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Ⅴ メシア、俺。
064: 神の手
しおりを挟むそこでズンッと大きな揺れが俺たちを襲った。地面の下から突き上げるような揺れ。あちこちから悲鳴が上がるが俺は経験があった。だが揺れ方がひどい。
「地震?!」
それも直下型、立っていられないほどの揺れに俺は地面に手をついた。俺もこれほどのものは初めてだ。
「なんなのじゃこれは?!」
『陛下!』
小石が降ってくる中で魔狼が俺を庇うように身を寄せる。スケさん達もるぅを庇っていた。ここは岩山の前だったが大きな落石もなくしばらくすれば揺れもおさまった。
地震が初めてなのだろう。皆ひどく動揺している。エルフ達も慌てて洞窟から出てきた。経験がなければそうだろう。洞窟も崩れなかったようでよかった。騒然とする中で俺とディートは冷静だった。
「地震‥‥珍しいな」
「そうなのか?」
「記憶にある国と違ってこの大陸は一枚プレートだしね。活火山もない。エルフでも地震を知っているものは少ない」
長寿のハイエルフが言うならそう言うことなんだろう。村の家屋なら倒壊していたかもしれない。ここに避難していたのは幸いだった。
未だ強めの余震が続く中でふと思いついた。
えっと、ここって海のそばじゃなかったか?
地震に海‥‥と言えば———
ヤバい!
「ポメ!!」
俺の意図を理解した魔狼が俺を背に乗せ夜空に駆け上がった。はるか彼方に闇と同化した海が見えるはずだった。さっきはそれが見えた。だが今そこは海水が随分引いている。
遅れて駆け上がってきたディートが海を見て絶句している。ディートは俺の記憶を持っているからこれの意味を理解しているだろう。
「まさか‥‥‥‥」
「津波が来るぞ」
茫然とするディート。無理もない。だが時間がない。
「急げ!皆を非難させろ!」
「なんて言って?僕は森なんてどうでもいい、でもエルフの皆は森は同族、家族なんだよ!あの森が津波にのまれると知ったら」
「じゃあ知らせるな!理由はなんでもいい!避難が先だ!」
「でも」
「しっかりしろ!お前が皆を守んだろ?!つべこべ言わずにさっさと行けよ!!」
俺の圧に呑まれたディートが闇に消えた。あいつならどこに逃げればいいかわかっているだろう。
俺の中の女神様が悲しんでいるのがわかる。きっとここも殖林したんだろう。何千年かけてここまで大きくなった森が一瞬で破壊される。これだけの大木だ、流されなくても海水に浸かればいずれ枯れてしまうだろう。じゃあどうする?最初の地震から何分経った?残り時間は?あと10分?5分?何が出来る?ここは堤防さえないのに。
その時遠く鬨の声が聞こえた。森の外にいた軍隊が進軍を始める合図だ。野党が殺されたと確認が取れたのだろう。進軍の口実ができた。
この一大事に?進軍?
「バカなのかあいつら」
地震を、津波の恐ろしさを知らない。だから逃げることもない。ここは奥まった入江だ。津波の影響がもろにくる。よりによってこんな場所に!
「ポメ!るぅと一緒にあいつらを威嚇しろ!森に入らせるな!逃げるようなら追わなくていい!だが森に入るようなら容赦するな!」
『ですが‥‥』
ポメが俺の思考を読んだ。津波のイメージは伝わったようだ。ここで人族の侵入を防いでも結局森は津波にのまれるかもしれない。でも人族に森を蹂躙されてはそれこそ守る意味がない。
無駄かもしれない。それでも———
「わかっている、なんとかするしかない」
浜辺に俺を下ろし魔狼はるぅを伴い森の奥に消えた。ポメは最後まで俺のそばにいようとしてたが魔王がいるから大丈夫だとそこは押し切った。そうして俺は潮が引いた浜辺を見渡した。
ここら以外の湾岸は海抜の高い絶壁、津波に多少は耐えられるだろうがここは奥まった入江、津波が来ればその威力は倍増する。防波堤があれば破壊力は軽減できる。なら今から作る?そんなもの簡単に作れるわけ———
あるじゃないか、城砦のようなあれが。
俺は腰のスコップを外して空に投げた。そして思いっきり魔力を送った。ぎゅんとそれは宙で巨大化、スコップだが一枚の鉄の壁のようだ。
「すげぇ!これならいける!もうちょっと大きく‥幅を広げて」
イメージしつつ魔力を送る。そうして随分横に伸びたスコップが出来上がった。どちらかというと横長のちりとりのようだ。それを入江の入り口にずんとブッ刺した。とんでもなくシュールな風景だろうが、幸い夜の闇がそれを隠してくれている。
おお、完璧!完全勝利!
これならなんとかなるんじゃない?
「やった!どう?女神様、これなら大丈夫だよね?」
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
だが俺の中の女神様は沈黙。そこで思い出した。俺はさっき女神様を一瞬疑った。すぐ否定したがそれでも女神様を疑うとかあり得ないだろう。地震が突然来たせいで会話は打ち切られたが、俺達はそのせいで気まずくなっていたんだった。
「あの‥‥‥女神様‥?」
やんわりと問いかけたが女神様はそれどころじゃなかった。女神様は何かひどく緊張して辺りを窺っていた。警戒していると言っていい。
なんだ?何が起こっている?
雲の厚い夜空、その一角の雲が風もないのに切れた。切れたというより雲が消滅したようだ。雲の切れ目から闇の海に光が差した。そしてそこから———
「———なんだあれ」
俺は目を瞠りそれを見上げた。雲の切れ目から現れたのは白い手だ。華奢な手は貴婦人の手のよう、だがとてつもなく大きい。デカすぎて肘は雲の中だ。少し透けているように見えるのは実体がないからだろうか。もうシュールすぎる。
その手が俺が海に差したスコップに手をかけた。華奢な手が柄を握りしめる。俺の中の女神様がぶるりと慄いた。
「そんな‥‥なんで」
あのスコップは女神専用と女神様自身が言っていた。ポメやるぅでも触れることが出来ず手をすり抜ける。俺が扱えるのは俺の中に女神様がいるからだと思っていた。
「じゃあなんであの手は」
スコップに触れられる。その資格がある。
つまりあの手は神だということ。
そこからある可能性が閃いた。
存在するのは唯一神と言われていた。
女神様は女神様、そこは揺るぎない。ならば?
女神様は自分を唯一神とは言わなかった。
なら他にも神がいるのか?
『やめて!抜かないで!』
女神様の悲痛な叫びを無視してその手はスコップを易々と引き抜いた。そしてスコップごと手は雲の中に消えた。スコップがなくなり視界が開けた海の遥か向こう、水平線に白い波が見える。この距離なのにとんでもなく波が大きいとわかる。
「なんで‥‥」
意味がわからない。
このまま津波に流されろと?そういうことか?
それがあの神の手の意志なのか?
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