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王妃のお茶の時間
しおりを挟むグライドはアニスと共に朝から後宮の一室に通された。
アニスは妊娠していたが安定期になっており、今回王妃の朝のお茶の時間に招かれたのだ。
グライドの仕事の関係で朝のみでしか時間が合わず、夫婦一緒でなければレオンハルトの面会の許可もおりなかったためだ。
「アニス!久しぶり!それにグライドも!」
王妃ディートリントはにこやかに出迎えた。二人の侍女を残し他の者たちはすぐに部屋を出ていく。
頭を下げる二人だったがすぐにディートリントが話しかける。アニスの手を取った。以前のようにして、と王妃に囁かれる。
「お姉さま、お体は大丈夫?お腹の赤ちゃんは元気かしら?」
「はい、おかげさまで。元気に育っております。ものすごくお腹を蹴るんですよ。三月後には出てきます。」
「そんなにすぐに?お腹に触っても良いかしら?」
うなずくアニスを見やり、ディートリントはそっとお腹を撫でる。頬を染めて笑う姿はまさに妖精のようだった。
一方、アニスの隣に立つグライドは必死だった。王妃から『魅了』がバンバン飛ばされてくる。王から話は聞いていたが、この熾烈さは殺人兵器のようだ。
王妃ディートリント。金色の神王と呼ばれるユーリウス王ことレオンハルトと同じ歳の十八歳。王妃に上がり二年が経ち王妃の公務もつつがなくこなしている。
ラウエン公爵当主アレックスの妻である母メリッサによく似た蒼みがかった銀髪と蒼眼がとても美しく印象に残る美女だ。
ディートリントの持つスキルの一つ『魅了』。
精神スキルで心を屈服させ隷属される力がある危険なものだ。同性なら敬愛だが異性であれば狂信的な愛となる。この美貌と相まって備えなしに相対したものは成す術もなく陥落するだろう。
かつてレオンハルトの魔道具『魅了』封じで封じられたとされていたのだが、成長とともにその力は増し、今では魔道具では抑えきれず力の一部が滲み出るようになった。
そのため王は王妃の周りから一切の異性を排除した。
グライドはごくりと喉を鳴らした。
これで『魅了』封じされているというのだから恐ろしい。どんだけなんだ?!
確かに異性を近づけるのは危険すぎる。『聖騎士』補正がついた俺の魔力抵抗でもギリギリだ。油断してうっかり魅入られでもしたら、揶揄なしにその場で陛下の手討ちに合うだろう。
この王妃は純真無垢の見た目とは裏腹に、文字通り傾国の美女だ。幸い、あの賢き王は国を傾けるまでは溺れてはいないように見える。
汗ばむ手でそっとアニスの手を握れば嘘のように圧が消えてほっとする。アニスが怪訝な顔でグライドを見てきた。雨のようにふってくる『魅了』の中でアニスが普段と変わらない様子にむしろグライドが表情を曇らせた。
ひょっとするとアニスは『魅了』に抵抗できる体質かスキルがあるのかもしれない。もしこれがあの王様にバレればアニスは速攻後宮に召し上げられそうだ。
アニスが後宮に召されればグライドは王都を離れられない。バベルへグライドだけ単身赴任など考えられない。バレれば拙いことになる。絶対隠し通さねば。
ソファに導かれ、ディートリントはアニスの周りにたくさんのクッションを置いた。
「そんなにしていただかなくても大丈夫ですよ?」
「うーん、これは私の気持ちかな?こうしたいの。」
目の前に準備された茶と菓子にグライドは思案する。
毒は大丈夫だろうか。ここで俺がチェックするのもまずいし先に飲んでみるのも無礼だろう。アニスには毒耐性がないんだがな。
それを悟ったように王妃が微笑んだ。
「グライドはすっかり王宮に慣れたのね?毒なら大丈夫よ?私も『魔狼』だからジークと同じようにわかるわ。」
ああ、そうか。そうだったな、そういえば。王様も『魔猊』だしこの二人の毒殺は多分無理だろうな。
ふふとディートリントがアニスに微笑んだ。
「グライドは相変わらずね。まだお姉さまにメロメロなの?素敵ね。」
「え?何がでしょうか?」
「だって、ほら。お姉さまの手をさっきからずっと握ってるから。」
その言葉にアニスが真っ赤になって手を抜こうとするが、グライドがそうはいかん!と手を握りしめる。
ここで手を放されては色々あって最後は俺が陛下に殺される!!手ではなく足をつけてもいけそうだがクッションのせいでアニスの足が遠いから無理だ!
「放してよ!グライド!妃殿下の御前で失礼でしょ!!」
「耐えろアニス!これには深い訳があって!!」
「え?いいのよ?そのままにしてて!ね?お願い!」
慌てる王妃にお願いされてアニスはしぶしぶグライドの手を握った。グライドは内心冷や汗を拭う。
やった!助かった!!ありがとうございます妃殿下!!‥‥いや、でもそもそもこれは妃殿下のせいだったか。
久しぶりの再会にディートリントとアニスは思い出話に花を咲かせていた。
王妃に上がる前、ディートリントは花嫁修行と称してアニスの元に三年ほど弟子入りしていた。あの時期に色々仕込まれたことでとても助かったとディートリントは朗らかに話す。王宮は色々大変だったんだろうなぁ。
和やかな雰囲気で油断していた。グライドが紅茶を口につけたところで爆弾が落とされた。
「アニスは二人目なのね、良いわね。私はまだ子供ができないの。夜おねだりはしてるんだけど陛下がまだ妊娠は早いって許してくださらなくて。」
グライドは盛大に紅茶を吹いた。
ここまでの惨事はおそらく人生で初めてのことだ。息がむせて死にそうになる。アニスが目を閉じて額に手を当てている。どちらに呆れているんだ?両方だな。
「グライド?!むせたの?大丈夫?!」
労る王妃に手で大丈夫だと示しグライドはハンカチを取り出す。今王妃に触れられてはアニスの手を放しているグライドが危ない。
というか、この王妃!天然すぎる!夫婦の睦事をさらっと。しかも相手はあの腹黒魔王だぞ!そういう話は俺のいないところでしてくれ!!
何を勘違いしたのかディートリントが慌てて言い募る。
「あ!違うのよ!誤解しないでね。夫婦仲はいいの!公務のない日は毎晩ちゃんと大切に愛してもらってるのよ?でも二十になるまでは出産はダメだって。なんでかしらね?」
「妃殿下、それ以上は後ほど伺いますのでそこまでにしていただけますか?」
喋れないグライドの心を代弁し、アニスがにっこり微笑んだ。まだゼーゼー言っているグライドは心中でアニスに感謝した。涙を拭いながら呼吸を整える。
助かった!流石は俺の副官だ!
瀕死の相手にさらにトドメを刺しに来るか?本当に殺されるかと思った。あの陛下にこの妃殿下、怖すぎる。
‥‥。俺、ここにいない方がいいんじゃないか?これ以上いらん事を聞きたくない。
ハンカチで口元を拭ってにこやかに撤退を決め込んだ。
「先程は大変失礼いたしました。話が弾んできたようなので、私は一度下がります。後ほどアニスを迎えに参りますので。」
「え?帰っちゃうの?グライドにも聞いてほしい話があるんだけど。」
ぞわりとした。無自覚ジークを相手している経験上、これは聞いてはいけない話だ、と感じた。身に染み付いた直感でわかる。だが王妃に止められては退出できない。
ディートリントはもじもじとドレスを揉んで俯いた。
「えっとね。どうしたら陛下を誘惑できるかなって。私をもっと好きになってもらいたいの。だから男性の意見も聞きたいなって。」
グライドは目元に手を置いた。
それを俺に聞くの?今陛下の一番お側に仕えているのに。この後どの顔であの獰猛な獅子王に会えばいいんだ?
そもそもこの『魅了』の嵐の中で陛下は平気なのか?恐ろしく抵抗値が高いとか?これに陛下がかかってしまえば万事うまくいくように思うが。
ディートリントの心理を反映するかのようにさらに激しくなる『魅了』にグライドはげんなりする。魔力抵抗が辛くなってきた。
アニスの手を探すが、もう引っ込められていた。
しかしまだ頬を染めてもじもじしている妃殿下の照れ方がジークにそっくりだ。さすが双子。いやこれは奥様似か。これも遺伝か?!
「そのご相談ではグライドは適任ではございません。この唐変木では無理です。」
アニスが氷点下の中にっこりバッサリ言った。助けてくれたのか単に酷い扱いのかわからない。うーん、目が怖いから後者なのだろうな。
それでも、と王妃が必死に訴える。
「でも今男性が周りにいなくてそういう相談できないのよ。少し前から側仕えは女性だけになってしまって。後宮だから仕方ないのけれど。今日グライドが来るって聞いたから今日しかないって思ったの。」
必死そうな様子に心が打たれる。が!俺では無理だ!助言など荷が勝ち過ぎる。
というかその必要もないだろうに。あの王様の王妃への執着、底なしの盲愛に気がついていないのか?俺でさえわかるのに。やんわり伝えてみるか。これで安心して話が終わってくれればいいが。
「陛下の妃殿下への深いご寵愛は眩いばかりです。まして陛下は妃殿下一筋。側妃も置かれておらず他の女性にも見向きもしないとの評判です。これ以上などとそのような必要もないでしょう。」
「そうかしら?夜ご一緒しててもいつでも冷静でいらっしゃるのよ?陛下のお気持ちを疑っている訳ではないのだけれど、もっとこう、がむしゃらに熱くなって欲しいというか。私をもっともっと欲しがって欲情下さらないかしら。具体的な手を何か知っていたら教えて欲しいの。」
最悪だ。どつぼにはまった。
直接な物言いの反撃にグライドの精神がゴリゴリ削られていく音がする。『魅了』抵抗もあってかなり疲れてきた。嫉妬にまみれたあの王の殺気を思うとすでに殺された気分だ。
大体、言ってることはあけすけだがこんな無垢な王妃が誘惑とか無理だろ?!妃殿下は媚薬がどうのとかごにょごにょ言ってるが、薬とか!あの獣王が気が付かないわけないだろうに。
男に火をつけるなら嫉妬させるか焦らすかだろうが、この王妃ではあの絶対零度な陛下相手にそれも厳しいだろうなぁ。こちらから援護できれば良いのだが。
なんだろう、この突っ走り方。誰かを思い出す。いいように解釈をするあの狼少年か。それとも走り出したら止まらない旦那様の方か。これも遺伝なのか?!遺伝って恐ろしい!!
やはり無理を言って話を聞く前に撤退すべきだった。戦場ではこれが命取りになるというのに!
いつも選択を誤り最悪の状況になる自分をグライドは呪った。
アニスがじーっとグライドを見ている。視線が痛い。
俺に何を言えというんだ!妃殿下に俺ごときがここで気の利いたこと言えるわけないだろうに!!
アニスがため息をついた。何か諦めたようだ。
「やはりグライドは適任ではないので、後程お話ししましょう?グライドも仕事があるはずですので。後で迎えにきて。ね?グライド?」
目で出ていけと促され王妃の退出の許可を得て部屋を辞した。
疲れた。まだ朝なのにこれから仕事があるのか。もう帰りたい。だがすでに迎えの者が扉の外で待っていた。
すぐに来い、と。
あの王からは逃げられないのか。
グライドは肩を落として執務室へと向かった。
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