【完結】ヒロイン、俺。

ユリーカ

文字の大きさ
上 下
77 / 114
Ⅵ ✕✕ンシャ、俺。

068: ガンド

しおりを挟む



「じいちゃん!」
「飛鳥か、元気にしとるか?」
「うーん。まあまあ元気かなぁ」

 モニターの向こうにはじいちゃんと年老いたゴールデンレトリバー。以前は金色だった毛は随分と鈍い金色になっていた。

 入院患者は外出も面会も禁止、俺が会う人間は先生以外だと掃除のおばちゃんと配膳のおばちゃんだ。人種は不明、どちらも言葉は通じない。病院という割には看護師も他の医師も、患者さえ見たことがない。こんな大きな一戸建てに俺と先生だけ、これ病院か?ここがどこの国かもわからない。完全隔離状態だ。

 面会は禁止だが電話はオッケー、両親とは毎日通信アプリで話していた。じいちゃんにかけたのはこれが初めてだ。じいちゃんのスマホにもやっとアプリが入った。

「ガンドも!元気か?ガンド!」

 俺が名を呼んでも反応しない。じいちゃんが老犬の耳元にスマホを向けてやってやっと俺の声が聞こえたのか、尻尾を振ってウォンと返事をした。

「散歩に行けなくてごめん」
「なぁに、こいつももうそんな歳でもないしな。最近は耳も遠くて寝てばかりじゃ」

 おそらくゴールデンレトリバーだろうと思われたガンドは保健所で保護された迷い犬だった。首輪をつけていたが連絡先もICチップもなく迷い犬の届け出もない。大型犬で保護当時気性が荒かったためになかなか引き取り手が見つからなかったが、殺処分直前に犬好きのじいちゃんが里親制度で引き取った。俺が二歳の頃だったらしい。
 以来ガンドと俺は一緒に育った兄弟のような存在だ。ガンドは俺と同じ歳か少し上だろうとじいちゃんは見積もっていた。つまりガンドは犬としては相当に長生きだ。

「名前もすっかりガンドになってしまったしのぅ」
「だからいい名前なんだって。ガンドは狼とか精霊って意味だし」
「わぁっとる。なんとかいう神なんじゃろ?その話は聞き飽きたわぃ」
「聞き飽きた割に名前覚えてないじゃん」

 俺とガンドは初見でウマが合った(らしい)。じいちゃんちの犬は歴代ゴン太と名付けられた。ガンドも最初はそうだったんだが、当時二歳の俺が何を勘違いしたかガンドと連呼していたせいで、ガンドが名前だと覚えてしまった(らしい)。それくらい俺とガンドは仲が良かった。ゴン太と呼んでも返事もせず、結果ガンドという名になった。当然俺は全然身に覚えがない。

 そのガンドも高齢だ。犬としては十分長寿、もう長くないだろう。小さな俺を乗せて走り回ったガンド、いつも俺を守って励ましてくれた優しい兄貴。こんなことになるならもっと会っておけばよかった。

「ガンドごめんな、帰ったらたくさん遊びに行こうな」
「ウォン」

 ガンドが嬉しそうに尻尾を振った。



 治療開始当初、俺の体調の変化はなかったが、日を追うごとに病状は少しずつ進行していた。入院してすぐ俺は移植手術を受けたが症状は変わらなかった。時々全身にものすごい激痛が来る、そしてやたら鼻血が出る。先生は毎日数回会いにきて俺の様子を見てくれる。それ自体はとても嬉しいが、逆にそれ程に病状がよくないと流石の俺でもわかった。

「薬、少し増やしてみようか」

 一日三回飲んでいる薬。だがあれを飲むと直後必ず眩暈がして気分が悪くなる。そして夜多めに飲むと異常に眠くなる。副作用らしいがそれが嫌だ。

「‥‥できればあれは飲みたくないです」
「眠ることは悪いことじゃないのよ?効果は出ているみたいだし」

 俺のリンパを撫でて先生が励ますように微笑んだ。この触診は続いているのだが、俺はゾクゾクする感覚には慣れる様子がない。感じていると先生にバレたくない、今俺は反応しないように全力で頑張っているところだ。

 薬による睡眠は普通の睡眠と違って不快だ。このまま目が覚めないんじゃないかと思えば怖くなる。目が覚めない、それは死と同義だ。少しずつ睡眠時間が長くなっている。その意味は?

 だが日中、起きている時間は症状は落ち着いていた。俺は昼間の時間を主に読書と庭の畑の世話に費やしていた。自宅はマンションで庭もなかった。先生の許可をもらって畑を耕して本を見ながら種を播いた。

「家庭菜園やってみたかったんで。許可いただいてありがとうございました」
「そう、ならよかったわ」
「野菜できたら俺が料理しますから。先生も食べてくださいね」
「嬉しい!楽しみにしてるね」

 先生が溢れるように笑った。その笑顔が究極に可愛らしい。俺の鼓動がどきどきと跳ねる。先生に会うたびに俺はこうなってしまう。
 先生は俺より随分年上のはずなのに見た目は俺より年下にさえ見える。東洋人は年齢がわからないというが西洋人だってそうだ。

 あの笑顔に俺が落ちたのはいつだったろう。初めて出会った時から俺の心拍は上がりっぱなしだった。先生は医師で俺は患者。先生は俺が患者だから気にかけて会いに来てくれるだけなのに。不謹慎な想いが俺の胸によぎる。


 俺が本が好きという情報を知ってか部屋にはあらかじめ大量の本が置かれていた。だが言語がまちまちだ。日本語本はあっという間に読み尽くしてしまった。アメコミもあったがやはりよくわからない。仕方なく電子書籍も読んでいたが目の前にある本が気になった。

「これ、読んでみて。私もこれで覚えたのよ?」
「覚えた?何をですか?」
「言語?アスカならきっと読めるわ」

 先生が笑顔でラテン言語学の日本語本を差し出してきた。ここでラテン語を出してくる先生も鬼だ。辞書のように分厚くて中身も難しかったが他に読むものもない。カッコつけたいチョロい俺にはこの本が先生のオススメというのも効いた。
 相当に苦しんだが鬼難しいラテン語の仕組みを理解してからが早かった。分岐した言語をものすごい勢いで学習、ギリシャ語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、ロシア語。ヒアリングはネットで鍛えた。日本語は独自発展の言語だと改めて痛感した。

 部屋に掃除にくるおばちゃんに英語で話しかけたらなんとか通じた。配膳のおばちゃんはスペイン語でジョークを言ったら大笑いしてくれた。他の言語は先生と話すことでなんとなくわかった。まあ発音は酷いものだろう。

 おばちゃん二人は何かの信者のようだ。話の端々で俺に『大いなる魔女の恵みを』と言っている。
 ゴッドブレスユー的な?この地域の信仰なのかもしれないな。

「すごいわ!私より早く習得してるわよ?」
「え?そそそうなんですか?」
「若いってすごいわね、やる気でこんなに違うものなのね」

 何気に年寄り臭いことを言われた。先生だって若いじゃん?

 先生に褒められたいの一念だけで俺頑張った。実際褒められたわけで。俺のモチベーションも赤マル急上昇だ。一方でちょっと俺の言語習得が早すぎるような気もした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...