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✠ 本編 ✠

021 秘密基地①

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 ダグラスの死から一月半、トリシャの喪が明けた。トリシャにとっては何も変わっていなかったが、日常は少し騒がしくなった。早速アーサーが訪ねて来た。

「トリシャ!元気だった?」
「アーサー!」

 無邪気に抱きついてくるアーサーを笑顔で抱きとめた。遺言状公開の日にレイノルズを出て以来の再会だ。

「ずっと会いたかったよ。喪が明けるまで我慢したんだ」
「どうやってここが?」
「父さんから聞いた。あ、ちゃんとこっそり来たから大丈夫だよ。それよりなんでまだ喪服着てるの?」

 喪が明けたのにトリシャはまだ喪服を纏っていた。当然の疑問だろう。

「‥‥まだこれを脱ぐ気になれなくて」
「ふぅん?そうなんだ?」

 アーサーはよくわかっていないようだ。喪服を脱ぐということは日常の生活に戻ること。ダグラスのいない世界でひとりで生きる。だがトリシャはまだ普通の生活に戻りたくない。ダグラスを忘れたくない。これはわがままな拒絶だ。子供のような自分、そこを問い詰められると苦しい。誤魔化そうと話題を変えた。

「それはそうと、ダリル様はお変わりないかしら?ずっとお世話になってたのにダリル様には最後ご挨拶もできなかったわ。仕事もおいてきたままだったし、大丈夫だったかしら」

 ダリルには弁護士経由で連絡がいっていたのだろう。トリシャがその後どうなったか事情は知っているはずだ。

 トリシャにとってダリルは義理の息子。関係は良くも悪くもない。距離はつかず離れずといった感じだ。領地の帳簿で関わることがほとんどだったため、ダリルは家族というよりも上司のようだった。トリシャの事情を知っていてあえて距離を取ってくれているとトリシャもわかっていた。
 ダリルは人間関係でよく気を配っていたが何故かクリフォードとだけは関係が良くなかった。父ダグラスがクリフォードに目をかけていた。クリフォードを嫌いというよりライバル視が正しいだろう。

「父さんもトリシャを心配してたよ。お祖父様の遺言だったしレイノルズのことは気にしなくていいって。領地の帳簿もきっちり記帳されてて大丈夫だって言ってたよ」
「よかった、アーサーからよろしくお伝えして。ダリル様は無事に爵位は継がれたのね」
「爵位は先週継いだよ。でもやってることは以前と変わらない。あ、でも夜会にはたくさん行ってる。あれ、僕はやだな」
「社交界とはそういうものよ。アーサーも今後のためにマナーを身につけないと。ダンスは練習していて?」
「それはスクールでやってる。僕結構うまいんだよ?そうだ!トリシャも今度夜会に行こうよ!僕がエスコートするから」
「わ‥‥私はいいわ」
「えー!そんなこと言わないでさ。行こうよ行こうよ!」

 トリシャは夜会に出席したことがない。ダグラスも社交界には顔を出さなかったがトリシャにも夜会に参加できない事情があった。よってダンスの練習もしていない。アーサーはトリシャの事情を知らない。ダグラスに付き合って夜会に行かなかったと思っているのだろう。
 アーサーにねだられどうなだめようか困っていたところで救いの騎士が現れた。

「アーサー、いい加減にしろ。レディが断ったら大人しく引くのが紳士のマナーだろう?」
「クリフォード様!」
「うげ、うるさいのが帰ってきた」

 助けてくれた。こんなことにも嬉しくてトリシャの声が自然と高くなる。一方でアーサーはぶすっと不機嫌になった。

「クリフォード様、お戻りだったのですね。出迎えに行けずすみません」
「いや、来客中と聞いていたがアーサーだったか。アーサー、勉強はちゃんとしているんだろうな」
「いちいち言われなくてもしてますー」
「お前の年くらいで私は飛び級スキップしてカレッジに上がった。トリシャはもっと前に経営学の学士課程まで終えてる。お前はどうなんだ?」
「ちぇ、その話は聞き飽きたよ」

 クリフォードは芽がある相手には口うるさい。見込みがなければ相手さえしないのだ。つまりアーサーは素質ありとクリフォードに評価されている。そこがアーサーには伝わっていないのが勿体無い。

「やればできるだろうに、お前にトリシャの勤勉さがかけらでもあればよかったのにな。トリシャはどうやってモチベーションを保っていたんだ?やる気を維持するのは大変だったろう?」
「あ!それ僕も聞きたい!」
「え?!ええっと、どう‥だったでしょうか」

 クリフォードに褒めてもらいたくて頑張りました!とは本人の前で言えない。教育機関にいる間はまだ生徒だ。そこを脱したくて、クリフォードの前で一人前の大人の女性になりたくて在宅受講で頑張った。だがクリフォードはそこにかけらも気が付いていない。

「トリシャは子供の頃から賢かったからな。私が教えた中でダントツだった」
「もうその話はいいよ。トリシャ!夜会がダメだったらどこか一緒に遊びに行こうよ。行きたいところはない?」
「えっ‥と、そうね。特にはないかしら」
「えー?いっこもないの?」

 正直外にも全く興味がない。そもそも世間が怖くて引きこもっていた。ダグラスに付き添っていたせいではない。過去のトリシャの事情もアーサーは知らないからこれは仕方がないことだ。だが事情を知るクリフォードが暴走気味のアーサーを牽制した。

「いい加減にしろ。お前ももう学校は始まったのだろう?遊んでばかりいないでもっとやることがあるはずだが」
「あーはいはい。もううるさいなぁ。じゃあ帰る。トリシャ、また来るね」
「勉強頑張ってね」
「うん、頑張る!今度一緒に遊びに行こうね!絶対だよ!」

 笑顔で無邪気に抱きついてくるアーサーにトリシャから苦笑が溢れる。いつも明るいアーサーに引きこもりだったトリシャは慰められていたのだ。

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