【完結】ヒロイン、俺。

ユリーカ

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Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。

077: 脱獄

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 サクラの瞳から涙が流れ落ちた。俺の胸が疼く。こんな顔をさせたかったんじゃない。

「だって‥‥アスカが苦しんでるのに」
「それがあの病だろ?なんでそうやって一人で抱え込んだ?俺は君のなんだ?俺はそんなにも頼りないのか?」
「ちが‥‥そんなわけ」

 違う。悪いのは俺だ。俺がもっと気を配っていればよかった。

 たまに悲しそうな顔をしたサクラ。俺が一ヶ月の眠りにつく前にサクラはソフィアを失っていた。もうソフィアのための治験は要らないのに、それでも俺を助けるために治療を続けてくれた。外の世界が滅びゆく中でたった一人で俺を守ってくれていた。それなのに完治した後でだってバカな俺は一人で浮かれて舞い上がるばかりだった。

 そして最後の日、俺が見つかってあの楽園を壊してしまった。

「すまない‥‥泣かせたかったわけじゃないんだ。ただ笑って欲しくて」

 俺はこの人の笑顔が好きだったのに、俺は悲しませることしかできない。たまらず抱き寄せればサクラは震えていた。久しぶりの抱擁、サクラの甘い香りを堪能する。あれほど眩かった金髪の色が落ちるほどの年月、五千年の間、サクラはたった一人で壊れかけた星を再生していた。

 あのAI『ソフィア』の指示で———

 再び俺の中でドス黒い怒りが渦まいた。

「一緒に逃げよう」
「え?」
「もう十分だ。こんなになるまで一人で‥‥君は機械じゃないのに」
「アスカ?許して‥くれるの?」
「サクラは何も悪くない。一緒に行こう、サクラはもう何もしなくていい。俺のそばにいてくれればいいんだ。ここは君がいる場所じゃない」
「でも私は‥‥‥ヒト‥じゃない」

 わかっている。彼女はファースト、人類最強の能力者で唯一神を押し付けられた。人工知能に天地創造はできない。神になれない。だから『ソフィア』がそれを許さない。

 それでも———

「サクラは神なんかじゃない、人間だ。あの人工知能は確かにソフィアが作ったものだが、あんなのの言うことを聞く必要はないんだよ」
「アスカ‥」
「サクラがソフィアを大事にしていたのはわかっている。だがあれはソフィアじゃない、ただの人工知能だ。優しいソフィアがこんなことをサクラにさせるはずがない。あれはサクラを利用しただけだ!」

 俺が被験者だった記録も『ソフィア』がわざと俺の記憶に情報を送り込んだ。俺の怒りを煽ったつもりだったんだろう。暗示が解けた場合に備え俺たちを破局させるつもりだったろうがそうはいくか。

 警報が鳴り響いた。俺の声を聞いた『ソフィア』が出したもの。俺を反逆者と判定したようだ。俺はサクラに手を差し出した。どうか俺と一緒に来てくれ。

「時間がない。今なら地上へのゲートが開いている」
「でも」
「行こう、俺を一人にしないんだろ?」
「アスカ‥‥」

 サクラが涙目でためらい、でも震える手で俺の手を取ってくれた。手を握り俺たちは走り出した。

 目の前でゲートが閉じブロックされる。防爆扉ブラストドア、強度を上げてきた。だがセカンドの俺には無意味だ。魔力を込めて扉を引きちぎる。魔力の使い方は眠っている間に『ソフィア』にダウンロードされていた。ましてここは魔素が溢れている。黒い鋼鉄の扉が紙切れのようだ。

 目の前に次々に現れる障壁をぶちのめし蹴り倒す。警備システムの攻撃を俺は右手を払い衝撃波で破壊した。

 『ソフィア』はこうならないよう俺たちに暗示をかけたのだろう。だがその暗示が解ければ何もできない。ダウンロードされていたこの施設のマップを脳内で確認する。もう少しでゲートだ。

「サクラ、もう少しで」

 扉を破り飛び込んだ部屋は、今までと打って変わって真っ白だった。この施設の設計図まで俺は知っているのにこの部屋の情報は知らない。そして今潜り抜けた扉の防爆扉が背後で閉じた。部屋も白いが窓の外も白い。そして俺の中にあった力が、魔力が一瞬で蒸発した。魔力は魔素を取り込み変換することで得られる。

 黒が一切ない、それは———

「魔素が‥ない?」
「そんな‥こんなことできるなんて」
「くそッ はめられた」

 これがAI『ソフィア』の備えか?魔素が排除された空間は能力者にとっても真空に等しい。力が使えない。地上ゲートの直前に作られたこの部屋はこうなると予想して作られていた。はなからこいつは俺たちを信用していなかったわけだ。

 正面の防爆扉に手をかけるがびくともしない。魔力がなければ俺の攻撃力は格段に落ちる。人工知能のための要塞の扉、手動開閉レバーさえない。この扉の向こうに地上へのゲートがあるのに。

「アスカ危ない!」

 いつの間にか部屋に侵入していたドローン、宙に浮く警備システムの白い高熱レーザーを俺はサクラを抱いて避ける。あの最後の日の、血まみれのサクラの映像が脳裏をよぎれば恐怖でゾッと悪寒が走る。まさに血が凍るよう。もうこれはトラウマと言っていい。

 この人はどうして身を挺して俺を庇うんだ!心臓に悪すぎる!

「俺を庇うな!俺ももう神の器だ!死なない!」
「でも痛い」
「サクラも痛いだろ!」

 自己犠牲が強いのも良し悪しだ。
 もう勘弁してくれ!不死だが寿命が縮まる思いだ。

 俺は収納から先程受け取った魔剣を取り出した。収納が使えてよかった。魔力があれば武器は作り出せるが故に俺の装備はない。他のスキルも発動しない。この状況を想定していなかったから今俺が持っている武器はこれだけ。これはサクラも同様なようだ。魔力なしではこの武器の解析もできない。なまくらじゃないことを祈るだけだ。

 警備システムを魔剣で叩き壊す。剣術は会得していたが相手は機械。金属相手は正直パワープレイだ。幸い魔剣は鈍器としては丈夫だった。ならばと勢い良く扉に殴りかかったが防爆扉はびくともしない。流石に防爆扉を壊すことはできないか。

 警備システムを壊しまくってもすぐに代わりが出てくる。赤い照準レーザーが部屋中に飛びまくっているが、どれが発射されるかわからない。飛んでくるレーザーから俺を庇いサクラが怪我をする。そのサクラを庇い俺も傷を負う。結果二人とも傷だらけだ。
 致命傷にならないのは神の器故、だが魔素がないせいか回復が遅い。床には俺達の血が大量に流れ出ていた。本来なら失血死のレベルだろう。

 ジリ貧だ。この部屋から出なければ終わる。もうやるしかない。せめてサクラだけでも外に———

 俺は防御を捨てて魔剣で防爆扉を叩きまくった。激突音と共に魔剣の刃が欠ける。だが扉はやはり破れない。それでも殴り続けた。

「しけた剣よこしやがって!やっぱりなまくらじゃないか!」
「アスカ!やめて!撃たれるわ!」
「ここを出ないとどっちにしろ終わりだ!」
「ダメ!避けて!」

 俺にサクラが抱きついた。俺たち二人にレーザー照射の赤いライトが灯った。俺とサクラの身を入れ替え咄嗟にサクラを背後にかばった。赤い光が俺の左胸、心臓に当たった。

 神の器は心臓を射抜かれても脳を潰されても死なない。細胞が一欠片でも生きていれば復活する。だが負傷の痛みはある。ましてや今は魔力がない。

 激痛に備えて俺はぎゅっと目を閉じた。

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