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Ⅶ マオウ、俺。
082: 王都へ
しおりを挟む「ルキ!!!」
「ルキアス」の愛称、なんだか懐かしい。
涙目で俺の腕に飛び込んできたのはるぅ、いやヘラだ。体は十二、三歳くらいまで成長していた。黒いローブのような服は同じだがもう魔女の帽子もかぶっていない。黒く長い髪に紫がかった瞳、紫は不死者特有の赤い瞳に俺達の青い瞳が混じり合った証だ。
「‥‥‥‥無事でよかったのじゃ」
「すまない、心配かけたな」
「これが本当のルキの姿か、なんか見慣れないのぅ」
「そうか?イケメンだろ?」
「自分で言うのか?意見が分かれるところじゃの。まあ兄者たちの方がイケメンじゃ」
そこは異論ない。認めよう。
俺はサクラの好みであればそれでいい。
話し言葉は相変わらず、目元を手で拭いにこりと笑うヘラの顔はサクラに似ている。黒髪は俺の遺伝子、だがやはりサクラの血もしっかり継いでいるようだ。魔王の封印が解かれた様子は見ていたのだろう。
「陛下、ご無事で何よりです」
輝く金髪が印象的な美青年、真のイケメン王子登場だ。年齢は十六、七だろうか、輝く青い瞳がサクラを思い起こさせた。俺の家族で兄貴で戦友、ガンド。魔狼は本来青い瞳を有している。
「ガンドも、すまなかったな」
「いえ、何もお役に立てず申し訳ありません」
手を胸に当て青年が目を伏せる。礼儀正しい佇まいがもはや騎士だ。あの状況では無理だろう。あの障壁もエセ女神が作ったのなら破られるはずもない。
「まあ無事でよかったんじゃない?」
全然心配してませんでした、といった顔の茶髪緑眼の青年を俺は見上げた。割とデカい俺でも見上げる高さ、なんとなく見覚えがある顔だが性別が違う。年齢は俺に近い、二十歳前後の偉丈夫。この顔は俺に似ている?
「ディート‥だな?」
「この姿の時はヘルメスって呼ばせているんだよ。しっかり思い出したかい?アスカ」
俺の記憶を持つ男が笑ってみせた。ヘルメス、確かこれもギリシャ神話の神だ。今の姿は髪の長い男の姿、見知った女の姿とはなんとなく似ているような、でも性別もサイズも違う。ヘルメスにアフロディテ、その二人の子供が司るもの。これの意味は———
「両性具有か?」
「雌雄同体の方が正しいかな。僕は本体が二つあるから。この体は戦闘モード、魔王の封印が解けてやっと解禁されたよ」
「そういえばそうだったな」
竜の体の時は二体いたのはそういう意味か。これは性別に迷うところだ。緑色の瞳は竜族特有の黄色い瞳に青い瞳が混じったものだ。人型は擬態というより竜人だろう。
「ハイエルフの皆は無事か?」
「皆早めに避難できたから。だが森は破壊された」
「‥‥‥‥そうか」
津波で無残になぎ倒された森を見やった。引き波の勢いはだいぶ落ち着いたが海水はまだ残っている。海水が完全に引いても塩害が土の残るだろう。汚染土を取り除いたとしても元通りに戻るまでにまた相当な時間がかかる。
「人族は?」
「ほぼ流されました。いくらか逃げ延びたものもいたようですが」
森も、人族でさえ使い捨て。あの性悪女神らしい。あの軍はガンドとヘラを俺から離す為だけに使われた。その自分勝手に怒りが込み上げる。
「状況は僕たちも見ていたが一体何があったんだい?あの白い手は?女神はどうなった?」
竜人の問いに俺は息を吐き出した。
「天上に新しい唯一神が降臨した」
一同が息を呑んだのがわかる。唯一神の交代など普通ありえない。俺は目を瞠る竜人ヘルメスを見やる。
唯一神が二人いた。解釈は違っていたがこいつの仮説はそれほど外してはいなかった。
「俺の中にいた女神は廃棄された。それはもうあの人は神ではないということだ」
「え?じゃああいつ以外に神がもう一人いた?‥‥それは唯一神じゃない」
「廃棄‥‥お母様が‥‥そんな」
ヘラが青ざめている。ヘラは特にサクラに懐いていたから仕方がない。だが時間もない。急がないと。
「王都に行く」
「王都ですか?なぜ王都へ?」
「取り戻しに行く。サクラの精神はまだ囚われている」
「‥‥‥‥え?」
涙目のヘラが俺を見上げてきた。そこに俺は頷いた。
「サクラはまだ生きている」
王都に魔力が渦巻いていた理由。時間をかけて頑丈に作られた魔導の檻、あれは俺から切り離されたサクラを閉じ込めるために用意されたもの。
俺の肉体に封じたサクラの精神、そこから解き放たれれば当然本来の肉体に戻ろうとする。だが天上にサクラの気配はなかった。あったのは微かなサクラの肉体の気配。だが場所はわからない。サクラが巧妙に隠したのだろう。
もしAI『ソフィア』がサクラの肉体を手に入れていたらこんなまどろっこしいことはしない。肉体を餌に精神を引き戻せばいい。つまりサクラの肉体は天上にあるが『ソフィア』の手に落ちていないということだ。唯一神の肉体を見つけられず精神は堕天したまま帰らない。戻らない唯一神に『ソフィア』は廃棄処分を下した。
『神の器』の廃棄は容易ではない。それこそアークリッチのように死なないのだから。だが今サクラは精神体だ。精神体のまま肉体と切り離されれば精神はいずれ消滅する。そのためにサードは人族にその術を伝え精神の檻を作らせた。俺の手からサクラは消えたと思ったがあれは魔導で連れ去られたからだ。
そしてもし俺がサードに下っていれば、最初の仕事として人族を攻撃させられていただろう。理由はなんとでもいい。そこにサクラの精神体がいるとは知らせずに俺にサクラを処分させようとしていた。
「随分とコケにされたものだ。俺が気が付かないと思ったか」
だが疑問もある。わざわざこんなまどろっこしいことをなぜやったのか。サード自身がサクラの精神体を直接攻撃すればいいものを。あいつ性格も破綻してたが知能も幼児並みにバカなのか?それとも?
え?まさか?
サードはひょっとしてそこまで弱いのか?
いやいや、まさか。あんなんでも神を名乗っている。白い手の『奇跡』はできていたし。だが手は破壊行動だけでこっちは直接攻撃はされていないし?ひょっとして攻撃力が全然ないとか?サクラも天地創造の力に特化していたが?いやだが、いくらなんでもまさかね。マジで激弱?だとしたら悲惨すぎる。はははー
だがサクラは神族じゃなくなった。つまりあの天上の檻から出られる可能性が出てきた。これは悪くない。サクラ奪還のあとは存分にゲンコツでブチのめすのみ!
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