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✠ 本編 ✠
025 約束①
しおりを挟むクリフォードの戻りを待っていたトリシャだったが、陽が落ちても雪は止む気配はなかった。吹雪いている外の様子を窓から眺め、予想外の展開にトリシャはため息を落とした。
山の天気は変わりやすい。まだ秋を迎えたばかりだと思っていたのにこの吹雪だ。雪も降っているが風が強い。夕方には戻ると言っていたクリフォードもさすがに今日はふもとの村に残るだろう。この天候で戻ってくるのは無謀だ。
管理人のグレースはすでに冬に向けて備えてくれていた。暖炉用の薪も蓄えられている。備蓄庫を見回し自分で調理できそうなもので簡単な夕食を取った。それくらいの料理はできた。
風呂はあったが湯の出し方がわからない。それならばと暖炉で湯を沸かし体を拭いて着替えを済ませる。ここまでひとりきりだ。常に侍女やメイドが付き従っていた生活、ひとりになるのは初めてのことだった。自分を守るクリフォードでさえいない。普通であれば無防備な状況に恐怖を感じたかもしれないが、この悪天候の中で別荘を訪れる者もいないだろう。チェスターだっている。そう言い聞かせ震える手でランプを持って自室に向かった。
グレースに言われてトリシャは二階の一番奥の一部屋を選んで自室にした。赤いカーテンが可愛らしい。選んだ部屋がクリフォードの部屋から一番遠いのは意識し過ぎだろうか。
だが部屋に戻ったところで微かな物音に気がついた。
風の音?吹雪で何か倒れた音かもしれないけど。
板が打ち付けるような音がした。風ではない。遠くで扉が開いて閉まる音だ。戸締まりは全部した。確認した。だから音は家の外だ。
確認しに行くべきだろう。風で納屋の扉が開いてしまったのかもしれない。きっとそうに違いない。馬は今いないが雪が吹き込んではよくない。だが体を清め夜着に着替えてしまった。また着替えなければならない。そう思い窓から外を覗いていたトリシャがあるものを見つけ息を呑んだ。体がガクガクと震える。
「そんな‥‥なんで‥‥」
外に黒い人影がいる。深く帽子をかぶった見覚えのない身なりの男、クリフォードではない。ガチャガチャと音がする。そしてガンガンと何か叩きつけている。扉のきしむ音と共にその男が別荘の中に姿を消した。
中に入ってきた。施錠したはずなのにこじ開けられた。息を殺して耳をすませば階下から軋んだ音が聞こえた。硬いブーツの音だ。規則正しく板間を踏み締めるそれが部屋の中を歩いている。何かを探しているように。ガサガサと何か音もする。
この悪天候の中で人が無断で他人の家屋に入る。遭難者が避難のために押し入った?無人の山荘と思って?それとも盗みだろうか。まさかトリシャが一人だと知って?かつてその身に刻み込まれた恐怖が迫り上がりトリシャは酷く狼狽した。体の震えが止まらない。
慌ててハンドバッグを探り黒光りするリボルバーを取り出した。護身用に密かに携帯していたものだ。震える手で銃を握りしめる。
荒い息でトリシャはランプの灯りを消した。暖炉の炎を残して部屋に暗闇が落ちる。その間に足音が階段を上がってきていた。音を忍ばせているが確実に近づいていている。他の部屋の扉を静かに開けて中を確認しているようだ。
震える体と荒い息をなんとか宥めようと深呼吸するが効果はない。恐怖でガクガクと手が震えた。
あの男に見つかればどうなる?
殴られる?蹴られる?女一人きりだ、敵わない。
きっともっと酷い目に遭う。
そして———
どうしよう‥こわい‥
その最悪を予想しぎゅっと目を瞑った。同時に震えながら手の中の銃を握りしめた。
「クリフォード‥さま‥たすけて‥」
そこでチェスターが部屋にいないことに気がついた。この部屋に戻って来た時には確かに連れて来たのに。廊下に続く扉が薄く開いている。トリシャが慌ててる間に部屋の外に出てしまったとわかった。
「チェスター?!‥‥そんな‥嘘でしょう‥?」
チェスターさえいない。大した戦力ではないが、それでも本当にひとりきりになってしまった。
足音がトリシャの部屋の扉の前で止まる。中の様子を窺うようなしばしの沈黙。トリシャの気配を探っている。そしてノブに手がかかる。扉が開く。トリシャは黒い人影に震えるリボルバーを向けて、その男と目があった。
「トリシャ?」
「———クリフォード‥様?」
見たことのない黒い帽子とコートを纏ったクリフォードがトリシャを唖然と見おろしていた。両手で銃を構えるトリシャを。クリフォードの手にはしっぽを振るチェスターを抱いている。あまりのことでトリシャは口を開けたまま凍りついた。
「なんで‥?」
「まずはその銃を下ろしてくれないか?ちなみに銃鉄を下ろさないと弾は発射されない。引き金に指をかけることも忘れるな」
我に返り銃を持つ手を慌てて背後に隠した。銃鉄を下ろさず、更に引き金に指もかけず銃を握っただけ。素人だとバレバレだ。とんでもないところを見られてしまった、よりによってクリフォードに。
チェスターはクリフォードとわかっていつも通り出迎えに部屋を出た。チェスターが吠えていなかった。冷静なトリシャだったらチェスターの反応でそうとわかっただろうに。クリフォードがチェスターを床に置けば嬉しそうに短い足で飛び跳ねた。
「すまない、怖がらせたか。鍵も扉も凍りついててこじ開けたんだ。村で冬外套に着替えたから私とわからなかったな。明かりもなくて君の部屋もどれだかわからなくて。もう寝たのかと思ったが、一応確認だけしようと思って来た。一人で大丈夫だったか?」
声をかけてくれればよかったのに、と言いかけて口を閉じた。足音を忍ばせていたのはトリシャが寝てると思ったからだろう。クリフォードの説明で全て辻褄が合う。
吹雪 暗がり、遠目。状況は悪かったがそれでもクリフォードを見間違えた。纏った服が違っても普段なら背格好でわかっただろう。初めての一人という状況ですでに怯えていたからだ。冷静であれば全てわかったはず。理性が戻れば怯え過ぎていた自分が恥ずかしい。同時に感情が爆発した。
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