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✠ 本編 ✠
014 温室①
しおりを挟むトリシャは物音で目を覚ました。夕食後、自室のソファで本を読んでいてうたた寝をしていたようだ。
「いつの間にか寝ていたのね」
足元で伏せていたチェスターが起き上がり一階に行こうとしている。これはすっかり仲良くなったクリフォードを出迎えるためだ。エントランスホールから声が聞こえてきた。
「クリフォード様‥‥戻られたのかしら?」
今晩は戻らないと言っていたから油断していた。着替えないでおいて良かったとトリシャは安堵の息を吐いた。服を整えチェスターと一階に降りていく。ホールでコリンズに声をかけた。
「旦那様は?戻られたのですか?」
「先程お戻りです。温室に向かわれました」
「ありがとう、行ってみます」
すでにチェスターは温室に向かって駆けている。カリカリと扉に爪を立てるチェスターに気を付けて温室の扉を開けた。緑の空間が目に飛び込んでくる。
そこはふたりだけの癒やしの空間だった。
オフの日にはクリフォードは一日ここでゴロゴロしている。普段真面目に働く姿からは想像できないだらけぶりだ。
クリフォードは今まではそんな隙だらけの姿をトリシャには見せなかったが、家族になった今は警戒なく晒している。緊張が解け男性的な色香を纏うクリフォードはトリシャには刺激が強すぎる姿だ。だらけた姿でも幻滅どころかいっそドキドキが止まらない。
温室にはトリシャ専用のソファも置かれ、トリシャもここで本を読んだり刺繍を刺したりとクリフォードと同じ時間を過ごしていた。トリシャにとって愛おしい時間、一緒にいられるだけでこんなに幸せだ。
想いを断ったはずなのに、今まで知らなかったクリフォードの姿を見るたびにますます惹き付けられる。一緒に暮らしている時点で想いを断つなど土台無理だったのかもしてない。
本気で想いを断つなら親子関係を解消してここを出るべきだろう。だがそんなこと不可能だ。物理的にも精神的にこれほどにクリフォードに依存している。クリフォードなしでなんて生きていけない。
想いを断てない。
抜け出せず焦がれに焦がれあがき続ける。
底なしの深い沼に嵌った。
トリシャはそう自覚した。
ソファの脇から足だけが見える。その足元にチェスターが元気よく駆けていきじゃれついていたが、構ってもらえず奥へ駆けていった。ソファのクリフォードはいつもと様子が違っていた。
「クリフォード‥様?」
クリフォードはなぜかトリシャ専用の長ソファに寝転がって目を閉じている。上着を脱いでタイを外している。サイドテーブルには酒瓶にグラス。飲みかけなのだろう、濃い色の液体がグラスに僅かに残っている。薄めず原液を飲んだようだ。クリフォードが酒を飲んだ姿を初めて見た。
苦しそうな表情で目を閉じ横になるクリフォードにトリシャは驚いていた。目を閉じているのに眉間のしわが深い。クリフォードの疲れ果てた姿に胸が痛む。
最近特にお忙しそうだったわ。お疲れなのね。
守ってもらってばかり、何かお返しができないかしら。お疲れを取るすべがあればいいのだけれど。
隣に腰掛けトリシャのひざ掛けをクリフォードにかけたが大きな体には全然足りない。夏も過ぎて秋にかかり夜は少し肌寒い。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。本当はベッドに寝かせたほうがいいのだが、疲れ果てて寝ているクリフォードを起こすのは忍びない。
さんざん迷ってやはり起こそうとクリフォードの肩を揺すった。
「クリフォード様、起きてください。ここで寝てはお体に障ります。起きて———」
肩を揺すっていた手がおもむろに握り取られ、前のめりに引き倒された。ソファに倒れ込んだところに何かがのしかかって来て更に驚く。見上げればクリフォードが自分に覆い被さっていた。起こし方が半端だった為か、何かぼぅとした表情だ。目を細めトリシャを見下ろしている。何か訴えるようなその目から視線を反らせない。
「クリフォー‥‥ンッ」
名を呼んだ口を塞がれた、口で。その衝撃でトリシャは目を見張り体をこわばらせた。強引に親指で口を割られ柔らかいものがトリシャの口内に押し込まれる。それがクリフォードの舌だとわかった頃にはトリシャの舌も絡めとられていた。
初めて異性に押し倒され口づけられた。ダグラスとは歳の差もありそのような行為もなかった。男性が怖いトリシャが誰かとこのような行為ができるはずもない。
出来るのはただひとり———
「ハァ‥クリフォー‥さま‥待ッ」
さんざん口内を舐られた。やっと開放され息の上がる口で囁くもまた強引に塞がれた。獣のように奪われ犯される。手でもがいても体格差であっさり抑え込まれてしまった。
「んッ んん———ッ」
常に紳士でトリシャに優しいクリフォード、そのクリフォードに襲われている。それが信じられない。同時に深いキスの味と香りでなぜこうなったのかわかった。
酔っている。きっと目も覚めていないんだわ。
そうでなければクリフォードがこんな乱暴を働くはずもない。半端な起こし方がいけなかった。
だがこの状況でクリフォードを起こすのはまずい。真面目なクリフォードならきっとトリシャを強引に犯したと思うだろう。酔って寝ぼけている。これは事故だ。ひどいことをしたと思って欲しくない。
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