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Ⅰ ヒロイン、俺。
007: ✕✕、俺。
しおりを挟む俺を咥えた獣は闇をすり抜け森の奥深くで足を止めた。人の気配はまったくない。一種のワープだろうか。僅かな時間でかなり移動したとわかる。きっと学園からは遥か離れた場所なのだろう。ここでなら人の目を気にせずこいつと向き合える。
あの三文芝居のおかげで自然に俺は勇者と聖女から逃げられた。拐われたという態なら角も立たないし、あの勢いならすぐに俺を助けようと魔王討伐に旅立つだろう。あの二人ならば魔王討伐問題なし。その間に俺は就活、みんな万々歳だ。魔王から国を救った俺、国民栄誉賞並の手柄じゃね?
そう思案していたら獣が俺を恐る恐るそっと地面に置いた。それはそれは壊れ物のように。心なしか震えてる?そして狼の体がぐっと小さくなった。いわゆる標準狼サイズだ。さらにズササーッと狼が後退り伏せの格好を取る。いや、伏せというより敷物のように薄く伸びている。それは怒れる階級上位を相手にする完全屈服の姿だ。
礼を言おうとした相手がペッタンコ。
コレハイカニ?
『も!申し訳ございませんでしたぁぁ!!』
はい?
狼が喋った?いや肉声じゃない。これは俗にいう念話というやつ?脳内で理解できる声だ。だがこいつが俺に謝罪する意味がわからない。どちらかってーと俺が土下座して助かった!ありがとう!というところだろ?
結構カッコいい狼の敷物のポーズはなんともいたたまれない。まずは頭を上げて欲しいところだ。
「え?なんで?どういうこと?」
『いの一番に主の元に駆けつけるのが我の役目。それなのに主の身を危険に晒してしまいました!!』
「んん?いやいやなんで?バッチリ助けてもらったし?まずは起き上がってみようか?」
俺の言葉に狼が目をひん剥いて見上げてきた。気のせいか涙目か?
『腹を掻っ切ってお詫びすべき失態になんというなんという労りのお言葉!心に染み入ります!今後は身命を賭してお仕え申し上げます!我が忠義!主のために!』
「落ち着けって。そんな大層なもんじゃない。ちょっと詳しい話を聞こうか」
‥‥どこのサムライだ?狼のくせに随分人間臭いというか。なんか熱いやつなんか?
俺を主と呼ぶ魔獣。どうやらこいつは俺の事情を知っているようだ。俺は俺の事を知らない。なんせ目が覚めたばかり。つまりこいつは貴重な情報源だ。「ルキアス」の記憶にもこいつはいなかった。つまり「ルキアス」ではなく俺に付き従っているということだ。
俺が倒木に腰を下ろせば狼もおずおずと傍に寄ってくる。躾の行き届いたリーダーウォークのようだな。
「悪いが俺はお前のことを知らない。記憶がないんだ。だからお前と俺の事を教えてくれるか」
狼は目を見張っていたが納得したように頷いて見せた。
『なるほど、それで召喚があのタイミングだったのですな』
「しょうかん?」
『主が我を呼んでくださったおかげでおそばに馳せ参じれました。我はかなり遠くに逃れ落ちたため、主の元へ辿り着くには我の足ではもう一週間ほどかかるところでした』
「え?来てくれたんじゃなくて?俺がお前を呼び寄せたの?」
『我にあれほどの時空を一気に抜ける力はありません。主の召喚のお力のおかげで辿り着けました』
よくわからない。俺は誰か来てくれ!と思っただけ。流石にそこまでの力はないはずなんだが。
『しかし我が主、これは予想外でした。まさか人族に御自ら潜伏されるとは!』
「は?」
ん?何か聞きづてならないことを聞いたぞ。
人族に?潜伏?
唖然とする俺に狼はお構いなしだ。何やら語る顔は誇らしげ?うっとりとさえ見える。
『しかも勇者と聖者を同士討ちにさせようとは!兵を失う事なく敵を消耗させる。弱輩な我では思いもよりませんでした!素晴らしい破壊工作ですな!あそこまでの気配断ちもお見事でございます!ですがやはりお一人での敵陣潜入は大変危険です、御身に何かあってはいけません。次は是非我をおそばに置いてくだされ』
同士討ち?破壊工作?敵陣潜入?
お前は何を言っているんだ?!
え?なになに?ファンタジーと思ったら実はスパイミッション物?俺はスパイ?暗殺者かよ?だとしても俺は記憶なくてこんなことできるわけないだろが!そんな難しいフラグを立てるなよ!
「ち、違う!そんなんじゃないぞ!」
『は?我を呼ばれましたのはまだ弱い勇者と聖者を一纏めに潰してしまうおつもりだったのでは?」
まだ弱い?いやいや、あいつらすんげー強いじゃん?こいつとの尺度が色々と合わない。こいつが強いせいか?どういうことだ?
それに潰すって?
『まあですがそれもすぐに成せましょう。力の差は歴然、急ぐ話でもありませんな。まずは城にお連れ申し上げます。玉座は空位でしたが今ならば国威宣揚!魔族の士気も一気に上がりましょう。憎き人族に撃って出られます!』
え?
「は?!何を言っている?」
『是非即位の布告を!打倒人族は魔族の悲願でございます!ヘイカ!』
「‥‥‥ヘイカ?」
『ヘイカ』
ヘイカヘイカヘイカヘイ‥‥‥‥‥貨幣?
おっと、現実逃避しちまった。ちょっと落ち着こうか。
何やらものすごいことを聞いた気がするが勘違いだろう。意味をきちんと理解すればなんてことないはz‥‥
打倒人族‥‥魔族‥‥そしてヘイカ
魔獣‥‥おそらく魔族であろうこいつが俺をヘイカ‥陛下と呼ぶ。その思考に至り俺は目を瞠ってしまった。つまり———
え?アレか?俺は✕✕?まさか?そうなのか?!
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