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Ⅰ ヒロイン、俺。
002: 聖女登場
しおりを挟む「ルキアス」は毎朝一番で必ず王子の控え室に出向いていた。王子専用の個室は許されたものしか入れない。設えも良く居心地もいい。テラス窓を出れば中庭、東屋まで備わっている王族専用エリアだ。これは俺の特権、王子が来るまでは毎朝ここでゆったりできるのだ。
この時間なら王子はまだ登校していないだろうと控え室に入ってみれば、予想外に一人部屋の中にいた。だがそれは王子ではない。
「お待ちしておりましたわ、ルキアス様」
凛とした声。真っ黒なストレートな髪は艶やかに梳られて輝いている。髪同様濡れたように輝く黒曜の瞳が俺を見上げた。
その人物に俺はなぜか息を呑んだ。背筋をゾクゾクと‥震えが走った。興奮とか歓喜とかそんないいもんじゃない。例えるならこれは怖気だ。
彼女の名は———
「おはようございます、フェリシア様」
俺の完璧な紳士の礼を横目に笑顔の美少女が俺の横を通り過ぎて扉に鍵をかけた。がちゃんと錠が落ちる無情な音が響く。その音と同時に聖属性の結界魔法が張られたとわかる。この美少女が張った。この結界はちょっとやそっとじゃ壊れない。これでこの部屋は完全な密室となった。音さえ外に聞こえないだろう。
彼女は聖女フェリシア。この学園で彼女を知らないものはいない。聖女歴代で最強の部類に入る聖属性魔力を持っている。市民出身だがすでに王女のような待遇で学園に君臨していた。王子派か聖女派か、学園の勢力図を二分しているのだ。俺は王子派、彼女が話しかけてくるはずもないのだが。
密室にそんな美少女聖女様とふたりきり。普通の男なら喜んで!と歓喜するところだが、さっきからぞくぞくと風邪を引いたような悪寒がとまらない。「ルキアス」の記憶情報が濁流の如く流れて処理しきれない。この状況がよくわからない。
だが本能でわかる。こいつはヤバい!!
「やっと二人きりになれましたわね」
天使のような笑みを浮かべて聖女が俺の前に立って俺の手を取る。粘りつくような笑みを向けてきた。俺は手を振り払って逃げ出したい衝動を必死で堪える。状況がわからない以上、下手なことはできない。失敗できない。相手が悪すぎる。
「王子殿下に御用でしょうか?まだいらしていないようですが」
「ええ、急用で遅れるそうですわ。それはよいのですのよ。私はルキアス様にお会いしたかったのですから」
王子が急用で登校しない?
なぜそれを貴方が知っている?
側近候補の俺も知らないのに?
俺に会いたいって?なんで?!
さらに手を握られては逃げられない。
どうする俺!!
まずいぞ。もうコバンザメという明るい未来があるのに!ここで聖女と醜聞なんてぶち壊しだ!王子派から聖女派に寝返ったと思われる!
いやいや?ファンタジーかと思ったが実は俺、モテモテ恋愛系主人公だった?冴えない俺が学園一の超絶美少女から告られました?!ってやつ?俺にこのルートの需要はないんだがー
だが何かが違う。これはそんな甘いもんじゃない。本能が逃げろとひどく警報を出している。なんでこんなに警告が出るのか、その意味もわからない。
「ええと?俺にどういった御用でしょうか?」
「あの方と別れていただけないかしら?」
あのかた?
俺の頭は真っ白だ。「ルキアス」の記憶から聖女の情報が鉄砲水のように流れる混乱の中で思考なんて無理だ。
え?別れる?
俺、誰かと付き合っているという意味?
「別れる‥とは?」
「このままずるずると許されない関係を続けていても未来はありませんわ。ルキアス様にもよいことではありませんもの」
聖女が目を伏せてふぅと息を吐いた。手を頬に当てて可憐な様子である。
普通の男ならこの表情だけでコロッと落ちるところだろうが、俺は諸事情で大丈夫だ。
ずるずる?許されない関係?
「ルキアス」は誰とナニしてたんだ?!
許されない関係ってことはちょっとヤバいやつだな?不適切恋愛?不倫か?人妻?年上美人教師?!誰かの美魔女母親か?!うらやまけしからんぞ!!どうしてその美味しい記憶が俺にないんだよ!!そこが一番重要だろ?!
「ああ、今後のことがご心配ですわね。後のことは教会で全て受け持ちます。私と一緒に教会にいらしてくだされば同じ待遇を、いえ、それ以上をお約束しますわ」
んん?これはヘッドハンティング?そのヤバい関係のせいで王子の側近ポジを失いそうで?そこでこの聖女が俺を拾おうとしている?
俺の心情を理解したようにとろけるような笑顔の聖女が畳み掛けてくる。
「ルキアス様は特に聖属性も強くていらっしゃいますもの。教会でも大歓迎ですわ。お任せくださいませ。私と一緒に参りましょう!私の専属従者に推挙いたしますわ。是非!そうなさいましょう!」
そうなのだ。「ルキアス」は魔法属性をほぼ全て持っている。それだけでもレアだが魔力量もかなり強い。チート級だ。魔法は鍛えていないが鍛えれば相当強い魔導士になれると教師に言われたことはあったが、鍛えたら戦力として戦争の前線に送られかねない。
怖い!キツい!危険!の3Kは徹底的に避けるのが俺と「ルキアス」の信条だ。王子の側近なら戦争に出ることもない。だが教会もそういう意味では安全地帯だ。教会に張られた強力な結界の中で祈っていればいいのだから。
教会は王族並みの金持ちだ。俺一人を高待遇で雇うなど屁でもないだろう。しかもこれは聖女の引き抜きだ。聖女自身が聖女専属従者と言うなら待遇は間違いない!!
よくわからないが現時点でどうやら王子の側近待遇を失うリスクがあるようだ。それならいっそこのまま聖女派に寝返ってもいいのか?聖女がぐいぐい押してくるのが謎なんだが。
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