫌われたらきっともう生きていけないだろう。
窓の外は風は落ち着いたもののまだ雪は降っている。一面真っ白だ。これはしばらくここから出られないだろう。幻想的、だが自然がふたりを世間から隔離している。ここは本当に無人島のようだ。耳をすませば静かなはずなのに雪が降り積もる音が聞こえるようだ。
トリシャはチェスターと共に雪景色をぼうと眺めていた。
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