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Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。
072: 地上の楽園
しおりを挟む体調は順調に回復していた。いや、全快、絶好調と言えるだろう。のぼせる感じも鼻血も出ない。あの地獄の激痛だってやってこない。最後の先生の治療薬が効いたんだ。眩暈がする服薬も終わった。
庭の畑は草ぼうぼうだったが収穫はなんとかできた。俺が寝たきりでほったらかしだったせいだが、虫食いながらも野菜は逞しく育っていた。
この野菜、どうしようか。確か俺が料理するって約束だったよな?
ピコーン!
おばちゃんに食材持ってきてもらって!これで俺の料理をサクラに振る舞おう!サクラの胃袋を鷲掴みだ!部屋に簡易キッチンあるし!
ナイスアイデア!行け!うなれ俺の女子力!
「これはなあに?」
「えーと、料理です。俺の国では照り焼きハンバーグと呼ばれていました」
「まあ!これが有名なあのテリヤキ?写真で見たことがあるわ。こんなに黒かった?」
「そこはちょっとアレンジしました」
「アレンジ?」
「 Oui madame、
Le plat principal d'aujourd'hui est un
Steak de Hambourg avec sauce amère à la Asuka」
「プッ もう!何それ?」
そしてサクラは死ぬほど大笑いしていた。サクラの胃袋掴め!作戦は戦果もなくあえなく終了である。俺女子力皆無やん。味は残念だったがまあ馬鹿ウケしたからよしとしよう。
レシピを忠実に再現しているはずなのに何故か丸こげである。何がいけないんだろう?フランベか?
ちなみにサクラも同じレシピでチャレンジしたがもっと黒くなっていた。おそらく俺たち二人だけじゃ自活できず飢え死だろう。あるいは大量におこげ食べ過ぎでガン発症だ。可及的速やかに俺は料理特訓‥‥いや、専属シェフを雇う方が早いか?
時間は穏やかに流れていた。サクラと俺だけの世界。もう幸せすぎて俺の脳が色々と麻痺していたのだろう。
ネットはもうほとんどがエラー、更新していない。通信が復旧してないんだろう。掃除や配膳にやってきていたおばちゃんたちもいなくなったが代わりにロボットがやっているから問題ない。俺が寝たきりの頃に両親から届いたメールは避難所から家に戻ったというのが最後、最近来ていない。でもきっとあの二人のことだ、また忙しくしてるんだろう。
この時もう俺は外の世界に目を向けることはなかった。
「ここは緑が多くていいところだね」
「アスカは‥自然が好きなのね」
「そうだね、ずっと街で暮らしてたから。将来は緑が多い田舎で犬飼って暮らしたいんだ。俺の夢かな」
「アスカの‥夢‥‥そうなんだ。素敵な夢ね」
ここでサクラと一緒と暮らしたいと言えればカッコよかっただろうに。そんなプロポーズみたいなセリフ、初心者の俺が言えるはずもない。
サクラを俺の嫁って言えたらなぁ
いっそ出会った頃のほうが勢いで言えたかもしれない。あ、でも医者と患者だったからそれも無理か。
庭の芝生に寝っ転がり二人で夜空を見上げていた。ここはこんなにも静かで美しい。腕枕の中にいるサクラの肩を抱く。今がものすごく幸せだ。
「サクラの夢は何?」
「そうね‥‥誰も死なない世界ができたらいいな」
すごく医者っぽい夢だ。そして大人である。なんか俺の夢が子供っぽく聞こえるな。サクラの表情が少し悲しそう。今までの医者人生で色々なことがあったんだろうな。
「じゃあ緑が綺麗な田舎があって誰も死なない世界が出来るように頑張ろう!」
「え?」
サクラが目を見開いていた。それほどに無理?
「ダメかな?」
「ううん、‥‥そうだね、頑張ろうね。欲張りねアスカは」
「え?そう?」
欲張りかな?田舎云々は問題ないとして、死なない方は医療の発達に期待だな!医者のみんな!頑張ってくれ!
脳内でそんなことを考えてる俺にサクラが囁いた。
「ねえアスカ」
「なに?」
「私達、医者と患者じゃなくて街で普通に出会えてたらどうなってたかな?」
「どうって?」
「‥‥貴方は私に気がつくかしら?」
街で?こんな美少女とすれ違ったら?
「気がつくって!当たり前だよ!そんでもって絶対声かける!」
「ホント?声かけてくれる?私地味だし気が付かないんじゃない?」
「地味って誰が?地味の意味が違うよ!絶対告ってると思う!付き合ってくださいって!俺も‥‥サクラに初めて出会った日に好きになってたから」
「‥‥すごく嬉しい。初めてアスカ見て私も‥‥カッコいいと思ったし」
え?そうだったん?初日さんざん撫で回されたのはそういうこと?手出してよかったんだ?俺今まで無駄に我慢してた!
サクラ好みに育った俺グッジョブ!運命の出会いをありがとう神様!
恥じらってモジモジと顔を伏せるサクラが愛おしい。もうたまらん!遠慮なく俺の腕の中にぎゅっと閉じ込める。
「‥‥それなら私達、使命も病気も何も知らない同士で出会えたら良かったね」
「え?」
「ただの普通、何もない同士が良かった」
んん?普通の?医師と患者の関係が嫌?
「もうすっかり良くなったし関係ないよ。でも普通だったらサクラに出会えなかったかもしれないじゃん?俺が発症したからサクラに会えた。俺はサクラに出会えただけでも嬉しい」
「うん‥‥そうだね」
俺の腕の中でサクラは顔を伏せる。最近なんとなくサクラの纏うオーラ?感情?がわかるようになった。今は喜んでる?でもちょっと悲しそう。
「サクラ?」
「何でもないよ、そろそろ寝ようか」
起き上がったサクラが俺の手を引く。俺は柔らかい手を握り返した。
その日も俺はサクラを抱きしめて、悶々としつつも紳士的に眠りについた。
俺とサクラ、二人だけの楽園。
ずっとこの世界が続けばいいのに。
そう思っていたのに。
俺のせいでこの世界は崩壊してしまった。
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