100 / 114
Ⅶ マオウ、俺。
086: 精神の奪還
しおりを挟む黒焦げの死体の中を俺は歩いて中央の小箱の結界に手を伸ばした。人族が作り出したものにしては強力だが俺には障壁にならない。そっと触れると暖かかった。
「サクラ?」
『‥‥‥‥アスカ‥なの?』
少し気だるげな眠たそうな声がした。「ルキアス」の中にいた頃はサクラは眠ることはなかった。だからこの声音は本当に懐かしい。
「目が覚めた?サクラはいつも寝起きが悪かったから」
『‥‥そう?アスカもよ?』
「俺が寝不足だったのは誰のせいだと思った?」
『‥‥もう‥そんなことばっかり言って』
こんなやりとりさえ懐かしい。泣きそうだ。
「一人にしてすまない、消耗しないようにとりあえず俺の中に戻ってくれるか?ここはよくない。これからサクラの肉体を取り戻しにいくから」
『もう‥大丈夫?』
「ああ、サクラの場所を空けるから。魔王が封じられることはもうない」
小箱の蓋を開ければ蛍のような小さな光が出てきて俺の中に入った。サクラの肉体から精神を取り出した時はもっと大きくて眩く輝いた光、今のサクラは相当に弱っている。精神体のままで肉体から離れたせいだ。間に合ってよかった。
「俺の中で休んでいて」
胸に手を当てればサクラの温もりがした。柔らかな寝息、眠ったようだ。
背後の悲鳴に振り返れば王と法皇が逃げるところだった。いつの間にかヘルメスと召喚された大蛇が二人を取り囲んでいた。ヘルメスの手には大振りの槍、ヘラが作ったヘルメス専用装備だが竜人のこいつが持つと貫禄あってギリシャ神話の海王ポセイドンのようだ。ヘルメスの足元に転がる騎士は王の護衛だったか。
「もう少しで逃げるところだったよ」
「あぁすまない、忘れてた。お前たちがボスだな?」
諸悪の根源、全てこいつらが指示を出した。
「ひッ ゆ‥許してくれぇ」
「神の御言葉のままに‥‥わしらは何も!神よ!この者に裁きを!」
「何も?何もしていないだと?ふざけろよ?ハイエルフの村を襲わせて?太古の森に軍を出して?こんな結界までわざわざ作りやがって!」
これだけのことをしておいて命乞いするか?いっそ信仰のために死んだ兵士たちの方が潔い。逃げるものは見逃した。だが首謀者は別だ。目を鋭く細めるヘルメスが囁いた。纏う気配は殺気だ。
「これは僕の獲物だよね」
「ああ、だが一撃で仕留めろ」
「誰がクビだって?そういうところが魔王なんだよ」
くすりと笑ったヘルメスが右手の槍を振りかぶった。
「次に神託を聞いて動く時はもう少し自分で考えてからにした方がいいよ。ああ、すまない。お前たちに次はもうないんだったね」
愚王二人の首が刎ねられた。
床に描かれていた結界魔法陣や魔道書物が保管された書庫は俺の煉獄火炎で焼き払った。手加減が効かず全焼となったが仕方ない。大量の宮廷魔導士を失い魔導書物も消失、これでラトスリア軍の魔導兵器術は大きく後退するだろう。
二人でドームから外に出れば一面瓦礫の山だ。まさに戦場だ。冷静に対処したつもりだったが俺はなかなかに怒っていたらしい。死体と怪我人が転がる中で啜り泣く声がした。泣き腫らした聖女が必死で勇者の治療をしていた。勇者の意識もないようだ。
なんだ?まだ治療しているのか?
そこへガンドとヘラが舞い降りてきた。
「女神はご無事でしたでしょうか」
「ああ、今俺の中で眠っている」
「それはようございました」
ガンドも安堵したようだ。まずは第一ミッションクリアだ。ヘラは聖女の方が気になるらしい。ちらりと俺を見上げてきた。
「なぜ勇者を殺さなかったのじゃ」
「あいつらはルキアスを殺さなかった。俺はあいつらに借りがある。その借りを返しただけだ」
「ふーん、そうなのか?あの勇者、このままじゃと死ぬぞ」
俺の体がぴくんと勝手に反応した。だが手首を切り落とした俺に言うことは何もない。
「‥‥‥‥」
「聖女か?まあまあ聖属性魔力は高いな。じゃがだいぶへっぽこじゃ、勇者の怪我で動揺がひどい。あの様子では傷も治せないじゃろう。勇者はまもなく失血死かの」
「‥‥‥‥そうか」
「勇者といえどあんな弱い媒体では不死者の兵士にしても役にたたん。スケルトンヒーローにするならもう少し生かして強くなってから使いたいところじゃがな。どうだろうかのう?」
そして俺の顔を覗き込んだヘラがニヤリと笑った。嫌なやつだ。
「‥‥‥‥勝手にしろ」
「そうか?なら勝手にしよう」
「るぅ、あまり時間がない、手早くだよ」
「はい、兄者!」
ヘラがうきうきと瓦礫をかけていく。ヘラは上位のは死人使い、蘇生も可能だが生者にも有効なのだろうか。
遠目で様子を見ていれば、ヘラはあのゴテゴテステッキを持ってフリフリ踊っている。傍目にはふざけてるようにしか見えない。もう中学生程の体で何をやってるんだか。
失われたパーツの再生なんて聖魔法でも蘇生に次いで最大の『奇跡』だ。そこそこ時間がかかるんじゃないか?踊ってる場合かよ。
「あいつ、時間がないのに」
「あれがショートバージョンです」
「あー、そうなのか?」
全然、全く意味がわからない。様子を見ていれば目に焼き付くほどの眩い光、再生の光だろう。確かに時短されているかもしれない。唖然とする聖女を残しヘラが戻ってきた。
「ざっとこんなもんじゃ。腕はサービス、傷跡も消しておいたのじゃ。代償として腱の傷は残しておいた。もう剣は持てない、勇者引退じゃろうな」
「それじゃ強くならないだろ?スケルトンヒーローにできn」
「よく見たらやっぱりあいつ弱い。骨も細いしいらないのじゃ。スケさんズは三人で十分じゃ」
「じゃあ何で治しt」
「知らないのじゃ♪」
いちいち俺のセリフに被せてくる。やっぱりこいつは生意気な魔女っ子だ。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~
日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ―
異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。
強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。
ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる!
―作品について―
完結しました。
全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる