【完結】ヒロイン、俺。

ユリーカ

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Ⅱ メガミ、俺。

020: 悪りぃ子はいねがー?

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 ペロリと頬を舐められて俺は目を覚ました。仰向けから見上げた空にはどこまでも青い。体の下は地面。外だとわかる。一瞬何が起こったのかわからなかった。
 あの激痛はもうない。意識を失っている間に終わったようだ。ホッと息を吐いて俺の顔を舐めた魔狼の頭を撫でてやれば嬉しそうに擦り寄ってきた。ずっと俺に寄り添ってくれていたようだ。心配かけちまったな。

「ポメ‥‥俺は‥」
『ご気分は如何でしょうか』
「だいぶいい‥‥ありがとな」
『安堵いたしました』
「気がついた?よかった!」

 声の主は僧侶のお姉さん、安心したように上から俺をのぞき込んで微笑んでいる。

「出血が酷くて焦ったけど、見た目ほど傷は深くなかったみたいで良かったわ。手当して傷は全部塞いだけど出血で貧血だから、まだ動かないでね。目眩も治療のせいだから安心して」

 そこでやっと頭が回りだした。記憶が蘇る。

 ああそうか。お姉さんたちがゴブリンの大群に襲われて。それを追っ払ったらドラゴンが出てきて。俺が落石で怪我をしてそこからあいつが‥‥


 ———魔王が現れた


 額に手をやれば確かにちょっと世界が回っている。お姉さんが治癒魔法で俺の傷を治してくれたようだ。顔の前に両手をかざしてみる。黒く血はこびりついているが、傷は痕も残さず綺麗に塞がっていた。お姉さんの治癒能力もすごいんだが。

 あの落石で‥確か左手の指はちぎれてなくなっていたよな?二の腕も骨は切断されていた。内臓破裂に足だって骨折だ。治療魔法は聖女以外では失われたパーツは戻らない。普通ここまで治らないんじゃないか?あの大量出血だけでも致死もんだ。だが魔王が目覚めたあたりで傷は回復し始めていた。自動修復‥‥俺の体の中が急速に再構築されている。今だってもう血の気も戻ってきているし。

 そこで理解する。
 神の器、死なないとはこういうことか。

「ありがとう‥ございます」

 俺が素直に礼を言えばお姉さんは吹き出すような笑みを浮かべた。ちょっと涙目だ。

「やだ、それはこっちのセリフ。助けてくれてありがとうね‥‥本当に」

 濡れた布で俺の顔の血を優しく拭ってくれた。ひんやりとして気持ちがいい。ほぅとため息が出た。

「目が覚めたか」

 剣士のお姉さんがやってきた。そこで僧侶のお姉さんが頷いて席を外した。起きあがろうとする俺にお姉さんが手を翳した。

「いや、じっとして。治療したといえど無理が残っている。疲れているところすまないが時間がない。少しだけ話をしよう」
「———はい」

 話、そうだ、俺の中の魔王があの竜を狩った。
 お姉さんたちは一部始終を見ていた。バレて当然だ。剣士のお姉さんの俺への話し方も接し方も緊張を含んでいる。そういうことだ。

 人族の敵、魔王。俺はこのまま憲兵に突き出されるんだろう。

 お姉さんが俺の枕元に座った。

「まずは礼を。助けてくれてありがとう」
「え?」
「見過ごすこともできただろうにこんなに傷を負って私たちを助けてくれた。君は命の恩人だ」

 そう言われるとくすぐったい。俺の私情で動いて魔王とバレたが、この人たちを助けて良かったと思った。だがお姉さんからの話は俺の思考と違った。

「他のパーティは逃げ延びたかもしれない。街から捜索隊も出るだろう。だから今の状況の口裏が必要だ」
「口裏?」
 
 口裏ってなんの?

 赤毛のお姉さんが俺の枕元の魔狼と、その遠く背後の竜の骸に視線を投げた。

「知らなかったとはいえ失礼した。君がこれほどの高位のテイマーだったとは。素人と誤解した。全く気が付かなかった。竜を倒すほど強いとは‥‥その力、英雄クラスだろう」

 はい?タイマー?
 俺タイマー?

 目を瞠る俺にリーダーはなにやら誤解したようだ。ポメに笑顔を向ける。

「さすがにわかる。変化へんげができる高位の魔獣を従えた獣使いは初めて見たが。魔力もだが君は素晴らしい能力を持っているな」

 あー、タイマーじゃなくて獣使いテイマーか。テイマーは獣を躾けて戦闘に参加させる職種だ。

 魔狼=ポメラニアンのポメとバレている。俺が魔狼をポメと呼んでいたから当然か。その魔獣を使役する俺を説明するのならこれしかないか。ナルホド。

 ん?あれあれ?
 じゃあ俺が魔王ってバレてない?

「何か事情があって身を偽っているのだろう?君の秘密は守る。これはパーティの総意だ。ならば君は表に出るべきじゃない。もう少しで移転ゲートの準備も出来るから先に君だけを街へ移送する。私たちはここに残って捜索隊に事情を説明するから」

 俺の真の事情を知らなくてもここまで察して手配してくれる。頭が下がる思いだ。

「すみません、ありがとうございます」
「こんな程度じゃ全然借りは返せていない。必要があれば私たちは君を手助けする。いつでも連絡をくれ」

 差し出された手を握ればぎゅっと握手された。お姉さんは緊張していたんじゃなく俺に敬意を表していてくれたんだ。本当にこの人たちを助けてよかった。

「で、口裏というのは」
「こういうのはどうだろうか」

 ふんふんとあらすじを聞いて俺は絶句した。

「魔王が‥竜を倒した‥」
「竜の仲間割れにしようにも竜の心臓を貫いているのは剣だ。うちのメンバーの剣の形とも違うから私たちが倒したというのも無理がある。ならば魔王が倒したことにすればいい」
「え?魔王って?じじ実在するんですか?」
「どこかで降臨したらしいという噂は聞いているが真実かどうか。だがこういう風に利用できる」
「ソウデスネ‥‥」

 まあね。
 実際魔王が竜を倒したわけで。
 間違ってはいない。

「崖の穴も魔王が開けたことにすればいい。あの崖は岩盤が硬くて掘削を諦めた。あの崖のせいで街道はかなり迂回していたが、これで王都との行き来が随分よくなるだろう」

 え?俺がぶっ放したあの穴使うの?
 俺のビギナーズラックで流通が変わる?

 しかし魔王がこう使われるとは思わなかった。

『神殺し』に『竜殺し』。魔王のハクが上がっていく。噂でさらに尾ヒレハヒレがついてすんごい悪役になりそう?きっと各地の身に覚えのない悪事も全部魔王のせいにされてそうだ。

 そんでもって?わがままな子供に“いい子にしないと魔王が攫いにくるぞ!悪りぃ子はいねがー?”と言い聞かせて子供が泣いて言うことを聞くとか?

 わー、イイハナシダナー

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