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Ⅴ メシア、俺。
060: メシア、俺。
しおりを挟むディートが消えて三日経った。
俺達はディートの部屋であいつの帰りを待っていたが戻る様子もない。最後別れ際の感じが悪かった。俺を見限ったのならあいつはもうここに戻っては来ないのかもしれない。
「どこにいるかはわからないのか」
「申し訳ありません、気配を断っているようです」
「そうか」
兄であるポメでもわからない。やはりそういうことなのか。
あいつが残したこの部屋を見回した。俺の記憶を忠実に再現している。あいつに会えば腹が立つし嫌な気持ちになる。でもここを作ったあいつの気持ちはどんなだったろうか。記憶は人格だ。俺の記憶を植え付けられたばかりにその記憶にあいつが縛り付けられていないかひどく気になった。
思い込みが激しくて真面目で頑固で。
あいつは昔の、諦める前の俺に似ている。
そしてさらに三日後、ようやくディートが俺たちの前に姿を表したが様子がだいぶ違っていた。
貴族令嬢の姿はかけらもない。長い髪を高いところで一つにくくっている。服は緑の戦闘服、人族のものではない。
ディートの顔は青ざめていた。ひどい顔、二日酔い明けはこんな疲れた顔してそうだ。
そして全身から鉄の錆びたような匂いがした。
「この匂い‥‥」
「血の匂い‥人族です」
「ああ」
少年になったポメも顔をしかめている。嗅覚は擬態を変えても落ちないらしい。ポメの嗅覚なら相当だろう。見た目に血痕は見られないが俺にもわかるほどの異臭、どれほど返り血を浴びたのか。
「何があったディート?」
「魔王に会わせたい方がいる」
「誰だ?」
「会えばわかる」
憮然としたディートの先導で時空をいくつか抜けたどり着いた場所は原生林の森の奥深くだった。そこには多くの亜人、色白で金髪、容姿が美しく背が高い、そして尖った耳。身体的特徴からエルフだと俺にもわかった。
「村長、連れてきたよ」
「おぉ、この御方が‥‥まさしく女神の生き写しじゃ」
「おぉ、救世主、魔王様じゃ」
そして村長と呼ばれた老人をはじめ年寄り一同が地に手をついて俺に頭を下げた。だが年若いエルフと思しき奴らは俺らを遠巻きに見ていた。
ディートにもちょいちょい俺はメシアと呼ばれていた。嫌な感じはしていたがここで様子がわかった。
前世の世界でもあった。神が地上に遣わした救世主、そして信仰の対象となった。その状況は魔王にも合致する。これもそういった救世主信仰によるものだろう。神に救いを求める、よくあることだ。
ディートが戻らない間、俺は図書館の本を読み漁った。だが神話については俺が街で聞き込んだ内容とほぼ同じだった。神がこの世界を作り生き物を生み出した、と。人は水面に映った神の姿を真似て作られたと。進化論、地動説さえ許さない、それだけ信仰の支配が強いんだろう。
いや、これはもう神が世界を支配していると言ってもいいんじゃないか?
「魔王と別れて僕が逃げ延びた時は酷い怪我をしていて。ここの皆に助けてもらったんだ」
「神の使徒をお助けする栄誉に預かりましたぞ」
「‥‥僕はそんなすごいものじゃないんだけど」
村長の言葉に苦い表情のディートの口調が硬い。皮肉さえ感じられた。
「ここはハイエルフの村、この原始の森を守るように神から神託を受けた一族だ」
「ハイエルフ?ってあの?」
「上位種だ。エルフより寿命が長い。村長は一番の長老だ。何年前かわからないがこの世界の始まりの頃に村長は神に会ったことがあるそうだよ」
それは大昔、女神様に会ったことがあるということだ。ものすごい長生き?ディートが目を閉じてため息まじりに吐き出した。
「僕が言っても皆言うことを聞かない。だからその姿の君から言って欲しいんだ」
「なんだ?」
「この地を捨てて逃げろって」
は?なんだって?
その長老だろう、震えながら俺の手を取った。涙さえ浮かべている。
「まさしく女神様、なんという僥倖‥」
「えっと、この姿は訳があって」
「我ら一族は神の御言葉に従いこの地を永住の地と定め森を守って参りました。何卒、我らをお守りくだされ」
何度もいうが俺はこういった過剰な期待は苦手だ。期待をかけられても俺自身は何もできない。俺は念話で女神様に問いかけた。
『えーと、女神様、この記憶ある?』
『あるわ。他の地がまだ荒れていてここくらいしかまともに住めなかったから血の濃いエルフをここに連れてきた。この森に永住しろと言ったつもりはなかったんだけど』
『おい、逃げろとはどういうことだ?』
視線をディートに向ければディートの目元が鋭くなった。
『ここは人族に攻め込まれている。もう村が三つ落ちた』
『何かの間違いじゃないか?ここは太古の森、人族不可侵の地だろ?』
神話でもそこは語られていた。太古の森は魔族の地とし、人族は侵攻を許さないと神に定められたと。同じく人族の領土も魔族不可侵である。
そこで俺の手を握っていた村長の手をディートが取った。
「魔王に村を見せたいんだけどいいかな?」
頷く老人をディートは優しく椅子に腰掛けさせた。ディートがこの老人を祖父のように大事にしているのがよくわかった。エルフは同族を大事にするようだ。俺らを排他的な目で見てるあたりの雰囲気でわかる。ディートにとっておそらくエルフ全員が家族なんだろう。
若いエルフの視線が俺に刺さる中でディートが俺たちを外に連れ出した。時空をいくつか抜け、たどり着いた場所は家という家が焼け落ちた村だった。
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