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✠ 本編 ✠
044 ジェシカ④
しおりを挟む「脱線?えっと、どこだっけ。そうそう、オレを殺す件。失踪人届、死亡手続きだ。行方不明から七年後に受理されるやつ、先週で七年経った。連絡の取れないオレと離婚するならこれしかない。うちの弁護士が止めてたのにお前無理矢理出そうとしてただろ?独身主義のこいつが随分と焦ってるなってちょっと調べたら君が出てきてピンときた。つまりそういうことだろ?」
「別にそういうわけじゃ」
子供のように口篭るクリフォードは初めてでトリシャはしげしげとクリフォードを見上げた。ジェシカの前ではクリフォードはいつもこうなのだろうか。
「後見人になってまで執着してんじゃん」
「最初は違う!全くの善意‥というわけでも‥ここまでこじれたのは全部お前のせいだからな!」
「あ、それもそっか。でもこれで問題は解決だ。そうだろ?そういうわけでさ」
ぱんと手を叩いたジェシカは満面の笑みだ。
「この度めでたく遺産はいただいた。土地はクリフォードに譲渡手続き完了。離婚手続きはそっちの弁護士に連絡するように手配したから忘れずにサインしろよ?」
「当然だ」
「これでわかっただろ?どんなことでも契約書を作れ。これ、別れた妻からの訓戒な」
「もうお前に関わらないからそれはいらない」
「それもそうか」
ジェシカがさらにケラケラと楽しそうに笑う。そこで馬車の扉がノックされた。ジェシカが嬉しそうだ。
「おっと、もう時間か。お迎えが来た」
「お迎え?」
ジェシカが笑顔で馬車の扉を開けた外に男性が立っていたが男性と呼んで正しいのかトリシャは迷ってしまった。
ロングコートを纏い白金の長い髪を一つに束ねた紳士だが、その顔が美しすぎた。化粧を施し着飾れば絶世の美女になるだろう。だがトリシャの体がぞくりとその美女を拒絶した。そっとクリフォードの体に身を寄せる。
男性恐怖症が発動した。つまり———
「トリシャ?どうした?」
「男‥の方?」
「すげぇ、こんな美人なのによくわかったな」
「ジェシカ、それはやめてくださいと何度も」
男装の絶世の美女が目を瞑り嘆息する。見た目と違い声は低い。ジェシカがすすとトリシャに近づいてそっと囁いた。ジェシカは流し目で外の男性を見ている。
「いいオトコだろ?オレの部下でライナスっていうんだ。オレの嫁だ。凄腕の怪物だけどな」
「よ?」
部下が嫁?怪物?どういう意味だろう?
「オレの好みど真ん中。嫁はこのぐらい美人で強くないとな。例の組織もこいつが最後メッタ切りにしたんだ。しかも一人で。すげぇだろ?オレもこれでフリーになったしこれから全力で口説き落とす予定。あ、重ねていうがあっちが男な。ちょっとした火遊びくらいならいいが、流石に女はオレの嫁にできない」
「‥‥‥‥はい?」
ざらざらーっと聞かされたがほぼ意味がわからなかった。
んん?誰が誰の嫁?二人とも大変美しい男装の麗人。ではなくあちらは男性だから男装じゃあない。あれ?じゃあ嫁って?ジェシカさんが男装してあちらを女装させるという意味?またはその逆でジェシカさんが嫁で女装?えっと、ジェシカさんは女性だから女装ではなく‥‥
なんだかよくわからなくなってきた。
「ジェシカ、時間がありません、次がつかえています」
「もう少し休暇くれていいのにな。まったく人使いが荒いよ」
ライナスに急かされジェシカは銃を二丁しまい髪を帽子に突っ込んで男装に戻る。背も高く肩パットでも入れているのか帽子を深く被れば女性とは思えない。
「もう行くのか」
「まぁね。こんなオレでも需要があってな、出世もしたしぼちぼち忙しいんだよ。多分もうここには戻らない。七年間世話になったな、クリフォード」
「世話はしていない。次はないが、万一あるならもう黙って消えるなよ」
「そうだな、お前に殺されないように気をつけよう」
ジェシカがにかっと笑う。その顔はいたずらを思いついた少年のようだ。その笑顔のままでトリシャの手を取る。
「トリシャも、こいつのことよろしく頼む。大人の君なら安心だ。悪いやつじゃないんだが、こいつ女運がすげぇ悪い。性悪に引っかからないように気をつけろ。君に出会えたのはこいつの最大の幸運だ。あと今回もだがたまにすぽーんときれいに抜ける。致命傷じゃなかったらある程度のポカは許してやってくれ。鈍感無神経はもう知ってるな?あとなんか申し送りあったかな?」
「余計なこと言うな!さっさといけ!」
性悪とは誰のことだろう。確かクリフォードの母イルゼもジェシカを性悪と言っていた。契約結婚した挙句、結婚直後から七年も失踪しては悪しざまに言われても仕方ない。自分の経歴を考えれば言えた立場ではないのだが。
クリフォードに手で追い払われてジェシカは不満げだ。
「元夫はつれないなぁ。じゃあ元妻から後妻に祝福な」
笑顔のジェシカがトリシャの肩を抱き寄せチュッと額にキスを落とした。それに男性二人が気色ばんだ。トリシャはクリフォードの手の中に、ジェシカはライナスの手の中に引き込まれる。
「いい加減にしろ色情狂!トリシャ!大丈夫か?!すぐに消毒しないとあの性癖が伝染る!」
「クリフォード様?」
ハンカチで額を拭われてしまった。女性同士のキスなのになぜそんなに怒っているのだろうか。一方ジェシカもライナスに叱られている。
「ジェシカ!それはダメだと何度言えば!男付きに手を出すとこじれるでしょう?!」
「ちぇ。いーじゃんデコチューぐらい」
「トリシャが汚された!さっさとどこへでも行け!それを二度と放し飼いにするな!」
「クリフォードナイス!ライナスがオレの飼い主になるならおとなしくなるかもな!」
「私に猛獣を飼う趣味はありません」
ライナスはバッサリだがジェシカはにこにこしている。こういうライナスを気に入ってるようだ。
馬車を降りたジェシカが笑顔で手を振ってくる。本当に幸せそうだ。頑張って!とトリシャもジェシカに窓から手を振った。
「あー!カネあんのに遊べねぇ!ライナス、ちょっとだけどっか遊び行こうぜ?カジノとか。おごるからさ」
「時間がありません」
「ちょっとだけだって!ダメ?ひっでぇッ」
行き交う人が二人に視線を送る。主に顔を晒しているライナスにだ。きっと男を連れた男装の麗人に見られているのだろう。実際はその逆である。
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