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Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。
072: サクラス
しおりを挟む先生の顎を掬い上げてちゅっと口つけて離した。触れるだけのキス、そこまで流れるような自動作業、そして俺は我に返った。
俺のファーストキス、それを場慣れた男のようにサクッとしてしまった。俺って何?無自覚でこれ?初心者なのに天性のタラシか?まあ経験豊富だろう先生(涙)にしてみればこの程度フツーに———
一方の先生は目を見開いたまま茫然と固まっていた。まさに石化。そこで俺は別の可能性に気がついた。
おいおい、先生に彼氏とか好きな人がいたらこれアウトだろ?先生は俺が患者だから世話をしただけなのに俺が勘違いして勝手に舞い上がって———
やっちまった!!俺はベッドで勢い良く謝罪の土下座だ。
「ごッごめんなさい!つい!許してください!」
「なッなんで謝るのよ!」
「え?でも‥‥嫌だったんじゃ?」
土下座から俺が顔を上げれば真っ赤な先生が困った顔をしていた。
「べ、別に嫌じゃ‥‥初めてだったから驚いただけで」
え?初めて?
海外だと習慣的にこういうこと挨拶がわりにするんだと思ってた。俺の母国はそっちに比べると奥手だし。先生もまさかのファーストキス?
「私に‥こんなことする人はいなかったし」
先生の衝撃告白に俺に激震が走る。
同時にトンデモ妄想が俺の脳内を走り回った。
それは今までカレシいなかったということ?
こーんなに可愛いのに?
先生女子校にいた?それとも修道院?いやいや、こんな可愛かったら女子だって放っとかないぞ。先生ってば百合?だけどこんなことする人はいなかったって言ってたから男女とも経験なしなんじゃ?
落ち着け!暴走すんな俺!今はそこじゃない!
嫌じゃない。つまりさっきのはオッケー?混乱する脳内でなんとか先生の言葉の意味を理解した。
そういうことなら?
「‥‥‥‥じゃあもう一回してもいい?」
「だから!そういうのは聞かないのよ!」
「えー?聞かないとわからないよ?」
ちょっと意地悪く先生の顔を覗きこめば随分躊躇って真っ赤な顔で先生が目を泳がせて。そしてこくんと頷いた。それがもんのすごく可愛い。俺より年上のはずなのに。もうたまらんたまらん!思わず目の前の体をぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「先生‥‥嬉しい!大好きだよ!」
「アスカ‥ちょッ 待って‥や‥ぁん‥んんッ」
抱きしめて押し倒し口つける。経験とかじゃない、もうこれは本能だ。先生の手がおずおずと俺の首に回ってくればますます止まらない。抱き合って夢中で貪りあった。
二回目のキスは一回目よりずっと長く甘いものになった。
俺の想いが通じた。それだけでもう俺は幸せいっぱいだ。そこでずっと気になっていたことを初めて先生に聞いた。
「先生の名前は?」
「え?」
「初めて会った時も教えてもらえなかったから。その‥嫌じゃなかったら名前、教えて欲しい」
ポカンとしていた先生が気がついたように目を瞠る。
「そういえばそうだったわね!ごめんなさい、私ったら。えっと、‥‥サクラスというの。サクラス・グリフィス」
「サクラス!すごい!可愛い名前!」
「‥‥そう‥かな?」
「うん、俺の国にも似た名前の木があるんだ。サクラなんだけど。ピンクの花を咲かせるんだ」
「サクラ?花の名前?」
先生が目をまるくしている。あんなに物知りなのに知らなかったのかな?
「サクラって呼んでいい?髪の色とも合ってて似合ってるから」
「‥‥サクラ‥‥うん。サクラ、嬉しい」
「そうなの?」
「‥‥サクラスって名前、好きじゃなかったし。名前で呼ばれることもなかったから」
仕事柄先生と呼ばれることも多いから?
ソフィアからも呼ばれなかったの?
「ごめん、俺、ずっと先生って呼んでて」
「ううん、違うの。そうじゃなくて」
そして先生は、サクラは囁くように呟いた。
「私は皆から『大いなる魔女』って呼ばれていたから」
俺の体調を気にするサクラは俺の部屋にしょっちゅうやってきたが実際は入り浸りだ。一緒に食事もするし夜は同じベッドで眠る。サクラは俺が眠っていた一ヶ月間、俺の容態が心配で添い寝していたらしいが俺にとっては初めてのプチ同棲、もちろん大歓迎である。
「他の担当患者とかいないの?」
「いないわ、ここは貴方しかいないし。私は貴方専属よ」
まさかの専属制だった。まあ他の患者なんて見たことなかったけどね。こんな美人医師を俺の専属に派遣してくれるとか!なんて素晴らしい病院なんだ!こうなればもうサクラ一本で永久指名したい!
つまり俺、サクラを独占?楽園すぎる!
だからといって色々と進展するわけもなく。俺たちはキスとハグだけという清い関係だ。
二人きりの楽園で?邪魔者がいなくって(掃除と配膳のおばちゃんたちはいるが)?毎晩同じベッドで寝てて?監視カメラとかもないとか?聞いちゃうと男なら我慢が利かないもんだろ?
だが深い関係になろうとするとサクラから文字通りドクターストップが入った。
「まだ精密検査の結果が出てないから。無理しちゃ体に良くないわ」
我慢する方が体に良くないんですが。
サクラもまんざらじゃない雰囲気なんだけど。だが俺も舞い上がりすぎて飛ばしすぎなんだろう。ちゃんと順序立てて清い交際をしろよ俺!あんまりがっつくと性欲バカのそっち目当てと思われてしまう。俺もまだ一応患者だし?晴れて健康体になって退院できたら交際をちゃんと申し込もう!そして脱初心者だ!
そう言い聞かせぐっと理性で我慢する。頑張れ俺!
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