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Ⅴ メシア、俺。
061: 神の代行者
しおりを挟むあちこちに人族の死体が転がっているが、肝心のエルフの死体はない。血痕さえない。もう片付けられたのか。
「ここは昨日襲われた。全滅だよ。片付けたのは僕らじゃない。人族だよ」
怪訝な顔の俺にディードがため息を吐いて静かに語った。
「狩られたんだよ。死体も生きた者も連れ去られた。人族にとってエルフは高級素材だから」
高級素材?俺の思考が止まる。
「ここに血痕が少ないのはエルフの血も肉も欲しいから。だからあいつらは凶器に鈍器を使うんだ。老人と男は殺され食用肉にされる。神の器に近いとされるエルフの血と肉を食べると長生きできるらしいよ?骨は霊薬の材料に、髪も皮も高値で売れる。女は殺されないが奴隷市場行き、エルフの女を犯すとどんな病気でも治るんだってさ。ふざけてるよな。子供も似たようなもんだ。首輪をはめられ家畜のように生かされて殺される」
前世で読んだある本を思い出した。
———アルビノ信仰
アルビノは先天的に色素が疾患した個体で全身が白い。一部の地域でその肉体に霊力が宿ると言われ万能薬の材料として狩りの対象とされた。ここでも同じことが起きている。
だがここはなんでもありのハイファンタジー、念の為確認してみる。
『るぅ』
『エルフが万能薬とかありえんぞ。ひどい迷信じゃ』
『だよな』
そして淡々と残虐行為を語るディートの声に、ずっと引っかかっていたものに俺は気がついた。
こいつの言葉がことあるごとに棘があったわけ。
時に俺に攻撃的だったわけ。
最後の問題であの言葉を皮肉を込めて俺に読ませたわけ。
主イエスよ、あなたは変わらざる我が喜び
前世の世界でかつてメシアと呼ばれた男が茨の冠を被せられ拷問され神の子と嘲笑され、十字架にかけられた。
ちっとも魔王の仕事をしない俺に、出会った時からずっとこいつは怒っていたんだ。
「最初は僕が守って野党を追い返していたんだが、僕が一人とわかってかここ最近二か所の村を同時に襲い出した。僕は村一か所を守るだけで手一杯だった。どれだけ僕が人族を殺してもあいつらはやってきてそれ以上のエルフを殺す。僕だけじゃ守りきれない。もうここを捨てるしかない。だが移住は村長が断固拒否している。そうして昨日村がまた襲われた」
ここを捨てても根本的には解決しない。エルフは狩られ続ける。それでもこいつは一人で家族を守り続けてきたんだ。ディードの血の匂いはエルフを守るためのもの。この錆びた鉄の匂いが落ちないほどにこいつは———
「あいつら、笑いながらここを焼き討ちにしたんだ。こちらは非武装なのにとても楽しそうにね。ねえ魔王、なんでこんな理不尽を放置するんだい?ここは神の保護区、それを人族が侵しているのに、神の代行者たる君は人族の街で観光してさ?楽しかった?」
「ディート‥」
「君が見ようとしなところで悲劇が起きても別に構わないんだっけ?全て救えないなら見えても助けないんだっけ?神も魔王様も公平だね」
だってそうだ、そんなのは無理だ。
「挑発しても無駄だ。俺は全てを助けられないだろう?不公平は」
「不公平?不公平はよくないよね。じゃあさ、公平に全部助ければいいじゃん。神の代行者ならできるでしょ?」
俺は絶句した。ありえない。24時間365日全てを助けろと?どんなブラック企業だ。
冗談じゃない、魔王だからって勝手に期待されて望まれて、それが叶わなければこうして恨み言を言われる。
それはかつての俺。高校に進学して友人関係で拗れた。俺はよくあるいじめの対象になった訳だ。最初は俺は悪くない、こいつらに罰がくだると思っていた。だが学校も教師も見てみぬふり。何も改善しない状況に俺は世界を呪って全てを人のせいにして全てを拒絶して、部屋に引きこもった。
俺は神に願った訳じゃない。だがこの状況を救ってくれない理不尽に怒りを覚えたのは同じ。その怒りさえくだらないと大人のフリをして放棄してしまえばどうでも良くなった。
だがもしあの頃に魔王というキーワードがあれば俺も同じように思っただろう。
この状況は全て魔王のせい。
今のこいつはまだ諦めていないあの頃の俺だ。
また嫌なものを見てしまった。
腹の底からため息が出た。
「魔王に過剰に期待しすぎだ。俺は‥魔王は万能じゃない。自分の身は自分で守れ」
「そうさ、君がそうだから僕は魔王を諦めた。でも村長たちは信心深くてね。一向に逃げようとしない。頭に血が上った若いエルフは人族に撃って出ようと息巻いている」
諦めたという割には棘がある。
魔王への恨みは消えてないわけだ。またため息が出た。
「それはまずいだろ」
「だろうね、王都はその準備がされている。軍が王都を出た気配もある」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「僕がただ王都にいて本を読み倒しているだけだと思った?」
思った。お前は俺だから。え?まさかの諜報活動もしていたのか?
「人族が不可侵の森に侵攻するつもりか?それはありえない」
神の定めた不可侵を侵す。神聖国家としてそれは許されないだろう。だが王都がきな臭い状況とは一致する。
「今回の焼き討ちも陽動も兼ねてるだろうね、挑発してこちらが撃って出ればそれを口実に侵攻するための。こちらが動かなくてもなんだかんだと理由をつけてくるだろう。こうなればもう理由なんてなんでもいいかもね」
「それでもありえない」
「ありえないかな?王都に潜入して情報を集めてたらね、面白い話を王宮で聞いたよ。新しい神託が降りたらしいよ?この森を落として魔王を倒せって」
「なんだって?」
不可侵の森を落とせ?ずっと守られた森の侵害を今ごろ人族に許す理由がない。
そもそも唯一神である女神様がここにいるのに誰が人族に神の託宣を?しかも神が選帝した魔王を倒せと?魔族を、魔王を倒す方便に神の名を語っているのか?大いにあり得る。
だが神託が本物だとしたら?
神託が偽物だとして、それを本物とするには王宮と教会がグルということになる。特に教会は信心深い。つまり神託の偽装はそう簡単ではないということだ。
俺が王都にいた頃、聖女も認めていた。教会が魔王討伐を指示したと。勇者も選ばれた。それは神託に他ならない。
おそらくそれはディートも考えていたのだろう。そこで最後の日のディートの言葉が思い出された。
中にいるそれ、本当に神様なの?
ぞくりと身震いが出た。
俺じゃない。慄いたのはおそらく俺の中の女神様。どういうことだ?
「おそらくあいつらは今晩も焼き討ちにくるだろう。昨日うまく行ったからまた同時に攻めてくる。それまでに村長を説得して皆を森の奥に撤退させる。女神の姿の魔王の言うことなら聞くだろうから」
「だが森は蹂躙される」
「エルフにとっても森は大事だよ。だが森を守るのは魔王の仕事だろ?」
確かにその通りだ。
ここだってかつて女神様が必死に殖林したんだろう。人族はなぜそこを荒らそうとする?怒りと裏腹に俺の心はひどく冷えていった。
太古から守られたこの地に侵攻は許されない。神の託宣という大義があろうとも。
ここは女神が定めた保護区
それを侵すのなら———
「神の定めた不可侵を侵すものには天の裁きを」
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