14 / 61
✠ 本編 ✠
011 イルゼ①
しおりを挟むクリフォードと暮らし始めて一ヶ月が過ぎた。
ある日のこと。
「お嬢様、お客様です」
今日クリフォードは調停交渉のため外出している。ダグラスが保有していた会社でクリフォードが 最高経営責任者として労使交渉している先だ。トリシャが十八歳になれば株式相続で筆頭株主になる。昨年から揉めていたが交渉が大詰めということで、元々忙しいクリフォードも最近特に多忙を極めていた。
「お客様?旦那様に?」
来客?そんな予定を聞いていただろうか。
小首を傾げるトリシャにコリンズが困ったように眉根を下げた。
「いいえ、お嬢様にです。大奥様がお見えになりました。来訪のお約束はございません」
「?おお?‥おくさま‥‥‥!!!」
大奥様、つまりクリフォードの母親。エリザベス・プリムローズ・ロージア伯爵である。ダグラスから話は聞いたことはあったがトリシャは直接顔をあわせたことはない。養子縁組後もクリフォードは母親に会わせようとしなかった。
それが先方からやってきてしまった。
クリフォード不在中にアポイントも先触れもなしで。
これは大変なことだ。
「今どちらに?」
「応接室にご案内しております」
「すぐ向かいます」
喪服姿では髪を整える程度だが、慌てて身だしなみを整え応接室に向かう。優雅にお茶を飲む黒髪の貴婦人が目を細め入室したトリシャにおっとり微笑んだ。
「ようこそおいでくださいました、ロージア伯爵」
「あなたがトリシャね、突然押しかけてごめんなさいね」
口では謝っているが声音は悪びれていない。若々しい見た目はクリフォードの母親には見えない。同じ艶やかな黒髪に黒眼。目元がクリフォードにそっくりだ。クリフォードの姉と言われても違和感はなさそうだ。
「クリフが全然会わせてくれないからこちらから来ちゃったわ。今あの子はいないでしょう?」
「はい」
「じゃあ少し話をしましょう。畏まらないで。あなたは私の孫になったのでしょう?そうね、私のことはイルゼと呼んでちょうだい」
「ありがとうございます、イルゼ様」
「さぁさぁ、隣においでなさいな。顔をよく見せて」
お 義祖母様と呼ぶには若すぎる。名前呼びの許可が出たのでその通りにすることにした。イルゼの隣に腰掛けコリンズの出した茶を一緒に飲みながらイルゼからの問いに答えていく。
「あなた、ステイル伯爵夫人だった頃はダグラスの仕事の手伝いをしていたのでしょう?領地管理はしていて?」
イルゼとダグラスは旧知の仲だ。ダグラスの最初の妻のマリーはイルゼととても仲が良かったという。マリーの死後、ダグラスとイルゼは友人として手紙のやり取りをしていた。クリフォードがダグラスに弟子入りしたのもこの縁があってのことだ。
最初の質問がいきなり仕事。養子縁組の経緯について聞かれると思っていたトリシャは驚くも正直に答えていく。
「帳簿の確認や予算管理は任されておりました」
「ステイル伯爵領は広いでしょう?大変だった?」
「広大でしたが管理者がつけた数字を計算して転記していたので問題はありませんでした。ダレン様にも確認いただいてました」
「あら素敵。なら帳簿は問題ないのね。私は苦手なのよ。他にはどんなことをしていて?会社運営はどう?館の差配は取っていたかしら?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す義祖母はなぜかイキイキしている。質問は仕事のことばかり。てっきりトリシャに苦言が出るとばかり思っていた。
一通り聴き終わり満足したのかイルゼがふぅと息を吐いた。
「よくわかったわ、ありがとう。ところで、我が家の問題はクリフから聞いていて?」
「お兄様のお話ですか?それはダグラス様から聞いておりました」
「そう、それ。ちょっと困ったことになっているのよ」
困ったこと。ちょっとではない。
それはロージア伯爵家の後継問題だ。
プリムローズ家には二人の男子がいた。兄はセドリック、弟はクリフォード。
男子たるもの家で甘やかされて暮らすものではない。世間の波に揉まれてこいとイルゼは十八歳になった息子を丸腰で家から追い出した。一角の男になって戻ってこいという捨て台詞付きだ。
以前から十八で追い出すと言われていた兄弟は動じなかった。どうせなら好きなことをしよう。そう兄弟は事前に話をしていた。
兄セドリックは政界を志し、当時の宰相の門戸を叩いた。後に十八歳になったクリフォードはビジネスを学ぶためにダグラスの弟子になった。
イルゼは息子たちがそれぞれ一角になったら伯爵家に戻すつもりでいたのだが、ここで誤算があった。二人とも出来すぎたのだ。
五歳年上の兄セドリックは宰相の下で為政を学び弟子の中で頭角を表した。その勤勉さ、真面目さ、何よりその正確で高速な処理能力に宰相は次期宰相にセドリックを推薦した。
国王にも気に入られていたため、あれよあれよと話が進み三十二歳という若さで宰相に任じられてしまった。歴代宰相の中では最年少だ。
3
お気に入りに追加
408
あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる